名前
ルカ・セーラ
王都学園一年生。12歳。
クレアのルームメイト。明るく人懐っこい性格で、場の空気を軽くするムードメーカー。恋愛話が好きで、クレアとソラの関係をよくからかっている。
模擬実技が終わったあと。
訓練場の熱気がまだ残る中、生徒たちは三々五々散っていく。
「……疲れた」
ソラは軽く首を回した。
ドラン戦のあと、レオンとクレアの試合を見ていたせいで、妙に神経が削られている。
(あれを“同学年”って括るのは無理だろ)
「ソラ」
背後から声。
振り向くと、クレアが立っていた。
さっきまでの戦闘の余韻はほとんど感じさせない、いつもの落ち着いた表情。
「怪我は?」
「してない。模擬だし」
「ドランくん、悔しそうだったわね」
「まあな」
少し間。
クレアが、ほんの少しだけ視線を逸らす。
「……一緒に、昼食どう?」
あまりに自然に言うものだから、
ソラは一瞬考えてしまった。
(ああ、そうか)
能力測定のあとも一緒に食べた。
今日も、流れとしてはおかしくない。
「ああ、」
クレアの表情が、ほんの少しだけ柔らぐ。
「じゃあ行きましょう」
⸻
王都学園の食堂は相変わらず騒がしい。
だが、今日は少し空気が違う。
「あれクレア様じゃない?」
「さっきレオンと戦ってたよな……」
視線は集まる。
ソラはトレーを持ちながら、小さく呟く。
「目立つな」
「慣れてるわ」
「俺は慣れてない」
「そのうち慣れる」
向かい合って座る。
ほんの少しだけ、周囲のざわめきが遠巻きになる。
「レオン、どう思った?」
クレアがスープを口にしながら言う。
「強い」
即答。
「上書き型は厄介だ」
「ソラなら?」
「……読む」
それだけ。
クレアは小さく笑う。
「らしいわね」
ソラはパンをちぎりながら言う。
「クレアこそ、本気だったろ」
「八割くらい」
「十分すぎるだろ」
少しだけ沈黙。
食堂のざわめきの中、二人の間だけ静かな空気が流れる。
「学園、どう?」
クレアが尋ねる。
「今のところ、退屈はしない」
「それはよかった」
「クレアは?」
クレアは少し考えてから答えた。
「……楽しいわ」
その一言が、やけに素直だった。
ソラは何も言わず、水を飲む。
「同じ場所にいるって、不思議ね」
クレアがぽつりと言う。
「昔は、違う立場だったのに」
「今も違うだろ」
「そうかしら?」
視線が合う。
「少なくとも、ここでは“同級生”よ」
ソラは一瞬だけ言葉に詰まり、
そして小さく頷いた。
「……そうだな」
クレアは満足そうに微笑む。
「じゃあ、これからも一緒に食べてもいい?」
「毎日じゃなければ」
「週三?」
「交渉か」
「王族だもの」
「関係ないだろ」
ふ、と笑いが漏れる。
消灯時間を少し過ぎた頃。
女子寮第一棟、二〇三号室。
「ねえええええ」
ベッドの上でうつ伏せになったルカが、クレアをじーっと見つめていた。
「……なに?」
クレアは本を閉じる。
「今日さ」
「うん」
「ソラくんとご飯食べてたよね?」
ぴたり、と空気が止まる。
「偶然」
「偶然で向かい合わせに座る?」
「ソラの隣がたまたま空いてたから」
「へぇ〜〜〜」
にやにや。
クレアは無言で本を机に置く。
「なにが言いたいの」
「仲良しだなーって思って!」
「普通よ」
「“普通”って言いながら名前呼びなんだ」
「……」
「私はまだ“ソラくん”って呼んでるのに〜?」
クレアの耳がほんの少し赤くなる。
「昔からの知り合いなだけ」
「えっ昔から!?」
ルカが飛び起きる。
「それ初耳なんだけど!?」
「言ってなかった?」
「言ってない!」
クレアはしまった、という顔をする。
ルカは目を輝かせた。
「なになに!? 幼なじみ!? 運命!? 王族と平民の禁断のやつ!?」
「勝手に物語にしないで」
「だって楽しそうじゃん!」
枕を抱えて転がるルカ。
「いいなあ〜私もそういう関係ほしい〜」
「……何の関係」
「名前で呼び合ってるやつ!」
クレアは小さくため息をつく。
「あなたも呼べばいいでしょう」
「えー、なんか距離感バグってる感じするんだよねあの人」
「そう?」
「うん。でも優しいよね」
それは素直な声だった。
「ドランくんに絡まれてたときも、怒ってる感じじゃなかったし」
クレアは少しだけ微笑む。
「そういう人よ」
「やっぱ好きなんじゃん」
「違う」
即答。
ルカは布団の上でごろごろしながら笑う。
「はいはい。そういうことにしとく」
「……」
「でもさ」
ルカは天井を見上げた。
「学園って思ったより楽しいね」
「まだ一日目よ?」
「濃すぎない? 一日目でランク一位と二位のバトルだよ?」
クレアは思い出して、少しだけ目を細める。
「……確かに」
「レオンくんもやばいし」
「ええ」
「でも私はソラくんの方が気になるなー」
「どうして?」
「なんか静かなのに、ちゃんといる感じ」
クレアは顔を少しむすっとさせながら、一瞬だけ言葉を探す。
「そうね」
「あとクレアが見るとき、ちょっとだけ目が優しい」
「……ルカ?」
「はい?」
「寝なさい」
「はーい」
ルカは素直に布団に潜る。
「でもさー」
「まだあるの?」
「明日も一緒に食べるの?」
クレアは数秒沈黙し、視線を逸らした。
「……分からないわ」
「うわ、行く気あるやつだ」
「もう寝なさい!」
「はいはい!」
数分後。
規則正しい寝息が聞こえ始める。
クレアは窓の外を見る。
王都の灯りが、静かに揺れている。
(同じ学年にした理由)
それは、誰にも言わなくていい。
ルカの言葉を思い出し、少しだけ頬が緩む。
(仲良し、ね)
悪くない響きだった。
女子寮の夜は、少しだけ騒がしく、
そして穏やかに更けていった。




