魔法
この世界に転生してから、もう三年が経った。
俺が目を覚ましたのは、三年間変わらず過ごしてきた自分の部屋。どうやら俺は、本当に異世界へ転生してしまったらしい。
「おはようー!ソラー!」
そう言って俺を抱き上げたのは、シオン・オクタス。三十歳で、今世の俺の母親だ。
「ソラ、起きたのか。おはよう」
シオンの後ろから現れたのは、今世の父――ヨハン・オクタス。
俺はこの二人の間に生まれた最初の子で、ソラ・オクタスと名付けられた。前世の名前も「天」だったため、何かの因果を感じずにはいられないが、正直かなり気に入っている。
「今日は王都に、はじめて行きますよー」
「道中の警護は俺たちに任せろ!」
今日は俺を連れて、王都へ買い物に行くらしい。
俺たちが住んでいるのは、旧皇城跡――センクス。ここから馬車で二日かけて行く先が、王都クレアレスだ。世界で二番目に大きな都市らしく、この町とは比べ物にならないほど人が集まるという。
ヨハンが言った「警護」という言葉には、この世界特有の意味がある。
タペスト――いわゆるモンスターが存在し、ハンター資格を持つヨハンは、道中それらから人々を守る役目を担っているのだ。
「さあ、お着替えしますよー」
そう言ってシオンが俺の服を脱がし始める。
見た目は三歳、中身は高校生。正直、毎回かなり恥ずかしい。
「はい!おしゃれ完了!」
「わあ!これいい!」
俺はもう普通に話せるようになっていた。
この世界の言語は日本語とはまったく違ったが、一年ほど周囲の会話を聞き続けるうちに、法則が見えてきて自然と身についた。
「それじゃあソラ、行くよー!」
「おー!」
玄関を開けると、ひんやりとした外気が頬を撫でた。
三年間、ほとんど家の中で過ごしていたせいか、空気がやけに美味しく感じる。
家の隣には馬車が何台も並んでいた。ここは王都行きの発着所で、人々が乗り降りする場所だ。
「おーい!ふたりとも!」
手を振っているのはヨハンだった。彼は別の馬車に乗り、周囲の警護に当たるらしい。
俺たちは手を振り返し、馬車に乗り込んだ。
笛の音とともに、馬車はゆっくりと走り出す。
「ソラ、見て。きれいね」
シオンに言われて外を見ると、思わず息を呑んだ。
どこまでも続く緑の大地。空を舞う、見たこともないタペスト。
「……すごい」
「これが外の世界よ」
前世では東京暮らし。転生後も街の中だけで生きてきた俺にとって、これはまさに別世界だった。
――その時。
「カン、カン、カン!」
前方から鐘の音が響いた。
これは敵対タペスト出現の合図だ。
「タペストが来た?」
「ええ。でも大丈夫。パパと街のみんなが守ってくれるわ」
そう言ってシオンは、俺の頭を優しく撫でた。
窓の隙間から外を見ると、鎧を着た数十人の護衛と、その前に立つタペストの姿が見えた。
鋭い爪、大きな耳、緑色の肌――ゴブリンだ。
「ゴブリンか……連携を意識していくぞ!」
「おう!」
ヨハンたちは息の合った動きで次々とゴブリンを斬り伏せていく。
背後を取られても、すぐに別の仲間がカバーする。無駄のない、洗練された戦いだった。
十分ほどで、ゴブリンは全滅した。
「これで終わりだ!」
断末魔とともに、最後の一体が倒れる。
だが――
茂みの中から、ガサガサと不気味な音がした。
「……来るぞ!」
姿を現したのは、さきほどのゴブリンとは比べ物にならない巨体。
タペスト――ニューゴブリン。
「希少種か……」
「これは厄介ですね」
ヨハンの額に冷や汗が浮かぶ。
ニューゴブリンは協会ランクB。普通のゴブリン(Fランク)とは、まるで格が違う。
「グオオオオオ!」
咆哮に、護衛たちが一歩後ずさる。
俺も、馬車の中で体が震えていた。
「時間を稼げ!」
「了解!」
ヨハンが後方へ下がり、仲間たちが前線で足止めをする。
その背後で、ヨハンは手をかざし、呪文を詠唱し始めた。
「その炎で、大地を焼き払え――」
次の瞬間、手のひらに魔法陣が浮かび、炎が渦を巻く。
「行け!《炎球熱》!」
放たれた炎は一直線に飛び、ニューゴブリンを包み込んだ。
「グァァァァ!」
悲鳴が消え、炎が収まったあとには、黒焦げの巨体だけが残っていた。
「ソラ、あれがパパの魔法よ」
「……まほう」
胸が高鳴った。
この世界には、本当に魔法がある。
その事実は、俺の中の探究心に、強く火をつけた。




