序章
ヴァルディア王国魔導学園・第一演習場。
「第三試合――レオン・ヴァルグ vs アルト・グレイン」
静まり返る会場。
アルトは静かに言う。
「君の術式変換、見せてもらう」
レオンは短く返す。
「来い」
開始。
アルトがまず展開したのは――雷撃式。
高出力単一展開。
雷が一直線に走る。
しかしレオンは動かず、魔力を集中させる。
「術式変換」
雷撃式が、途中で歪む。
閃光が消え、
代わりに“防壁式”へと再構築される。
雷は、レオンの前に盾となって展開された。
観客席がざわめく。
ルカが叫ぶ。
「きた!」
ソラが静かに言う。
「やっぱり術式変換はすごいな」
アルトの目が鋭くなり、
即座に次の魔法へ切り替える。
今度は重力魔法。
空気が重くなり
レオンの足元が軋む。
だが――
再び魔力が集中する。
「術式変換」
重力式が崩れ、
“推進式”へと書き換わる。
圧力は前方への加速に変わる。
レオンが一瞬で距離を詰める。
アルトが驚く。
「自分に有利な式へ……!」
アルトは魔法を解除し、即再展開。
氷結式。
足場凍結。
レオンは踏み込む直前で――
「術式変換」
氷結式が、拘束式へと変質。
凍結ではなく、アルト自身の足を絡め取る。
アルトの動きが止まる。
レオンが寸止めで拳を止める。
「勝負ありだ。」
歓声が鳴り止まない。
ヴァルディア王国魔導学園・第一演習場。
レオンは静かに礼をし、仲間の元へ戻る。
「おつかれ!」
ルカが勢いよく抱きつく。
「離れろ」
「照れてるー!」
クレアは腕を組みながらも満足そうだ。
「悪くなかったわ」
ユイは柔らかく笑う。
「すごく安定してたね」
ソラは短く言う。
「精度が上がってる」
レオンは少しだけ肩を回す。
「……疲れる」
術式変換は万能ではない。
世界式に触れ、展開中の魔法式を上書きする。
その一瞬に、膨大な魔力量と制御が必要になる。
わずかな精神の乱れが、暴発を招く。
だが今日のレオンは揺らがなかった。
観客席の奥。
アイネはその様子を、静かに見ていた。
(精神安定度、高)
(魔力循環、乱れ無し)
(負荷はあるが制御可能範囲)
奪えない。
今は。
彼女の固有魔術式「複製」。
複製できる魔法は一つのみ。
発動中は他魔法一切使用不可。
成功すれば術式変換を扱える。
だが失敗すれば――無防備。
この規模の模擬戦では、成功率が足りない。
もっと負荷が必要だ。
もっと、揺らぎが。
レオンは仲間と並び、笑っている。
その中心にいる。
精神の支柱。
そこを崩さなければならない。
⸻
夜。
遠征用宿舎。
窓の外には異国の星。
アイネの部屋は静かだった。
机の上。
黒い結晶が淡く光る。
「どうだった?」
アバンの声は相変わらず軽い。
「観測は完了」
「発動波形、精度ともに安定」
「単独では奪取困難」
沈黙。
そして、アバンが楽しそうに言う。
「じゃあ、舞台を変えようか」
アイネは即答する。
「必要なのは三点」
「大規模魔力干渉」
「複数方向からの圧力」
「精神的動揺」
声に迷いはない。
「最初の二つはこちらからも手配できるが、精神的な面はお願いしても良いかな?」
アバンの問い。
「ええ」
短い返答。
それだけで十分だった。
結晶の光が一瞬強まる。
「楽しみにしてるよ」
光が消える。
静寂。
アイネは椅子から立ち上がる。
鏡の前へ。
昼間と同じ、穏やかな笑顔を作る。
完璧だ。
感情は不要。
必要なのは手順。
まずは環境。
遠征の終盤。
帰還前。
移動中。
あるいは――
学園に戻った直後。
どこで揺らすか。
戦場で選択を迫らせる。
守るか、勝つか。
冷静でいられるか。
その瞬間。
術式変換は最大出力になる。
そして。
複製は完成する。
アイネは窓を開ける。
冷たい夜風が入る。
遠くで笑い声が聞こえる。
きっと、仲間たちだ。
彼女は一瞬も揺らがない。
「まっててね、レオン」
小さな独り言。
だがその声には確信があった。
模擬戦は終わった。
遠征は成功し全ては順調。
だがそれは、
嵐の前の静けさ。
計画は、もう始まっている。
レオンは知らない。
この遠征が、
自分の力を奪われる序章だったことを。




