驚愕
外から放たれた魔法弾が、アイネを撃ち抜いた。
衝撃音。
血飛沫。
悲鳴。
「アイネ!!」
レオンが抱き止める。
腕の中でぐったりとする身体。
赤が礼装を染める。
舞踏会は崩壊した。
クレアが医療班を叫び、ユイが駆け寄り、ルカは固まり、ソラは窓外を睨む。
だがレオンは――動けなかった。
守れなかった。
初めて、守りたいと思った相手を。
胸が締め付けられる。
呼吸が荒れる。
感情が爆発する。
怒り。
後悔。
喪失。
精神の揺らぎ、急上昇。
基準値、突破。
その瞬間。
世界式との接続が激しく不安定化する。
アイネの複製は、精神不安定状態を前提とする。
揺らぎは致命的。
空間が軋む。
魔力が暴れる。
「レオン、落ち着け!」
ソラの声。
だが届かない。
世界式が歪む。
そのとき。
――ドンッ!!
突然、アイネが勢いよく起き上がった。
レオンの腕から弾かれるように身体を起こし、
そのまま一歩踏み込む。
「なっ――」
周囲が凍る。
次の瞬間。
アイネはレオンの胸に、力強く手を当てた。
バン、と音が鳴るほどの勢いで。
至近距離。
真正面。
瞳がぶつかる。
そこに迷いはない。
「複製。」
短く、鋭く。
彼女の固有魔術式が発動する。
条件は揃っている。
レオンの精神は最大揺らぎ。
術式変換の接続は露出状態。
観測、固定、転写。
レオンの胸から、
光の糸のような魔力情報が引き抜かれる。
強制的に。
暴力的に。
「ぐっ……!?」
レオンの身体が跳ねる。
心臓を掴まれたような感覚。
世界式との接続点が、剥がされる。
奪われる。
空間が一瞬、真空のように静まり返る。
そして。
アイネの背後に、歪みが生まれる。
世界式への干渉点。
術式変換。
複製完了。
レオンの瞳が見開かれる。
何かが消えた。
確実に。
「……アイネ...何を..した」
息を荒げながら問いかける。
アイネは手を離す。
一歩下がる。
その手をゆっくり掲げる。
「術式変換」
近くの結界が歪む。
上書きされる。
構造が変わる。
明らかに、レオンのものだった力。
会場が静止する。
ユイが震えた声で呟く。
「うそ……」
ソラの目が鋭く細まる。
(なんだと...)
クレアは状況を理解できず立ち尽くす。
レオンは、もう一度発動を試みる。
集中。
接続。
干渉。
――何も起きない。
空白。
世界式が、応答しない。
「……は?」
アイネの声は静かだった。
「これで、あなたと同じ舞台に立てる」
冷たい笑み。
代償として、彼女の他魔法は完全封印。
だが構わない。
目的は達した。
窓の外の闇で、
誰かが小さく笑う。
舞踏会は終わった。
術式変換は、所有者を変えた。
レオンは膝をついたまま、呼吸を乱している。
視点が定まらない。
術式変換を奪われた喪失感。
胸の奥が空洞になった感覚。
「……な……」
言葉にならない。
立てない。
ただ、床を掴む。
ソラが前に出る。
「説明しろ、アイネ。何が目的だ」
アイネは静かに振り返る。
その瞳は冷たいが、揺らぎはない。
「私たちの目的は――世界式を壊すこと」
会場がざわめく。
クレアが目を見開く。
「世界式を壊すって……それ、魔法体系そのものを否定するってこと?」
「そう」
アイネはあっさりと肯定した。
ユイが声を荒げる。
「そんなことしたら世界がどうなるか――」
「今のままの世界の方が、正しいと思う?」
空気が止まる。
アイネは続ける。
「タペストは偶発的に生まれる存在。世界式の歪みが形になったもの」
ソラの目が鋭くなる。
「私たちはタペストを“生み出す技術”を持っている」
クレアが息を呑む。
「人工的に……?」
「ええ、でも強さはランダム。密度も構造も不安定。強い個体が出るかどうかは運頼り」
アイネの視線が、床に膝をつくレオンへ向く。
「だから必要だった」
静かに、はっきりと。
「術式変換が」
ソラが理解する。
「まさか……」
「術式変換なら、世界式に直接干渉できる」
アイネの背後で空間が微かに歪む。
「タペストの内部構造は世界式の写し鏡。なら、生成直後に構造を書き換えればいい」
クレアが震える声で言う。
「強制的に……高密度化するってこと?」
「そう」
アイネは迷いなく答える。
「ランダムを排除し、最強個体を意図的に生み出す」
ユイが一歩下がる。
「それで世界式を壊す……?」
「強いタペストを連続生成し、世界式の負荷限界を超えさせる」
ソラの顔が険しくなる。
「過負荷崩壊を狙ってるのか」
「うん」
アイネは頷いた。
「世界式は絶対じゃない。容量がある。だから、処理限界があるんだよ」
レオンがようやく顔を上げる。
だが焦点は合っていない。
「……おれの……力……」
掠れた声。
アイネは少しだけ視線を落とす。
ほんの一瞬。
だがすぐに戻る。
「あなたの術式変換は、最後のピースだった」
ソラが問う。
「壊した先に何がある」
アイネは即答しない。
そして言う。
「新しい式を作る」
静かな宣言。
「選ばれた者だけが干渉できる世界式じゃなく、誰でも書き換えられる世界」
クレアが怒る。
「そのために街を壊すの!?人を巻き込むの!?」
「壊れるのは“今の秩序”」
アイネが一歩下がると背後に闇が広がる。
アバンが消えた闇と同じだ。
「レオンの術式変換で、強いタペストを作る」
「そして世界式を壊す」
「それが、我々の目的」
ソラが構える。
「逃がすと思うなよ」
アイネは最後にレオンを見る。
動揺し、立てず、言葉も出ない少年。
「……じゃあね、用済み君」
その一言だけ残し。
闇に溶けた。
残されたのは、
力を失ったレオン。
世界式崩壊という思想。
そして、始まってしまった計画。




