恩師
翌週。
王都学園・第一講堂。
一年生全員が集められていた。
「特別講師が来るらしいぞ」
「早くない?」
ざわめきの中、ソラは壁際に立っていた。
クレアは前列。
ルカは落ち着きなく周囲を見回し、
レオンは目を閉じたまま静かに立っている。
壇上に教頭が現れた。
「本日より、実技応用を担当する新任教師が着任する」
扉が開く。
足音が、一つ。
無駄のない歩幅。
入ってきたのは、黒髪を後ろで束ねた男。
三十代前半ほど。
装飾のないローブ。
表情は淡々。
だが――
空気が、揺れない。
「シバ・クエスだ」
短い名乗り。
声は低く、静か。
なのに、ざわめきが自然に止む。
威圧はしていない。
魔力も放っていない。
それでも。
(……静かすぎる)
ソラは無意識に息を浅くする。
壇上の男は、生徒を一人ずつ見ていく。
観察というより、測定。
視線がソラに触れる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
(知っている目だ)
だが何も言わず、視線は流れる。
次に止まったのは――
レオン。
わずかな間。
ほんのわずか。
だがレオンは、目を開いた。
(……おかしい)
魔力が読めない。
いや、ある。
だが形がない。
通常、魔術師は無意識に“癖”が出る。
流れの偏り。
属性の残滓。
だがこの男は、
(整いすぎている)
まるで、無。
それは未熟ではなく、完成。
「優秀な者が多いと聞く」
シバ・クエスは淡々と言う。
「だが、優秀であることと、生き残ることは別だ」
空気が変わる。
ルカが小声で呟く。
「え、ちょっとこわくない?」
「静かに」
クレアが制する。
シバは続ける。
「魔法は技術だ。戦場では選択だ」
レオンの瞳が、わずかに細くなる。
(選択、か)
ただの教師の言葉ではない。
“知っている”者の言葉。
「私の授業では、甘えは許さない」
静か。
だが拒絶できない。
圧ではない。
確信だ。
「明日から実技を始める」
それだけ言って壇上を降りる。
通路を歩く。
ソラの前で、足が一瞬だけ止まる。
ごく小さな声。
「久しいな」
誰にも聞こえない。
ソラだけが、視線をわずかに上げる。
「……そうだな」
それだけ。
会話は終わる。
だがレオンは、その一瞬を見ていた。
(反応した)
ソラの魔力が、微細に揺れた。
ほんの一拍。
それを感じ取れる者は、この場にほとんどいない。
(あの教師は――)
異常だ。
強い、ではない。
異常。
そして。
(ソラ・オクタスと、何かある)
講堂を後にするシバからレオンは目を離さなかった。
外廊下でシバ・クエスは一人、立ったまま空を見上げていた。
冬に近づく空気。
魔力の流れは、穏やか。
――表面上は。
「……薄い」
誰に向けるでもない呟き。
空間に指を滑らせる。
目には見えない式の流れをなぞるように。
(残滓がある)
ごく微弱。
だが確かに。
異質な揺らぎ。
タペスト。
本来、自然発生は稀。
それが近年、王都周辺で急増している。
偶然ではない。
そして1ヶ月前。
王都近郊で確認された大規模発生。
その際、ソラに入学前にタペストのベクトルの履歴を読んだもらったが、中心座標が王都学園。
(履歴を読むのはソラの脳と目に負荷をかけた。今度からは慎もう)
「……内部か」
結界の内側。
外部侵入ではない。
“いる”。
原因が。
シバの目が細まる。
タペストは結果だ。
原因は――
“歪み”。
世界式を乱す存在。
人為的か。
事故か。
あるいは――
(変えられない運命なのか)
最悪の可能性がよぎる。
その情報を掴んだのが一週間前。
だからここに来た。
教師として。
堂々と内部に入るために。
「芽は、ある」
ソラ。
レオン。
クレア。
この学園には、異常な密度で“強い芽”がある。
偶然にしては、出来すぎている。
風が揺れる。
そのとき。
背後から気配。
「先生」
振り向くと、レオン・ヴァルグ。
静かな瞳。
「何か用か」
「一つ、確認を」
淡々とした声。
「あなたは、ただの教師ではないですね」
沈黙が続く
シバは視線を外さない。
「なぜそう思う」
「魔力が、均一すぎる」
レオンの瞳がわずかに鋭くなる。
「癖がない。属性の偏りもない。抑えているのではなく、完成している」
風が止まる。
シバはわずかに口元を上げた。
「面白い視点だ」
否定はしない。
肯定もしない。
レオンは続ける。
「そして、あなたはこの学園を“見ている”」
「観察は教師の仕事だ」
「それ以上の意味で」
沈黙。
シバは静かに言う。
「お前は何を見ている」
レオンは一瞬だけ考える。
「今起きていること、ですかね」
その言葉に。
空気が、ほんのわずかに変わる。
シバの瞳が、初めて深くなる。
「……続けろ」
「最近のタペストの増加。王都周辺。その発生座標と学園が一致している」
レオンは冷静に述べる。
「偶然とは思えない」
静寂。
シバは答えない。
学生がこの事実を知っていることに驚いたからだ。
その沈黙が、何よりの答え。
「深入りはするな」
低い声。
初めて、圧が滲む。
「命を落とす」
レオンは一歩も引かない。
「それを決めるのは、まだ先です」
数秒、視線が交差する。
そしてシバは言う。
「明日の実技で分かる」
「何がですか」
「自分の位置が」
それだけ言い、シバは歩き出す。
レオンはその背中を見つめる。
(鍵が揃いすぎるのが幸か不幸か、)
シバの心の中に、少し不安がよぎった。




