発動
意識が、ゆっくり戻ってくる。
最初に感じたのは、冷たい床の感触だった。
背中が痛い。
頭が、ぼんやりする。
「……ここ……」
声は小さく、かすれていた。
目を開けると、暗い部屋。
石造りの壁。天井に吊るされた魔法灯が、弱々しく光っている。
手足には、簡素な拘束具。
魔力封じではない。普通の鎖だ。
(……誘拐、されたんだ)
心臓が強く脈打つ。
その時。
「起きたか」
低い声。
視線を向けると、壁にもたれて立つ男がいた。
フードで顔は半分隠れている。
「……なんで、俺を」
問いかけると、男は少しだけ首を傾げた。
「本命はお前じゃない」
あっさり言われた。
「じゃあ……」
「昼間、王都の通りで」
男は淡々と続ける。
「王女に接触していたな」
胸が跳ねた。
(やっぱり……クレア)
「妙に近い距離で話していた」
「護衛もついていない王女と、見知らぬ子供」
「無関係とは思えなかった」
だから――
「念のため、まとめて確保した」
頭が冷えていく。
つまり俺は。
完全に、巻き添えだ。
「……クレアは?」
男は少し沈黙し、短く答えた。
「別の場所だ」
それだけで、十分だった。
(無事……なのか)
わからない。
だが、生きている可能性がある。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「お前はどうするんだ」
「利用価値がなければ、記憶処理して返す」
淡々とした言葉。
ぞっとする。
「だが」
男は俺をじっと見る。
「王女と関わった以上、完全な無関係ではない」
「しばらくは、様子を見る」
扉の方へ歩きながら、振り返る。
「……運が悪かったな、坊主」
扉が閉まる。
ガチャリ。
重い音が、やけに大きく響いた。
俺は拘束されたまま、天井を見つめる。
(……クレア)
昼間の、あの不安そうな顔。
逃げるように走っていた背中。
(やっぱり、ただの女の子じゃなかった)
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
そして同時に。
王都で感じた、あの違和感。
文字。
視線。
世界のズレ。
(……俺は、何に巻き込まれたんだ)
薄暗い部屋の中で、俺は鎖の感触を確かめながら、じっと耳を澄ませていた。
――足音。
遠く。
巡回だ。
(……今しかない)
拘束具は簡素だった。
ベッドの角に鎖を引っかけ、体重をかける。
ギギ……。
音を殺しながら、何度も力を込める。
――パキン。
金属が歪み、留め具が外れた。
(よし……!)
心臓がうるさいほど鳴る。
扉の前で一度深呼吸し、そっと押す。
……開いた。
廊下は薄暗く、左右に同じような扉が並んでいる。
(クレア……どこだ)
胸の奥の、あの“ざわつき”を頼りに、俺は直感的に左へ走った。
角を曲がった先。
小さな部屋。
半開きの扉の向こうで――
「……っ!」
いた。
クレアだった。
椅子に座らされ、手首を縛られている。
「クレア……!」
小さく呼ぶと、彼女が顔を上げる。
一瞬驚いたあと、すぐに首を振った。
「だめ……来ちゃ……!」
「今助ける!」
俺はロープをほどこうと手を伸ばす。
――その瞬間。
「そこまでだ」
背後から、低い声。
空気が一気に冷える。
振り返ると、フードの男が二人。
通路の出口を塞ぐように立っていた。
「やはり逃げたか」
「子供のくせに、面倒な真似を」
クレアが息を呑む。
「ソラ……!」
(……終わった)
そう思った瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
怖い。
逃げたい。
でも。
クレアが、すぐ後ろにいる。
(……守らないと)
その瞬間。
視界が、揺れた。
空間に、白い文字が“浮かんだ”。
今までより、はっきりと。
はっきりと――“読める”。
『ラムズ・フェローチ』
(……これ……)
昼間と同じ言葉。
でも今は、違った。
意味が、直接頭に流れ込んでくる。
(……雷)
(……解放)
考える前に、口が動いた。
「――ラムズ・フェローチ」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
次の瞬間。
足元の床に、淡い光の魔法陣が浮かび上がる。
「なっ――!?」
男たちが後ずさる。
バチッ、と空気が弾けた。
白い稲妻が走り、部屋を横切る。
轟音。
閃光。
二人の男は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて動かなくなった。
静寂。
耳鳴りだけが残る。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
「……え?」
手が、震えている。
自分が、何をしたのか。
理解できなかった。
クレアが、ゆっくり俺を見る。
目を見開いて。
「……ソラ……今の……」
「……わからない」
本当に、分からなかった。
ただ。
“出てきた言葉を読んだだけ”。
それだけだった。
だが。
俺の胸の奥は、嫌なほど熱くなっていた。
(……これ、やばい)
本能がそう告げていた。
「と、とにかく逃げよう!」
俺はクレアの手を取る。
二人で、走り出した。
まだ、この施設の中に――
もっと危険な“何か”がいる気配を、感じながら




