観察
放課後。
中庭。
アイネは紅茶を口に運びながら、何気なく言う。
「レオンくんの術式って、普通の干渉じゃないよね」
レオンは目を細める。
「……何が言いたい」
「世界式に干渉してるでしょ?」
空気が変わる。
レオンの視線が鋭くなる。
「誰から聞いた」
「噂」
嘘。
アバンからの情報。
レオンは短く息を吐く。
「ただの応用だ」
「上書きしてるだけ」
アイネの内側で評価が確定する。
(確証取得。“術式変換”保持)
世界式。
それを条件付きとは言え、書き換える能力。
奪えれば――
戦場のルールそのものを変えられる。
夜。
女子寮。
黒い結晶が淡く光る。
「発動条件は?」
アバンの声。
アイネは淡々と答える。
「対象の魔力波形を完全観測」
「発動瞬間の式構造を固定」
「その場で転写」
「成功すれば術式変換を単独使用可能」
「ただし」
一拍。
「複製中は他魔法使用不可」
アバンがくすっと笑う。
「つまり無防備」
「ええ」
「術式変換一本勝負になる」
「負ければ終わり」
アイネの声に迷いはなく、色もなかった。
「頼んだよ、君の固有魔術式、、、複製にかかってるからね」
アバンは優しく、明るい声だった。
隣国・ヴァルディア王国魔導学園。
巨大な白亜の校舎が、山脈を背にそびえ立っている。
転移門を抜けた瞬間、ルカが叫んだ。
「広っっっ!!」
クレアが髪をかき上げる。
「さすが隣国最大規模ね」
ユイは穏やかに辺りを見渡す。
「空気が少し違うね」
ソラは無言で校舎上部の魔力流を観察している。
レオンは短く言った。
「気を抜くな」
今回は合同模擬戦。
両学園の精鋭による公開演習。
観客席はすでに埋まりつつあった。
ヴァルディア王国魔導学園・第一演習場。
観客席は満員。
異国の魔力循環式が空間を満たしている。
ルカが身を乗り出す。
「最初ソラだよ!」
ユイが穏やかに頷く。
「いい戦いになりそうだね」
クレアは腕を組み、冷静に分析している。
「相手は構築速度型。手数で押してくるタイプね」
レオンは短く言う。
「ソラなら崩せる」
⸻
第一試合:ソラ vs カイン
相手は魔法式の多数展開を得意とする相手。
通常魔法は一種類しか発動できない。
しかし、一種類の魔法をいくつか分割することで、威力はその分落ちるが、手数が増える戦術というものがある。
「頭脳派だってな」
「試させてもらう」
開始の合図。
カインは五重展開。
幾何学的に重なり合う魔法陣。
圧倒的な演算量。
観客がどよめく。
多数展開で使った魔法は、通常あらゆる方向からの攻撃に使われるが、カインは違った。
分割した魔法式をまた重ねる。そうすることで、発動速度が速い魔法になる。
ルカが叫ぶ。
「なにあれ!」
それにレオンが感心する。
「分割したのを散らばさずにまた重ねるか、応用が上手いな」
だが。
ソラは動かない。
詠唱も長くない。
ただ指を鳴らす。
「……式、歪んでるぞ」
次の瞬間。
カインの三番目の陣が崩れる。
連鎖的に四番目が破綻。
五番目が逆流。
爆ぜる魔力。
カインが目を見開く。
「何をした!?」
ソラは淡々と言う。
「魔法ってのは、世界式に魔法式を書き込むことで発動できる魔法だろ。そこにノイズが入ったんだ。」
「ノイズだと?」
カインが驚いた表情をする。
「わかりやすく言えば数学の計算式だ。1+1=2の式がお前のさっきの魔法。さらに俺は1という数字をぶつける。そうすることで1+1=2の式の先頭に1がさらに足され、1+1+1=2という式が出来上がり、この式は成り立たない。そして、、、式が破綻する。」
会場全体に静かさが広がる。
「その理論をお前の魔法式に当てはめただけだ。」
「そ、そんなの」
カインは驚愕した顔で続けた。
「魔法式ってのは、1+1=2なんていう簡単な数字じゃないぞ。」
「どゆこと??」
ルカが疑問をレオンに問いかける。
「魔法式は根本的な情報を数値化することができるんだ。1種級でさえ10万桁はくだらないと言われるくらい多い。ソラは、その中で脆い部分をひとつ見つけ、さらにそこに正確に魔力をぶつけることで、連鎖的に魔法式全体を壊したということだ」
「えっ、すごいの?」
レオンはソラの方を見て、目を細めた。
「すごいなんてもんじゃない。人間が世界式、魔法式の構造を可視化することは不可能だ。」
レオンの意見は間違っていない。しかしそれは、普通の人間にとってだ。ソラは「式眼」のスキルにより、世界式と、それに書き込まれている魔法式を読み取ることができる。だが、10万桁という膨大な数式を読み取ることができる最大の所以は、前世から引き継いだ神に与えられたと言っても過言ではない天才的な頭脳があったからである。
カインは膝をつく。
勝負あり。
観客席がざわめく。
ユイが小さく拍手。
「すごい」
クレアがふっと笑う。
「いつも通りね」
ルカが立ち上がる。
「かっこつけてるー!」
ソラは肩をすくめる。
「そんなことない」
レオンはわずかに口角を上げた。
⸻
第二試合:クレア vs エリシア
次はクレア。
相手はフィールド型術者。
結界類を得意とする魔術師。
開始と同時にエリシアが広域支配式を展開。
地面が光る。
「制圧型……!」
ユイが呟く。
クレアは冷静。
「甘いわね」
彼女は即座に魔法式を展開。
攻撃ではない。
エリシアの支配範囲内に新たにフィールドができる。
観客がどよめく。
「相手のフィールドの中にさらに自分の結界を!?」
クレアの強みは圧倒的な魔法の質だ。
他の同世代の魔法よりも魔力密度が高い。
エリシアが歯を食いしばる。
「そんな強引な……!」
クレアは余裕の笑み。
「これで互角ね。」
彼女は自ら中央へ踏み込む。
圧縮された戦場。
高速判断の連続。
攻撃、防御、牽制。
無駄がない。
得意としていた結界もまともに使えない。
エリシアが焦り始める。
そこをクレアは見逃さない。
「今、」
一瞬の隙に正確に一撃。
エリシアが後ろは吹き飛ぶ。
静寂。
そして勝負あり。
観客席が大きく沸く。
ルカが飛び跳ねる。
「クレア強っ!!」
ユイが微笑む。
「判断が速いね」
ソラが腕を組む。
「戦場の切り取り方がうまい」
レオンは短く言う。
「安定してる」
クレアは堂々と戻ってくる。
「当然よ」
だがほんの少しだけ頬が赤い。
ルカが抱きつく。
「かっこよかった!」
「ちょ、離れなさい!」
ソラは呆れ顔。
ユイは笑っている。
五人が並ぶ。
久しぶりに、
全員がちゃんと前に立った。
そして次。
いよいよレオンの番。
観客席の奥。
アイネは静かに座っている。
その目は、
まだ何も奪っていない。
ただ、待っている。




