圧倒
タペストが止まる。
ソラの瞳が開いた瞬間だった。
左目に浮かぶ緑の魔法陣。
それが静かに回転する。
その視線が――タペストに向いた。
次の瞬間。
タペストの様子が変わる。
外殻が軋む。
硬質だった装甲が、まるで役目を終えたかのように剥がれ落ちていく。
黒い殻が砕け、崩れ、地面に散る。
現れたのは――
より細く、より鋭く、より洗練された体躯。
巨大だった身体は、無駄を削ぎ落としたように引き締まり、まるで戦うためだけに再構築された形へと変わっていた。
「……形態変化?」
ユイが呟く。
次の瞬間。
ドンッ
空気が沈む。
凄まじい魔力が放たれる。
圧力。
重さ。
まるで空気そのものが押し潰されるような感覚。
騎士団が息を呑む。
「……っ」
ルカが一歩後ろへ下がる。
レオンも歯を食いしばる。
ガウスでさえ、無意識に足を引いた。
「なんだ……この魔力量……」
誰も前に出られない。
その中心に立つタペストが、ゆっくりと頭を上げる。
そして咆哮。
轟音が王都に響く。
同時に、巨大な魔術式が展開される。
渦巻く演算。
複数の魔法陣が連動する。
ユイが息を呑む。
「三種級……!」
圧縮された風が集まる。
巨大な刃。
王都の街路を丸ごと切り裂けるほどの破壊力。
その魔法が――放たれる。
だが。
その瞬間だった。
ズバン
何かが飛んだ。
空気が裂ける音。
次の瞬間。
地面に落ちたものを見て、誰もが言葉を失う。
タペストの腕だった。
切断面から黒い粒子が散る。
タペストが一歩よろめく。
「……は?」
レオンの声が漏れる。
誰も、動きを見ていない。
ただ一人。
タペストの前に立っている人物だけが見えた。
ソラ。
いつの間にか、そこにいた。
静かに腕を振り抜いた姿勢のまま。
「……」
その表情は変わらない。
いつものソラと違う。
怒りも、焦りも、恐怖もない。
ただ静か。
そして。
魔力が――綺麗だった。
乱れがない。
揺らぎがない。
まるで湖面のように静かな魔力。
その異様な安定に、ユイが息を呑む。
「……嘘だろ」
レオンが呟く。
「ソラの魔力……あんな綺麗じゃなかった」
タペストが後退する。
明らかに、警戒している。
だが。
ソラは表情を変えない。
ただ一歩踏み出す。
タペストが咆哮する。
残った腕で魔力を集める。
だが。
ソラの姿が――消えた。
「速っ……!」
ルカが目を見開く。
次の瞬間。
ソラはもう、タペストの目の前にいた。
掌を前に向ける。
魔力が集まる。
だが魔法陣はない。
ただ圧縮された魔力。
「……」
小さく息を吐く。
その瞬間。
ドォン!!
衝撃波が炸裂した。
空気が爆ぜる。
タペストの身体が宙に浮く。
そのまま、街路を滑るように吹き飛ばされる。
タペストの巨体が地面を滑り、瓦礫を巻き上げながら止まる。
王都の大通りに静寂が落ちた。
誰も動かない。
いや――動けない。
「……今の……何だ」
レオンが呟く。
ソラは答えない。
ただ静かに歩く。
コツ……コツ……
石畳を踏む音だけが響く。
左目の緑の魔法陣が、ゆっくり回転している。
タペストが立ち上がる。
切断された腕の断面が蠢く。
黒い粒子が集まり、再構築される。
ユイが息を呑む。
「再生……!」
「でも――」
その言葉は最後まで出なかった。
ソラが、軽く手を振った。
パチン
何かが弾ける。
次の瞬間。
タペストの再生が止まった。
「……は?」
ユイが固まる。
ソラは淡々と呟く。
「もういい、」
左目の魔法陣が光る。
「再生演算、強制停止」
何かを書き換えた。
その瞬間。
タペストの再生術式が完全に消える。
レオンが叫ぶ。
「おい今……!」
ユイが震えた声で言う。
「術式を……書き換えた……?」
タペストが怒りの咆哮を上げる。
空間が歪む。
無数の魔法陣が展開される。
「極大級!?」
ユイが叫ぶ。
「こんなの防げない!」
だが。
ソラは立ったまま。
逃げない。
避けない。
ただ。
ゆっくりと視線を上げる。
「……」
その瞬間。
左目が強く光る。
世界が変わる。
タペストの魔法陣。
演算構造。
魔力流。
すべてが――見える。
ソラは指を軽く動かす。
その瞬間。
ボロボロボロッ
魔法陣が崩れた。
発動前に、全部消えた。
完全な沈黙。
騎士団が固まる。
ルカが呟く。
「……何それ」
レオンが笑う。
信じられないものを見る顔で。
「反則だろ」
ガウスですら目を細める。
「……世界式に触れているのか」
タペストが暴れる。
巨大な腕でソラを叩き潰そうとする。
空気が裂ける。
だが。
ソラは一歩横にずれるだけ。
攻撃が空を切る。
そのまま。
ソラは歩く。
タペストの懐へ。
近すぎる。
クレアが叫ぶ。
「ソラ!」
だが。
ソラは止まらない。
タペストの胸部。
そこにある――
核。
ソラの目がそこを捉える。
「そこか」
タペストが咆哮する。
腕を振り下ろす。
だが。
ソラの手が、先に触れた。
掌が、核に当たる。
緑の魔法陣が強く輝く。
ソラが静かに言う。
「――強制演算」
その瞬間。
タペストの身体に亀裂が走る。
外殻。
内部構造。
学習回路。
すべてが崩壊する。
まるで――
数式を消したみたいに。
バキッ
タペストの身体が崩れ始める。
騎士団が息を呑む。
レオンが呟く。
「一撃……」
ユイが震える声で言う。
「違う……」
「演算ごと壊した……」
王都の中心で。
巨大な演算体タペストは――
音を立てて崩壊していった。
その前で。
ソラは静かに立っていた。
左目の緑の魔法陣だけが、ゆっくりと回っている。




