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fORmulArS decipher(フォーミュラーズディサイファー)  作者: 澄田 葵伊
王都クレアレス編

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25/55

厄介

第二講堂前、退避通路。


崩れ落ちた異形のタペストは、完全に沈黙していた。


砕けた三核。


外殻は粉砕。


魔力の脈動もない。


教師の一人が深く息を吐く。


「……終わったな」


生徒たちの間に、ようやく安堵が広がる。


クレアは壁にもたれかかり、肩で息をしている。


ルカはその場に座り込んだ。


ソラはレオンを支えたまま、周囲を警戒していた。


レオンの魔力は完全に枯渇。


教師陣も限界に近い。


だが、生きている。


守れた。


――その瞬間。


黒い残骸が、微かに震えた。


ソラの視線が落ちる。


「……待て」


空気が、重くなる。


砕け散った核の破片が、音もなく浮き上がった。


黒い粒子が周囲から集まり始める。


床。


壁。


天井。


学園を構成する魔力が、薄く剥がれていく。


「……何をしてる」


教師の声が震える。


残骸の中心に、黒い光が凝縮する。


圧縮。


収束。


形成。


新たな“核”。


一つ。


ただ一つの、巨大な黒核。


その表面は、滑らかな鏡のように光を反射している。


そこに映るのは――


自分たちの姿。


「進化……?」


クレアが呟く。


次の瞬間。


黒核から四肢が伸びる。


先ほどよりも洗練された形状。


無駄のない構造。


そして。


鏡面の外殻。


融合体は、静かに立ち上がった。


ソラの脳内で式が走る。


(違う……供給経路が変わってる)


中心棟ではない。


もっと広い。


もっと深い。


世界式そのものに接続している。


学園の基礎構造。


空間維持式。


防護結界。


それらに付与されている“基礎魔力”を直接吸収している。


「周囲の世界式から……魔力を奪ってる」


ソラの声が低く落ちる。


教師の顔色が変わる。


「そんなことが可能なら……」


実質、魔力無限。


この空間にいる限り、供給は尽きない。


進化体の鏡面が波打つ。


重圧。


空気が軋む。


生徒の何人かが膝をつく。


クレアは杖を構えるが、魔力はほとんど残っていない。


ルカも同じ。


教師陣も立て直せない。


レオンは動けない。


ソラは唇を噛む。


(止める手段がない)


進化体が、ゆっくりと片腕を掲げる。


空間に式が浮かぶ。


長文構造。


節が連なる。


七。


八。


九。


3種級。


国家戦争級。


この狭い廊下で放てば、全滅。


「……逃げろ!」


教師が叫ぶ。


だが、逃げ場はない。


廊下は狭く、背後には負傷者。


進化体の核が深く脈動する。


世界式からさらに魔力を吸収。


詠唱が最終節へ。


空間が歪む。


壁に亀裂が走る。


光が収束。


絶体絶命。


その時。


廊下の奥から、足音が響いた。


一歩。


また一歩。


一定のリズム。


進化体の鏡面が揺れる。


収束していた3種級の式が、わずかに乱れる。


「……随分と派手だな」


低く、落ち着いた声。


生徒たちが振り向く。


そこに立っていたのは――


シバ。


白衣を翻し、ゆっくりと歩いてくる。


その目は静かで、底が見えない。


進化体が腕を振り上げる。


3種級が完成する。


放たれる――


その瞬間。


式が、崩れた。


音もなく。


詠唱構造そのものが解体される。


魔力が霧散。


鏡面が激しく波打つ。


シバは立ち止まらない。


「俺の仕事は」


淡々と告げる。


「誰も死なせないことだ」


空気が変わる。


進化体が、初めて“後退”した。


ソラの心臓が強く鳴る。


(……きてくれた!)


昔救われた様に、ソラの心が落ち着く。


シバはソラの方をちらっと見て、


右手を前に出す。


詠唱は短い。


構造は簡潔。


二種級。


クレアが息を呑む。


「二種級……?」


ルカが小声で言う。


「今のあれ、二種級でどうにかなる相手じゃ――」


だが。


ソラの目が見開かれる。


(違う)


魔力が、異常。


シバの周囲の空気が震える。


密度が増す。


圧縮に圧縮。


二種級の器に、あり得ない量の魔力が流れ込む。


式の骨格は二種級。


だが出力は――


3種級に匹敵。


いや、それ以上。


教師の一人が呟く。


「……なんだ、あの魔力量」


クレアの喉が鳴る。


「同じ二種級なのに……」


ソラの思考が高速化する。


(器の強度を変えず、魔力だけを極限まで純化してる……?)


無駄がない。


暴走もない。


純粋な、完全制御。


進化体が後退する。


鏡面が軋む。


本能が理解している。


“これを受ければ終わる”。


シバが淡々と告げる。


「終わりだ」


右手が、振り下ろされる――


その瞬間。


「それは困るなー」


軽い声。


場違いなほど、軽い。


全員の視線が、進化体の背後へ向く。


暗がり。


崩れた壁の影。


そこに立っていたのは、


美しい黒髪を靡かせる少年。


ゆるく手を振る。


「やっとここまで来たんだよ?」


「ここで棚上げされたら、努力が台無しじゃん」


にこり、と笑う。


その笑顔に悪意を全く感じない。


それなのに、心が本能が、悪だと訴える。


進化体の鏡面が、少年に反応した。


少年は片手を軽く掲げたった一言。


「はいはい、もう自由行動は終わりだよー」


進化体が、歪む。


巨大だった身体が崩れ始める。


四肢が霧散。


鏡面が縮小。


魔力が圧縮。


世界式から吸い上げていた魔力ごと、


一点へ。


そして――


少年の掌の上に、


先程まであった巨大な黒いタペストは、


手のひらほどの大きさのの、黒い玉へと完全収束。


静かに脈打つ。


学園全体の圧が、一瞬で消える。


教師たちが絶句する。


「……なんだ、あれは」


シバの目が細まる。


右手の二種級魔法が、なお展開されたまま。


撃てば、確実に消せる。


そのはず。


「消えてもらう」


シバが放とうとする。


だが――


発動しない。


式は完成している。


魔力も満ちている。


だが、


発動できない。


シバが困惑の表情を浮かべる。


少年が、楽しそうに笑う。


「だめだよ、シバ・クエス」


指を一本、立てる。


その瞬間、シバの魔法陣が凍りついたように停止する。


発動不可。


生徒たちは動けない。


教師も、硬直。


空気が止まっている。


少年は黒い玉を軽く弄ぶ。


「ま、今日は回収だけ」


くるり、と背を向ける。


去り際に、振り返る。


「おっと、名前くらい言っとこうか」


にっこりと笑う。


「アバン」


「またね、みんな!」


背後の暗闇が、揺らぐ。


そこに、穴のような闇が開く。


アバンは軽い足取りでその中へ歩き、


そのまま消えた。


闇も閉じる。


次の瞬間。


シバの魔法が、霧散する。


完全に遅い。


廊下には静寂だけが残る。


ソラの背中を、冷たい汗が流れる。


(……あれは何だ)


世界式を遮断した。


シバの魔法を止めた。


進化体を掌で圧縮した。


クレアが震える声で言う。


「今の……何?」


シバはしばらく無言だった。


やがて、低く呟く。


「厄介だな」


その目は、静かに燃えている。


「想定より、ずっとな」


シバの表情が崩れるのをソラは初めて見た。

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