解放
夜空に一発目の花火が咲いた。
轟音とともに広がる光。
「うわあああ!!」
ルカが真っ先に叫ぶ。
「でかっ!」
レオンが思わず声を上げる。
ソラは空を見上げながら、淡く反射する光を瞳に宿す。
ユイは少し離れた位置で、静かに見ていた。
色とりどりの光が、王都の夜を染める。
屋台通りは歓声と拍手で満ちていた。
甘い匂いも、煙も、全部が祝祭の一部。
クレアはその中心で笑っている。
王族ではなく、
ただの少女として。
⸻
王城の高台。
王族席でも、笑い声が上がっていた。
王妃は優しく微笑み、
側近たちも緊張を解いている。
ロイドは腕を組みながらも、
どこか柔らかい表情で夜空を見ていた。
「今年は、特に綺麗ですね」
侍従が言う。
「ああ」
短く答える。
視線は――
城下町の一点。
クレアのいる方角。
⸻
花火は次々と打ち上がる。
大輪。
連発。
夜が昼のように明るくなる。
「最後は特大らしいよ!」
ルカが言う。
「マジか」
レオンが空を見上げる。
その横顔に、花火の光が映る。
クレアはふと、視線を横に向けた。
ソラ。
静かに空を見上げている。
どこか――遠くを見る目。
「ソラ」
花火の轟音にかき消される。
ソラが少し顔を寄せる。
「なに?」
クレアは一瞬ためらい、
それでも口を開いた。
何かを言った。
でも、
ちょうど大玉が炸裂する。
ドォン!!
光と衝撃。
歓声。
ソラは聞き取れない。
「え? 何?」
クレアは一瞬固まって、
それから顔を赤くした。
「……なんでもない」
「いや絶対なんか言った」
「言ってない!」
「言った」
「言ってない!」
ルカがにやにやしながら割り込む。
「なになに?告白?」
「違う!!」
クレアはそっぽを向く。
ソラは少しだけ笑う。
「あとで教えて」
「……考えとく」
視線が一瞬だけ絡む。
花火の光の中。
世界は、ただ綺麗だった。
⸻
「ラスト上がるぞ!!」
打ち上げ台から声が響く。
空気が張りつめる。
王都全体が空を見上げる。
王城でも、
屋台通りでも、
フードを被った二人も。
アバンはにこにこしている。
アイネは結晶体を静かに握る。
「……いくよ」
「うん」
花火が上がる。
ゆっくりと。
夜空の中心へ。
誰もが息を止める。
そして――
ドォォォン!!!
特大の花火が咲いた。
白。
金。
赤。
夜空を覆うほどの光。
歓声が爆発する。
その瞬間。
ピキッ。
ほんの小さな音。
最初は、誰も気づかない。
だが。
空の中心。
花火の残光の奥。
何かが走る。
細い、白い線。
ガラスに入るヒビのように。
ピキッ。
もう一度。
音は、花火よりも鋭かった。
ロイドの瞳が見開かれる。
ソラの表情が変わる。
アイネが空を見上げる。
アバンだけが、
微笑んだまま、
目だけを細めた。
空に、亀裂が入っていた。
光が、歪む。
夜が、裂ける。
夜空に走った亀裂は、次の瞬間には誰の目にも明らかだった。
ピキッ――
バキン。
乾いた音。
まるで見えないガラスが砕けるように、空の一部が崩れる。
「……え?」
誰かが呟く。
花火の余韻が消えきらないうちに、
裂け目の奥から、黒い影が滲み出た。
光を吸い込むような存在。
歪んだ布のような輪郭。
脈打つ紋様。
試作型タペスト。
それは“落ちる”のではなかった。
空間から“滲み出る”。
ずるり、と。
「な、なんだあれ……」
「花火じゃないのか?」
「演出……?」
ざわめきが広がる。
次の瞬間。
タペストの中心が歪み、
衝撃波が放たれた。
ドォンッ!!
屋台が吹き飛ぶ。
布が裂け、灯りが倒れる。
悲鳴。
「きゃああああ!!」
「逃げろ!!」
一瞬で祝祭は崩壊する。
子どもを抱える母親。
転ぶ老人、押し合う群衆。
混乱は爆発的に広がった。
⸻
「……始まったね」
アバンは、相変わらずにこにこしている。
周囲は逃げ惑っているというのに。
アイネは空を見上げる。
亀裂はまだ閉じていない。
「出力は想定内」
「うん。世界式の反応も出てる」
アバンの視線は空の亀裂に固定されている。
まるで観測者。
逃げる人々の流れの中で、
二人だけが逆方向へ歩き出す。
タペストの方へ。
人波が割れる。
「危ないぞ!」
誰かが叫ぶ。
だが二人は止まらない。
「制御、できる?」
アイネが問う。
「まだ」
アバンは笑う。
「もう少し“揺れ”を見たい」
タペストが地面に触れた瞬間、
石畳が黒く侵食される。
空気が軋む。
もう一度、衝撃。
レオンがとっさにクレアの前に出る。
「下がれ!」
ソラは周囲を一瞬で把握する。
逃げ道。
負傷者。
タペストの核位置。
「……人工」
小さく呟く。
自然発生じゃない。
誰かが“開けた”。
ユイの目も細くなる。
「嫌な感じ」
ルカは歯を食いしばる。
「なにあれ……!」
⸻
その頃。
学園。
最も高い塔の上。
夜風の中、一人の男が立っていた。
シバ。
長衣を翻し、静かに空を見上げている。
亀裂。
そこから滲み出る異物。
「……そう来たか」
目を細める。
「術式変換の波形が混じっているな」
わずかに口角が上がる。
怒りでも焦りでもない。
観察者の目。
「レオンのか」
塔の縁に手を置く。
「随分と派手にやる」
下では混乱が広がり続けている。
王都の夜は、もはや祝祭ではない。
悲鳴と崩壊。
そして。
逃げる群衆の中を、
ただ二人だけ、
逆行する影。
シバはその姿を視認する。
フード。
にこやかな少年。
「……面白い」
低く呟く。
「役者が揃ってきた」
夜空の亀裂がさらに広がる。
タペストが唸る。
そして――
ソラが一歩、前に出た。
祝祭は終わった。
絶望の一夜が始まる。




