異形
「全員、避難だ!」
教師の怒号が飛ぶ。
訓練場の結界が緊急モードへ移行する。
生徒たちは半ば押し出されるように移動を始める。
「走れ! 第二講堂へ!」
ソラは振り返る。
「ソラ!」
クレアが腕を引く。
「今は従って!」
レオンは一瞬だけ中心棟を見た。
膨れ上がる魔力。
異常なほどに濃い。
(A級……いや、それ以上?)
だが教師に遮られる。
「レオン、動け!」
歯を食いしばり、列に加わる。
ソラも歩き出す。
だが、その視線は――
一人だけ動かない背中を見ていた。
シバ・クエス。
「先生!」
誰かが呼ぶ。
シバは振り向かない。
「教師の仕事だ」
短く言い残し、逆方向へ歩き出す。
中心棟へ。
歩幅は一定。
速くも遅くもない。
だが一歩ごとに、空気が変わる。
廊下を抜ける。
壁の結界式がひび割れている。
魔力の流れが逆流している。
(内部からの圧)
第三の轟音。
中心棟の大扉が吹き飛ぶ。
破片が散乱する。
シバは足を止めない。
瓦礫を越え、
黒煙の向こうへ踏み込む。
そして――
見た。
広間いっぱいに、蠢く影。
一体。
二体。
十体。
いや――
数十。
人型。
獣型。
歪んだ外殻。
紫黒の魔力をまとった存在。
A級タペスト。
ワイバーンだ。
通常なら、王国騎士団が手こずるほどの脅威。
それが群れている。
学園の中心で。
「……なるほど」
シバの声は静か。
恐れはない。
怒りもない。
ただ確認をした。
タペストたちが一斉に顔を上げる。
外敵を認識。
殺意が膨れ上がり、床が砕ける。
最前列の一体が足元に魔法式を展開し跳躍、突進。
常人なら視認すら困難。
だが、
シバの指が、わずかに動く。
術式変換。
加速魔法式を反転。
速度を遅くする術式に変換する。
ワイバーンの動きが止まり、
シバが手をかざす。
空中で直角に逸れ、
壁へ叩きつけられる。
轟音、粉塵。
残りの群れが唸る。
魔力が膨張する。
圧が増す。
(自然発生ではない)
配置が不自然。
統制がある。
中心部に――
核。
シバの瞳が奥を見る。
群れの奥。
階段上。
黒い歪み。
空間が裂けている。
そこから絶え間なく魔力が供給されている。
「発生源はそこか」
低く呟く。
次の瞬間、十体以上が同時に襲いかかる。
炎弾。
衝撃波。
爪撃。
だが。
全てが届かない。
式が、到達直前で崩れる。
変換。
逆流。
空間の支配。
A級が一体、また一体と吹き飛ぶ。
それでも。
数が多すぎる。
通常の戦場ではあり得ない量。
シバは静かに息を吐く。
「学生が近づく前に、削る」
その目が、冷たく細まる。
一方その頃、第二講堂へ向かう避難経路。
生徒たちは教師に誘導されながら走っていた。
だが――
空気が、重い。
魔力の圧が、後ろではなく。
前から来る。
レオンが足を止める。
「……待て」
その瞬間。
廊下の奥の空間が、歪んだ。
ぐしゃり、と。
空気が折れ曲がる。
黒い霧。
そこから現れた異形。
三体分の外殻。
六本の腕。
胸部に重なった魔石。
顔は、いくつも重なり合っている。
叫びとも呻きともつかない振動音。
「なに、あれ……」
ルカの声が震える。
クレアが前に出る。
「下がって」
ソラは目を見開く。
(融合……?)
通常、タペストは個体。
群れることはあっても、
“重ならない”。
だが目の前のそれは、
明らかに――
複数体が無理やり一つに繋がれている。
魔力の波形が乱れている。
不安定。
だが。
濃度はA級を超えている。
レオンが低く言う。
「Sに近い……いや、未完成の上位種か」
教師が叫ぶ。
「戦闘班、前へ! 他は退避!」
だが。
融合体が動いた。
一歩。
それだけで床が砕ける。
六本の腕が同時に振るわれる。
衝撃波。
廊下の壁が爆ぜる。
数人が吹き飛ぶ。
「まずい!」
クレアが即座に防御壁を展開。
半透明の防壁が生徒を包む。
衝撃がぶつかる。
二撃目で亀裂がはいる。
「重い……!」
ソラの視界が高速で動く。
(接続が三重。核が三つある)
胸部。
背部。
腹部。
魔石が干渉し合い、出力を増幅している。
「レオン!」
「分かってる!」
術式変換。
放たれた衝撃波を斜め上へ逸らす。
天井が吹き飛ぶ。
だが。
融合体は止まらない。
むしろ、笑ったように魔力が膨れる。
「増幅してる……!」
ルカが叫ぶ。
吸っている。
周囲の残留魔力を。
中心棟から溢れる膨大な魔力を餌にしている。
ソラの背筋が冷えた。
(これ、放置したら)
やばい。
クレアが歯を食いしばる。
「時間を稼ぐしかない……!」
教師が応援を呼ぶ。
だが結界は乱れている。
シバは中心棟。
ここにはいない。
融合体が、ゆっくりと腕を広げる。
六つの掌に、黒い魔力が集束する。
三つの核が同時に脈動。
空間が軋む。
おそらく3種級魔法に近い。
レオンが呟く。
「まずい、3種級より上は変換できない!」
その瞬間。
融合体が咆哮。
三方向へ、同時に魔力砲。
廊下が、白く染まる。
「これ、やばい!」
クレアが恐怖する。
王都学園。
中心ではA級の群れ。
外縁では、未知の融合体。
戦場は、完全に分断された。




