認識
アンナの後についていくと、その先に巨大な扉が現れた。
「うわぁ……」
扉が開くと、そこには岩がゴロゴロと転がり、崩れた建物が点在する空間が広がっていた。まるで廃墟の街を切り取ったかのような光景だ。
「ここはギルド所有の修練場です。本番の戦闘に近い環境を再現しています。終了時間になりましたらお呼びしますね」
アンナは一礼すると、そのままカウンターへ戻っていった。
「よし! さっそくやるか!」
「ソラ、あのベンチに座って見てなさい」
ヨハンに言われた通り、俺は観戦用のベンチに腰掛けた。
最初の模擬戦は――ヨハン対マルゴン。
戦闘自体に強い興味があるわけじゃない。だが、“魔法”が見られるとなると話は別だ。胸の奥が、わずかに高鳴る。
すると、隣にドワーフのおじさんがどっしりと座った。
「よう、ボウズ。そういや名乗ってなかったな。俺はドワーフ族のスベーロ・ワルクスクだ。スベーロでいい。ところでよ……お前、ヨハンの戦闘、見たことあんのか?」
「馬車の上からですけど、ここに来る途中で少しだけ」
「そうかそうか。小さいうちから戦いを見るのはいい経験だ。お前らが大人になる頃には、“怖いから戦えません”なんて言ってられねぇ時代になるからな」
その言葉が、妙に引っかかった。
「……どういう意味ですか?」
俺がそう尋ねると、スベーロは一瞬だけ表情を曇らせ、低い声で語り始めた。
「最近な、タペストの動きが活発になってきてる。ヨハンが倒したニューゴブリンも、本来はあの地域に出る魔物じゃねぇ。少しずつだが……世界が歪み始めてる」
理解した。
このまま時間が経てば、魔物はさらに強くなり、増え続ける。
――そして、その対処を担うのは、俺たち次の世代になる。
「だからよ」
スベーロは表情を切り替え、力こぶを作って笑った。
「俺たち大人が、未来のお前らに苦労させねぇように、今を必死で戦うんだ」
「……はい」
「ほら、始まるぞ」
俺はフィールドへ視線を戻した。
そこには、剣を構えたヨハンと、巨大な斧を担いだマルゴンが向かい合っていた。
「――始め!」
審判の合図と同時に、二人は地面を蹴った。
キィィンッ!
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。
ヨハンの剣は目で追えないほど速く、連続で放たれる斬撃が空気を切り裂く。
対するマルゴンは、巨体に似合わぬ俊敏さでそれをかわし、重量級の斧を豪快に振るった。
ガキィンッ!!
衝撃音とともに、二人は距離を取る。
「腕は落ちてねぇな、ヨハン」
「お前もだ。前より動きが良くなってるぞ、マルゴン」
次の瞬間、二人は再び激突した。
岩が砕け、地面がえぐれ、修練場が本物の戦場へと変わっていく。
「ヨハンは柔軟な剣筋で相手を翻弄するタイプだ。剣速はトップクラス。マルゴンは、あの筋肉で重量武器を自在に操る化け物だ」
スベーロの解説を聞きながら、俺は必死に目を凝らした。
次第に、周囲の景色が消えていく。
視界には、二人の動きだけが残っていた。
「そろそろ――決めるか!」
「来い、ヨハン!」
二人は岩山の上に跳び上がり、互いに手をかざす。
その瞬間、以前ニューゴブリン戦で見たのと同じ魔法陣が空中に展開された。
「おぉ……!」
観客席からどよめきが起こる。
だが――
俺の意識は、別のものに奪われていた。
魔法陣の横に、淡く光る“文字”が浮かび上がっていたのだ。
「……ラムズ・フェローチ」
無意識に、その言葉が口から零れた。
「……は?」
隣のスベーロが、目を見開いて俺を見た。
「『ラムズ・フェローチ!!』」
ヨハンとマルゴンの声が重なった瞬間、魔法陣から雷が放たれ、互いの雷が正面衝突した。
轟音。
閃光。
爆風。
砂煙が修練場を覆い尽くす。
「……!」
咳き込みながら視線を凝らすと、そこには倒れ伏すマルゴンの姿と――俺に向かって親指を立てるヨハンがいた。
「す、すごかったです!スベーロ!」
胸が熱い。
魔法への興味が、さらに強く燃え上がっていた。
だが、スベーロは険しい表情のまま、俺をじっと見つめていた。
「なぁ、ボウズ……さっき言った言葉」
「目の前に出てきたんです。“ラムズ・フェローチ”って」
「……見えた? 文字が?」
スベーロは小さく唸る。
「マグレ……いや、それにしちゃ……」
スベーロはしばらく黙ったまま、フィールドの砂煙が完全に消えるのを見つめていた。
「……ソラ」
低く、抑えた声。
「さっきの“見えた”って話だが――今は忘れろ」
「忘れる……?」
「いや、忘れた“ふり”をしろ」
スベーロは俺の目を見ずに、ぽつりと続けた。
「この世界じゃな、知られていい力と、知られちゃいけねぇ力がある」
胸の奥が、じわりと冷たくなる。
「お前のは……後者の匂いがする」
風が吹き、俺の前髪が揺れた。
「今はまだ、誰も気づいてねぇ。だがな――」
スベーロは、修練場の高い壁の向こう、王城の方角へ視線を向けた。
「“気づくやつ”は、必ず現れる」
俺は無意識に拳を握り締めていた。
「その時、お前が何も知らず、何も選べないままだったら……」
言葉は、そこで止まった。
代わりにスベーロは、いつもの豪快な笑顔を無理やり作る。
「ま、今は考えなくていい。ボウズはボウズのままでいろ」
そう言って、俺の頭を軽く叩いた。
だが、その手は――ほんの少しだけ震えていた。
俺は、その理由をまだ知らない。
けれど。
この日、この修練場で見た“文字”が、
これから先の俺の運命を大きく動かすことになる。
そんな予感だけが、胸の奥に静かに残っていた。




