模倣
王都学園・第一訓練場。
冷たい朝。
一年生が整列している。
中央には、シバ・クエス。
「昨日言った通り、今日は実技だ」
淡々とした声で語り始める。
「さっそくだが、全員で、私に向かって魔法を放て」
ざわめきが広がる。
ルカが小声で。
「正気なの!?」
「全力でこい」
「合図で撃て」
空気が張りつめる。
ソラは式を観察する。
(防御式は、展開していない)
レオンも目を細める。
(何をするつもりだ)
「三」
「二」
「一」
「撃て」
炎。
雷。
風刃。
氷槍。
一斉に放たれる。
訓練場が光に包まれる。
爆音、衝撃波が響く。
煙が立ち込める。
数秒後、視界が晴れる。
そこに立っていたのは――
無傷のシバ。
防御障壁はない。
結界も発動していない。
ただ、立っている。
生徒たちが凍りつく。
「……効いて、ない?」
ルカの声が震える。
ソラの目が細くなる。
(違う)
当たっていないのではない。
“成立していない”。
発動はした。
だが――
到達直前で、
式が、書き換えられた。
レオンの呼吸が、わずかに止まる。
(まさか)
シバが静かに言う。
「そうだ、」
その瞬間。
レオンの背筋に冷たいものが走る。
今の現象。
知っている。
いや――
自分しか、使えないはずの。
「……術式変換」
無意識に、レオンの口から漏れる。
クレアが振り向く。
「レオン?」
シバは視線を向ける。
「正解だ」
静かに、淡々と。
その言葉が、場を凍らせる。
レオンの瞳が揺れる。
「それは……俺の」
「固有魔術式、だったな」
“だった”。
その言い方。
生徒たちがざわめく。
ソラは息を呑む。
(世界式への直接干渉)
魔法式を上書きする。
接続点を書き換える。
結果を変える。
それは――
レオンだけが持つ、はずの力。
クレアが低く呟く。
「どういう、こと……」
シバは一歩踏み出す。
地面に展開していた生徒たちの未消去式が、次々と反転する。
炎は冷気に。
風は停止に。
雷は拡散に。
完全な書き換え。
精度。
速度。
規模。
レオンの顔色が変わる。
(消費が……)
術式変換は、魔力を異常に食う。
通常の五倍。
それを、連続で。
しかも無詠唱。
無表情。
シバは平然としている。
「固有、という言葉に甘えるな」
静かな声。
だが重い。
「世界式は誰のものでもない」
ソラの目が鋭くなる。
(触れている)
世界式の深層。
レオンが問う。
「……なぜ、使える」
わずかな動揺。
初めてだ。
レオンが、揺れている。
シバは視線を合わせる。
「それは秘密だ」
それだけ。
「あえて言うなら、世界式を見ることができなくても、世界式に紐づいている空間そのものを操作できれば、なんでもできるんだ。」
あまりに簡単に言う。
それは常識外のことだ。
しかし、シバの固有魔術式は空間支配。
辻褄が合う。
レオンは拳を握る。
自分の優位性。
生まれながらの特権。
それを、超えられた。
しかも、あっさりと。
「……あり得ない」
小さな呟き。
シバは冷静に告げる。
「あり得る」
「世界式に不可能はない」
訓練場の空気が重い。
シバは全員を見渡す。
「お前たちは、まだ浅い」
「力に名を付けただけで、理解した気になるな」
レオンはシバから目を逸らさない。
(この男は――何者だ)
教師ではない。
ただの魔術師でもない。
“異常”。
その確信だけが、残った。
シバが背を向ける。
「それじゃあ、詳しく講義を、」
その時だった。
――――轟音。
「!?」
地面が、揺れる。
訓練場の空気が震えた。
遠く。
だが確実に、学園の中心部から。
次の瞬間。
膨大な魔力。
爆発的に広がる圧。
空気が重くなる。
呼吸が浅くなる。
何人かの生徒がよろめいた。
「な、なに……!?」
ルカの声が震える。
クレアの顔色が変わる。
「これ……訓練じゃない」
ソラの瞳が鋭くなる。
(この質……)
知っている。
忘れられるはずがない。
空間を歪ませる、あの異質な波。
レオンがゆっくりと校舎中央を見据える。
(中心棟……)
魔力は一点から放射状に広がっている。
だが、乱れていない。
むしろ――
“意図”がある。
シバは振り返らない。
ただ、目だけがわずかに細くなる。
(早いな)
予定より。
観測より。
一拍、早い。
第二の轟音。
窓ガラスが震える。
結界が軋む音が、かすかに響く。
生徒たちがざわめく。
「敵襲!?」
「タペストか!?」
教師陣も動揺している。
だがシバは一言。
「全員、その場で待機」
低く、強い声。
一瞬で静まる。
しかし。
魔力は増幅していく。
濃度が上がる。
空気が重い。
ソラの胸がざわつく。
(……いる)
間違いない。
学園の中に。
レオンが呟く。
「偶然、ではないな」
シバは静かに答える。
「当然だ」
その目は、すでに戦場の色。
「始まった」
短い一言。
中心棟の上空。
目には見えないが、
確実に“歪み”が開きつつあった。
王都学園。
結界の内側。
その中心から、
膨大な魔力が噴き上がる。
そして――
その質は、
タペストのものと酷似していた。




