破界
ていた。
長い廊下。
いくつもの扉を通り過ぎる。
やがて。
一つの部屋の前で立ち止まった。
アバンは何も言わずに扉を開ける。
中に入ると――
そこには数人の生徒がいた。
年齢は、ソラと同じくらい。
談笑していた空気が、一瞬で止まる。
そして――
ざわついた。
「え、アバン様……?」
「なんでここに……?」
視線が一斉に集まる。
ソラは少し居心地の悪さを感じて、黙り込んだ。
その時だった。
アバンが突然、パンと手を叩いた。
「はい注目ー」
軽い声。
「今日から新しい子が入るよ」
ソラの肩がピクッと動く。
「……は?」
戸惑うソラを無視して、話は進む。
「名前はソラ」
「仲良くしてあげてねー」
完全に決定事項だった。
ソラは言葉を失う。
アバンはくるりと振り返る。
「じゃ、あとはよろしく」
そう言って、一人の男子を指さした。
「イナミ」
「この子お願い」
「え、あ、はい……?」
イナミは戸惑いながらも頷いた。
そのまま。
アバンは何事もなかったかのように部屋を出ていった。
扉が閉まる。
沈黙。
「……えーっと」
気まずい空気の中、イナミが近づいてくる。
「俺、イナミ」
少しぎこちない笑顔。
ソラは軽く頭を下げた。
「……ソラ」
簡単な自己紹介。
それでも、少し空気が和らぐ。
「とりあえず席、ここ」
イナミに案内され、ソラは席に座る。
すると、周りの生徒たちも話しかけてきた。
「私、アイラ。よろしくね」
左の席の少女。
明るい雰囲気だった。
「ドミニクだ」
前の席の男子が短く言う。
落ち着いた声。
後ろからイナミが笑う。
「さっきも言ったけど、俺イナミな」
ソラはそれぞれに頷く。
少しずつだが、場に馴染んでいく。
その時だった。
――ガラッ。
ドアが開く。
部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。
年齢は三十前後。
落ち着いた雰囲気。
その姿を見て、ソラはすぐに理解する。
(……教師か)
隣のアイラが小声で教えてくる。
「担任のハバープル先生だよ」
ソラは小さく頷いた。
ハバープルは教壇に立つ。
そして淡々と言った。
「教科書を開いてください」
そのまま黒板に向かう。
チョークが走る音。
書かれていくのは――
魔法式の基本構造。
ソラの眉がわずかに動いた。
(……これ)
見覚えがある。
どころか。
(小学校でやる内容だろ)
田舎の学校でも習った。
基礎中の基礎。
だが――
誰も疑問に思っていない。
真剣にノートを取っている。
ソラは周囲を見る。
誰一人として「簡単だ」とは思っていない。
そこで、気づく。
(……そうか)
この街は。
正確には――
この場所に来る前の世界は。
魔力がなかった。
だから。
魔法の教育自体が、進んでいない。
基礎すら知らない。
ここにいる生徒たちは。
“遅れている”わけじゃない。
ただ――
“環境がなかった”だけだ。
ソラは静かに前を見る。
ハバープルの授業は続く。
そして。
一通り説明を終えると。
ハバープルはチョークを置いた。
振り返る。
「では」
短く言う。
「外に出ます」
に出ると、そこは広い校庭だった。
土の地面。
周囲を囲う建物。
そして――
頭上には、あの“偽りの空”。
生徒たちはそれぞれ距離を取り、整列する。
ハバープルが前に立つ。
「これから基礎魔法の実技を行います」
淡々とした声。
「順番に、魔法式を展開してください」
その言葉で、生徒たちが動き始めた。
だが――
「くっ……!」
「なんで発動しないんだよ……!」
うまくいかない。
魔力の流れが不安定。
式が途中で崩れる。
ようやく発動しても、小さな火や弱い風程度。
ソラはその様子を見ていた。
(……やっぱり)
理解している。
ここでは、それが“普通”だ。
「次、ソラ」
ハバープルの声。
ソラは一歩前に出る。
周囲の視線が集まる。
静かに、手を上げる。
そして――
展開。
一瞬だった。
空気が変わる。
魔力が、淀みなく流れる。
綺麗に組まれた魔法式。
無駄が一切ない。
次の瞬間。
バキンッ――
氷が生成された。
鋭く。
大きく。
完成度の高い魔法。
「……え?」
誰かが声を漏らす。
「うそだろ……」
イナミが呟く。
周囲がざわつく。
「すげぇ.........」
ハバープルも目を見開いていた。
「……あなた」
ハバープルは少しの沈黙し考えた。
そして言った。
「今、撃てる最大の魔法を撃ってみなさい」
ソラの動きが止まる。
(最大……)
一瞬、迷う。
だが。
「……わかりました」
静かに答えた。
ソラは校庭の中央へと歩く。
他の生徒たちは端へ下がる。
空気が張り詰める。
――その頃。
建物の中。
窓越しに、その様子を見ている二人がいた。
アイネが口を開く。
「……ここまでして、何がしたいの」
アバンは腕を組んだまま答える。
「簡単だよ」
目を細める。
「今のソラの“実力確認”」
再び、外へ視線を向けた。
――校庭。
ソラは立っていた。
静かに目を閉じる。
深呼吸。
息を整える。
そして――
目を開く。
その瞬間。
両目が、緑に光った。
――式眼。
同時に。
周囲の空気が震える。
魔力が。
一点へと収束していく。
ソラの周囲に、渦を巻くように集まる。
(……来るぞ)
誰かが息を呑む。
魔力は形を変える。
冷気。
凍結。
そして――
氷。
頭上に、無数の氷塊が生成されていく。
槍のように鋭い氷。
それが次々と生まれる。
ハバープルの顔が強張る。
「……なに、あれ……」
イナミは言葉を失っていた。
(この街じゃ……)
(2種級が限界のはずだろ……?)
だが、目の前のそれは違う。
明らかに。
“次元が違う”。
ソラはゆっくりと口を開く。
そして――
唱えた。
「――凍て鏡氷の針と槍雹冰」
一拍。
「ラビーナ・マナドルアキ・グレイスピア」
その瞬間。
放たれた。
無数。
数千。
いや――
視界を埋め尽くすほどの氷の槍。
それが一斉に、空へと撃ち上がる。
轟音。
衝撃。
空間が震える。
次の瞬間。
ドォンッ!!
結界に直撃。
空が、揺れた。
「っ……!?」
さらに。
ヒビが入る。
ミシミシと音を立てる。
耐えきれない。
そして――
パリンッ。
ガラスが割れるような音。
空が、砕けた。
結界の破片が、光を反射しながら落ちてくる。
まるで雪のように。
ゆっくりと。
静かに。
ソラはそれを見上げていた。
緑に光る目のまま。
ただ、立っている。
その姿は――
どこか現実離れしていた。
神秘的で。
そして、圧倒的だった。
誰も、動けない。
ハバープルも。
イナミも。
ただ一つの感情だけがあった。
(……何者なんだ、こいつ)




