無傷
タペストの巨体が、音を立てて崩れ落ちる。
黒い粒子となって崩壊していくその姿を見て――
誰もが息を吐いた。
「……終わった」
レオンが呟く。
ユイはその場に座り込みそうになりながら笑う。
「ほんとに……倒したの……?」
ルカが瓦礫の向こうを見る。
そこには、完全に沈黙したタペストの残骸。
王都を脅かしていた演算体は、もう動かない。
騎士団の誰かが言った。
「勝った……」
その言葉が広がる。
緊張がほどける。
だが――
その時だった。
ソラの左目。
そこに浮かんでいた緑の魔法陣が、ゆっくりと消える。
光が失われる。
ソラの身体がふらついた。
「……っ」
膝が崩れる。
その瞬間。
ガシッ
レオンが慌てて肩を支える。
「おい!」
ソラはぼんやりとした目で空を見ている。
「ソラ! 聞こえるか!」
レオンが揺さぶる。
ソラは小さく息を吐く。
「……終わった?」
かすれた声。
ユイが笑う。
「終わったよ……お前が終わらせたんだ」
レオンが苦笑する。
「いきなり化け物みたいに強くなりやがって」
ソラは何か言おうとするが、力が入らない。
そのままレオンにもたれかかる。
「おいおい……」
レオンが肩を貸す。
「無茶しすぎだ」
王都の空気が少しだけ穏やかになる。
だが。
その頃――
王都中央塔。
屋上。
ドンッ!!
爆音が響く。
石畳が砕ける。
吹き飛ばされたのは――
アバンだった。
身体が塔の屋上を滑り、瓦礫を巻き上げて止まる。
その前に立つのは。
シバ。
圧倒的な魔力を纏い、静かに立っている。
「……弱いな」
シバが呟く。
アバンはゆっくり立ち上がる。
服は破れている。
だが。
身体には――
ほとんど傷がない。
シバの眉がわずかに動く。
「妙だな」
さっきから、何度も攻撃を当てている。
三種級魔法も叩き込んだ。
普通なら――
跡形も残らない。
だが。
アバンは平然と立っている。
「……まあいい」
シバは興味を失ったように言う。
「どのみち終わりだ」
魔力が膨れ上がる。
巨大な魔法陣が展開される。
一つ。
二つ。
三つ。
三重展開。
アバンが目を細める。
「三種級を連続か……」
シバは表情を変えない。
「終わらせる」
次の瞬間。
三つの魔法が同時に放たれる。
轟音。
爆発。
衝撃。
その衝撃の中で――
アバンの身体が吹き飛んだ。
空を裂き。
塔から外へ。
一直線に――
王都の大通りへ。
レオンが空を見上げる。
「……ん?」
次の瞬間。
ドォン!!
アバンの身体が、ソラたちの前の地面に叩きつけられる。
石畳が砕け、瓦礫が跳ね上がる。
騎士団が一斉に武器を構える。
煙の中。
ゆっくりと人影が立ち上がる。
「……アバン」
レオンが呟く。
アバンは身体についた埃を軽く払うと、空を見上げた。
その表情は――
笑っていた。
「いやあ……すごいね」
塔の上を見ながら言う。
「君、本当に強い」
「ここまで圧倒されるとは思わなかったよ」
その言葉に、レオンが眉をひそめる。
その時。
アバンの視線が動く。
そして――
ソラを見る。
一瞬。
目を細めた。
何かを確かめるように。
だが次の瞬間。
その顔が、ぱっと明るくなる。
「……いいね!」
楽しそうに言った。
「やっぱり君だ」
レオンが警戒する。
「何言ってんだこいつ……」
その時だった。
空から影が落ちる。
ドンッ
静かに着地したのは――
シバ。
圧倒的な魔力を纏ったまま、ゆっくりと歩く。
そして。
パチン
指を鳴らす。
ソラたちの周囲に、半透明の結界が展開される。
ユイが驚く。
「守護結界……?」
シバは振り返らない。
ただ一言だけ言う。
「下がっていろ」
次の瞬間。
空気が変わる。
シバの周囲に魔力が集まり始める。
レオンの顔が変わる。
「……おい」
魔法陣が展開される。
一つじゃない。
二つでもない。
空中に、巨大な演算式が広がる。
王都の上空を覆うほどの魔法式。
ユイが震える声で言う。
「嘘……」
「この規模……」
騎士団の一人が呟く。
「まさか……」
シバが静かに詠唱する。
「――凍て鏡氷の針と槍雹冰 (ラビーナ・マナドルアキ・グレイスピア)」
その瞬間。
空が凍る。
上空に、無数の氷の槍が生成される。
一つや二つじゃない。
何百。
何千。
いや――
視界を埋め尽くすほどの数。
ユイが叫ぶ。
「最終種級……!!」
騎士団が騒然とする。
「ありえない……!」
「最終種級を使える人間なんて……」
「これが、魔法の最高峰.......」
シバが静かに言う。
「終わりだ」
指を振る。
その瞬間。
無限の氷槍が――降った。
ドドドドドドドドドドドド!!!
王都の大地が震える。
氷の槍が次々と地面を貫く。
爆音。
衝撃。
粉塵。
氷の嵐。
数秒。
たった数秒で、地面は完全に氷槍で埋め尽くされた。
誰も声を出さない。
やがて――
煙が晴れる。
レオンが目を凝らす。
ユイが呟く。
「……終わった?」
その時だった。
コツ
足音。
氷の槍の間から――
一人の男が歩いてくる。
アバンだった。
服は少し裂けている。
だが。
身体には――
傷一つない。
完全な無傷。
「……は?」
レオンの声が漏れる。
ユイが固まる。
騎士団が言葉を失う。
シバの目が、わずかに細くなる。
アバンは笑っていた。
「いやあ」
肩を回す。
「さすがだね」
「最終種級を打って、まだそんなに魔力残ってるんだから」
楽しそうに言う。
「ほんと――君たち最高だよ」
アバンの笑みは崩れることを知らなかった。




