馴染
王城、高台。
亀裂を見た瞬間、ロイドは迷わなかった。
「近衛伝令!」
「はっ!」
「魔道騎士団、全隊を緊急要請。
最優先は市民の避難誘導。
第二に対象の拘束、可能なら排除だ」
声は低く、鋭い。
王妃が立ち上がる。
「ロイド……」
「大丈夫だ。ここは守る」
だがその目は、ただの王ではない。
戦場を知る男の目だった。
⸻
城下。
黒衣の騎士たちが到着する。
魔道騎士団。
統率された動き。
詠唱。
魔法陣が重なる。
「第一隊、防壁展開!」
蒼い障壁が張られる。
「第二隊、遠距離拘束術式!」
光の鎖がタペストへ伸びる。
だが――
ズァン。
鎖が“消える”。
弾かれたのではない。
吸われた。
「術式が……分解された!?」
団員の顔色が変わる。
タペストは脈動する。
魔力を吸収している。
「物理攻撃に切り替えろ!」
剣を抜く騎士たち。
強化魔法を纏い、突撃。
ガキィン!!
刃が叩きつけられる。
だが――
通らない。
硬いのではない。
“触れた瞬間に逸らされる”。
衝撃波。
騎士が吹き飛ぶ。
「ぐあっ!」
「団長!!」
前に出る巨躯。
魔道騎士団団長――ガウス。
大剣を地面に叩きつける。
重力加圧術式。
地面が沈む。
だがタペストは浮いたまま。
「……魔法ではないな」
低く呟く。
「構成が違う」
⸻
その時。
「団長!」
振り向くガウス。
そこに立つのはソラ。
レオン。
ルカ。
ユイ。
そしてクレア。
「下がれ学生!」
「違う」
ソラは静かに言う。
「これは魔法じゃない」
ガウスの目が細くなる。
「分かるのか」
「人工構造体。核がある」
タペスト中心部。
脈打つ歪み。
「あそこを壊せば止まる」
「確証は?」
「ある」
即答。
一瞬の沈黙。
背後で騎士がまた吹き飛ぶ。
時間がない。
ガウスは決断する。
「よし。
学生部隊、補助参戦を許可する」
周囲がざわつく。
「団長!」
「責任は俺が取る」
ガウスはソラを見る。
「核までの道を開く。行けるか」
ソラは一歩前に出る。
「行ける」
レオンが剣を握る。
ルカが拳を鳴らす。
ユイの瞳が淡く光る。
クレアも震えながらも頷く。
戦闘が始まる。
⸻
その頃。
学園へ向かう石畳の上。
夜風。
亀裂の光が空を染める。
塔から飛び降りたシバは、静かに歩いていた。
「面倒なことをする」
目はソラの方向へ。
「放置はできんか」
その時。
足音。
軽い。
楽しげな。
「どこへ行くの?」
振り返る。
フードの少年。
にこにこ笑う。
アバン。
「君が動くと、均衡が崩れる」
シバは目を細める。
「……貴様」
「観測者同士、少し話さない?」
アバンは首を傾げる。
シバは立ち止まり、少年を見る。
フードの奥で、アバンはいつものように笑っている。
「一つ、聞いていい?」
軽い声。
「この世界の魔法ってさ」
「なぜ“人間にだけ”あんなに馴染むんだろうね?」
シバは無言。
「詠唱。構文。式の分解と再構築」
「理解して、再現して、改変できる」
アバンは首を傾げる。
「自然現象にしては、ずいぶん“読みやすい”と思わない?」
風が吹く。
亀裂の光が揺れる。
「獣も精霊も魔族もいる」
「でも“式”をここまで扱えるのは人間だけ」
一拍。
「偶然にしては、整いすぎてる」
シバが低く返す。
「人間が適応しただけだ」
「かもね」
アバンはあっさり頷く。
「でもさ」
一歩近づく。
「適応って、普通は“歪み”が出るよね?」
「無理やり合わせたなら、どこかに軋みが残る」
「でもこの世界式は違う」
視線が空へ向く。
「最初から“想定されていた”みたいだ」
静寂。
遠くでタペストが唸る。
「言語化できる」
「数式化できる」
「更新できる」
アバンは微笑む。
「自然って、こんなに“編集しやすい”かな?」
シバの目が細くなる。
「何を示唆している」
「示唆?」
アバンは少し考えるふりをする。
「うーん……」
そして、柔らかく言う。
「この世界式には“意図”がある気がする」
断定ではない。
ただの観測結果のように。
「意図は、設計を生む」
「設計は、前提を持つ」
「前提は――誰かの視点からしか生まれない」
風が止む。
「もし、この世界が」
少しだけ声が落ちる。
「“誰かにとって都合のいい構造”だとしたら?」
シバの魔力が、わずかに揺らぐ。
アバンは続ける。
「世界は自然発生かもしれない」
「でも」
視線が真っ直ぐになる。
「“調整”は?」
「“保守”は?」
「“微修正”は?」
空の亀裂が脈打つ。
まるで会話を聞いているように。
「世界式ってさ」
アバンは空を見上げる。
「作品に似てると思わない?」
「完成した瞬間があって」
「更新があって」
「意図しない不具合があって」
にこり。
「それを直す存在がいる」
シバは低く言う。
「神か」
アバンは笑う。
「そう呼ぶ人もいるだろうね」
一拍。
「でも、“作者”とは限らない」
沈黙。
世界が軋む。
遠くでソラの気配が膨らむ。
アバンは一歩下がる。
「別に答えはいらないよ」
「ただの観測だから」
振り返りざまに言う。
「この世界が“自律してる”のか」
「それとも“誰かの手が入っている”のか」
「確かめたくなるでしょ?」
空を見ると、亀裂。
揺らぐ術式。
「……作品、か」
否定も肯定もしない。
長い夜はまだ儚い。




