最果
アバンと共に暗闇の中を歩き続ける。
周囲には何もない。
光も、景色も、音さえもほとんどない。
聞こえるのは――
三人の足音だけだった。
コツ……コツ……
しばらく歩いたあと、アバンがふと口を開く。
「――そろそろだよ」
その瞬間だった。
目の前が、突然白く光る。
「っ……!」
あまりの眩しさに、ソラは思わず目を閉じた。
数秒。
ゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていたのは――
緑の丘だった。
風が吹き、草が静かに揺れている。
さっきまで歩いていた暗闇が嘘のように、空は青く澄んでいた。
「……ここは」
ソラは周囲を見渡す。
そして。
視線の先にあるものを見て、言葉を失った。
丘の先。
そこに広がっていたのは――
巨大な街。
だが、それは王都のような中世の街ではない。
高く伸びる建物。
整備された広い道。
ガラスの窓。
見たことのない形の構造物。
それは――
前世の地球に酷似した都市だった。
「……嘘だろ」
ソラの声が漏れる。
信じられない光景だった。
「ここはどこなんだ?」
隣に立つアバンに聞く。
アバンはその街を見ながら、楽しそうに笑った。
「ここはね、深果都市フリッス。」
ゆっくりと言う。
「世界式の影響を受けない場所なんだ」
ソラの眉が動く。
「世界式の……影響を?」
アバンは頷く。
「この世界は、本来すべて“世界式”に管理されている」
「魔法も、法則も、進化も」
「全部ね」
そして街の方を指差す。
「でもここは違う」
「世界式の外側にある」
少し間を置いてから言った。
「――世界の果て」
「最果ての街さ」
ソラはもう一度その都市を見る。
前世で見た景色に、あまりにも似ていた。
アバンが続ける。
「そしてここは」
「僕たちの故郷でもあり」
少し振り返る。
「拠点でもある」
その少し後ろで、アイネが静かに立っていた。
風が吹く。
丘の上から見える街は、静かに広がっている。
ソラは呟いた。
「……世界の外に」
視線を街に向ける。
「こんな場所があったなんて」
アバンは笑う。
「まだまだ知らないことばかりだよ」
「この世界は」
そして歩き出す。
丘を下り、街へ向かって。
「さあ」
振り返って言う。
「本当の世界を見に行こう」
ソラは少しだけ空を見上げた。
丘を下り、三人は街へと向かう。
やがて舗装された道に出る。
建物の間を歩きながら、ソラはふと違和感に気づいた。
「……あれ」
立ち止まり、周囲を見回す。
「魔力が……ない?」
目を閉じて意識を広げる。
だが――
何も感じない。
空気の中にも、大地の中にも、魔力の流れが一切存在しない。
ソラは呟く。
「本当に……地球みたいだ」
魔法も、魔力も存在しない世界。
まるで前世に戻ったかのような感覚だった。
その時、アバンが振り返る。
「僕は少し用事がある」
軽い調子で言った。
「ここから先は、アイネに案内してもらうといい」
そう言うと、アバンは街の奥へ歩いていく。
ソラはその背中を少しだけ見送った。
そして隣を見る。
そこには、アイネ。
「……じゃあ」
アイネは歩き出す。
「街、案内する」
商店の並ぶ通りを歩く。
店。
マンション。
飲食店。
どこを見ても、前世の地球と変わらない景色だった。
だが――
ソラはどうしても落ち着かなかった。
気まずい。
当然だった。
目の前にいるのは、友人の魔法を奪った人物なのだから。
無言の時間が続く。
すると、アイネがぽつりと言った。
「ここは」
少し前を見ながら話す。
「あなたたちからすれば、憎い私たちの拠点」
少し間を置く。
「でも」
振り返らずに続ける。
「住人も、私も」
「ただ必死に生きてるだけ」
ソラは黙って聞く。
「ここは魔力がない」
「だから」
「人間の知恵だけで生きていかないといけない」
そして。
少しだけ声が低くなる。
「……戦わないといけない」
ソラが聞く。
「戦う?」
アイネは頷く。
「この街はね」
「魔力がない代わりに、資源が普通の土地より多く取れる」
鉄。
燃料。
様々な鉱物。
「だから」
「隣国がそれを狙って攻めてくる」
ソラは眉をひそめる。
「でも……」
「魔法が使えないんだろ」
アイネは静かに答える。
「そう」
「魔力がない土地で育った人間は」
「魔法なんて使えない」
一度、街を見渡す。
「昔、一度」
「この街は壊滅しかけた」
静かな声だった。
「その時に現れたのが」
少しだけ空を見る。
「アバン」
ソラの表情が変わる。
アイネは続ける。
「戦況をひっくり返した」
「そして」
「またこの街に平和を持ってきた」
それだけではない。
「魔力がない場所なのに」
「魔力が存在する結界を作った」
「そして」
「魔術師の育成まで始めた」
ソラは言葉を失う。
街の人々が笑って歩いている。
子供が走る。
店から声が聞こえる。
アイネが言う。
「この街の人たちは」
「アバンのことを救世主って呼んでる」
少しだけ苦笑する。
「本当に崇めてる」
だが。
アイネは小さく息を吐いた。
「私は」
少し間を置く。
「尊敬する気にはなれないけど」
ソラは何も言えなかった。
ただ街を見つめる。
そして、気づく。
目の前の少女も。
この街の人たちも。
自分たちと――
何も変わらない。
それぞれに守りたいものがある。
それぞれに戦う理由がある。
ソラは静かに思った。
(アイネも……)
(俺たちと同じだ)
(自分が守りたいものを守っているだけなんだ)
風が街を通り抜ける。
最果ての街は、静かに生きていた。




