前夜
王城の大門がゆっくりと開く。
式典を終えたクレアは、正装からいつもの動きやすい服に着替えて外へ出た。
そして――
門のすぐ前。
「おっそーい!」
ルカが両手を振っていた。
ユイは壁にもたれて気だるそうに立ち、
ソラは周囲を軽く警戒しながら待っている。
レオンは腕を組み、少しだけ視線を逸らしていた。
クレアは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「……待っててくれたの?」
「当たり前だろ」
レオンがぶっきらぼうに言う。
「主役を置いて帰るわけないじゃん」
ソラが軽く笑う。
「屋台、午後の方が混むらしいし」
「ほら行こ行こ行こ!」
ルカがクレアの手を掴む。
その温度が嬉しくて、クレアは自然に笑みを浮かべた。
「うん、行こ」
五人はそのまま城下町へ向かう。
屋台通りは午後の熱気に包まれていた。
甘い匂いと香ばしい煙。
「クレアこれ食べよ!」
ルカが腕を引く。
笑いながら歩きつつ、クレアはそっとユイの隣に並ぶ。
「ねえ、ユイ」
「んー?」
「今日、午前中どうしてたの?」
ユイは少しだけ間を空ける。
「ああ……剣術大会」
「え?」
クレアが止まる。
「そんなのあったの?」
「うん。学園主催。景品付き」
「……知らなかった」
小さく呟く。
「そりゃ王城いたしな」
ユイはあっさり言う。
「レオンとソラが出た」
クレアの視線が自然と前へ向く。
二人は何やら言い合っている。
「……どこまでいったの?」
「決勝」
「え!?」
思わず声が大きくなる。
「決勝!? すごくない!?」
「すごいよ」
ユイは淡々と答える。
「互角だった」
クレアの胸がきゅっとなる。
「……勝ったの?」
少しだけ不安が混じる。
ユイは肩をすくめる。
「レオンは負け」
「……そっか」
クレアの視線が自然とレオンへ向く。
けれど。
レオンは今、普通に笑っている。
ソラに何か言い返し、ルカに突っ込まれている。
沈んでいる様子はない。
「でも全然平気そう」
ユイが続ける。
「むしろ燃えてる」
「燃えてる?」
「“次は勝つ”って」
クレアは少しだけ安心して息を吐いた。
「……ならよかった」
「心配?」
「うん、まあ……ちょっとだけ」
ユイは小さく笑う。
「大丈夫。レオンは強い」
クレアはもう一度前を見る。
レオンがこちらに気づく。
「何見てんだ」
「別に」
自然に笑い返す。
「あとで詳しく聞かせてよ?」
「別に大したことじゃねえ」
「決勝まで行っといてそれ?」
ルカが割り込む。
「そうだよ!すごいじゃん!」
レオンは少しだけ照れたように視線を逸らした。
その様子を見て、クレアははっきりと思う。
(うん、大丈夫)
「さて」
クレアはぱっと表情を変える。
「午後は本気で回るよ?」
「出た」
ソラが笑う。
「甘いの全部制覇宣言」
「当然でしょ?」
「巨大クレープいこ!」
「でかすぎ」
「食えなかったらレオンな!」
「なんでだよ!」
笑い声が広がる。
剣も、王族も、式典も。
今は遠い。
五人はただの仲間として、屋台通りを進んでいく。
城の高台から、その姿を静かに見つめる視線があることなど知らずに。
ロイドは小さく呟いた。
「……あの笑顔か」
民衆に向けるものとは違う、
自然で、柔らかい笑顔。
そして。
その輪の中心にいる少年。
「ソラ……」
王の胸に残る違和感は、まだ消えていなかった。
そして、夜がやってきて歓声が聞こえてくる。
祝祭の喧騒の中。
二つの影が屋台通りを歩いていた。
深く被ったフード。
だが一人は隠しきれない。
「いやー、いいね。平和って感じ」
アバンは飴菓子を眺めながら、にこにこと笑う。
本当に楽しそうだ。
「……壊す前に楽しむタイプ?」
アイネが淡々と言う。
「壊す前提なんだ」
アバンはくすっと笑う。
「僕は“観察”が好きなだけだよ」
「観察?」
「うん。どう反応するか見るの、面白いじゃん」
アイネは視線を細める。
手の中で淡く脈打つ結晶体。
試作型タペスト。
レオンから奪った術式変換を基盤に組み上げた、不安定な存在。
「今夜、これを解放する」
「うん」
「目的は世界式への干渉確認」
「うんうん」
アバンは軽く頷く。
「暴走する可能性は高い」
「それも込みでデータ」
迷いがない。
だが。
「でもさ」
アバンは少しだけ声を落とす。
「出力、もう少し抑えよっか」
アイネが止まる。
「なぜ」
「ここ、王都だよ?」
にこにこ。
「壊れすぎたら次の実験できなくなる」
理屈は合理的。
破壊を否定していない。
だが。
何かズレている。
アイネは少し考える。
「……制御できるの?」
「できるよ」
即答。
「術式変換の応用で、内部構造の暴発点を一段階ずらせる」
「そこまで解析済み?」
「だいたい」
軽い調子。
だが目は鋭い。
アイネはしばらく黙り、結晶体を見下ろす。
「被害が小さすぎると意味がない」
「安心して」
アバンは笑う。
「ちゃんと“揺れる”から」
その言い方。
壊す、ではない。
揺らす。
アイネはそこまで深読みしない。
今は利害が一致している。
強いタペストを作るためのデータ。
それが目的。
「……あなた、意外と慎重」
「そう?」
「もっと派手にやると思ってた」
アバンは少し考えるふりをして、
「世界って、意外と繊細なんだよ」
さらっと言う。
「一気に壊すより、段階踏んだ方が面白い」
楽しそうに笑う。
アイネはその言葉を、
単なる性格の違いだと受け取る。
遠くで花火の試射が上がる。
空が一瞬だけ光る。
アバンはそれを見上げた。
「ちゃんと持つかな」
「何が」
「んー?」
すぐに笑う。
「今夜の空」
誤魔化すのが自然すぎる。
アイネは視線を外す。
まだ疑わない。
だが確実に。
二人の目的は同じ方向を向いていない。
今はただ、
交差しているだけ。
祝祭の音の中で、
夜の花火が始まった。




