実力
模擬実技は続行された。
ソラとドランの試合が終わってから、訓練場の空気は明らかに変わっている。
さっきまでの「見世物」から、「本気で見るべきもの」へ。
「次」
教官が名簿を確認し、淡々と告げた。
「レオン・ヴァルグ。対するは――クレア・クレアレス」
一瞬、時間が止まったように静まり返る。
次の瞬間。
「……は?」
「今の名前……」
「一位と二位じゃね?」
ざわめきが爆発的に広がった。
入学生ランク一位、レオン・ヴァルグ。
入学生ランク二位、クレア・クレアレス。
能力測定で、明確に他を引き離した二人。
王族と、化け物じみた魔力量を持つ少年。
(……そりゃ、盛り上がる)
観客席で、ソラは無意識に背筋を伸ばしていた。
「本気でやるのかな」
ユイが小声で言う。
「多分……やる」
理由は分からない。
でも、二人とも「手加減」という概念を持ち合わせていない気がした。
訓練場中央。
レオンは、いつも通り穏やかな表情で立っている。
対するクレアは、軽くスカートを整え、楽しそうに微笑んでいた。
「よろしく、レオン」
「こちらこそ。全力で来て」
その言葉だけで、周囲が息を呑む。
開始の合図。
その瞬間、空気が震えた。
(……魔力量が、違う)
ソラは即座に理解した。
レオンの魔力は「多い」というレベルじゃない。
流れている量も、密度も、まるで一段階上の存在。
クレアも同じだ。
王族の血統による、世界式への書き込みの効率化。
魔法式を書き込むことが、世界に拒まれていない。
「先手は譲るよ」
レオンがそう言った直後。
クレアが一歩、踏み出す。
詠唱はない。
魔法式の高速書き込みが、直接走る。
(……速い)
空間が歪み、光が収束する。
圧縮された魔力弾が、ほぼ不可視の速度で放たれた。
だが。
レオンは、避けなかった。
「――変換」
短い一言。
次の瞬間、魔法が“書き換えられた”。
飛来していたはずの魔力弾が、途中で形を失い、
無害な光の粒子へと分解されて霧散する。
「……え?」
誰かが、間の抜けた声を出した。
(今の……無効化じゃない)
ソラの目には、はっきり見えていた。
クレアの魔法式が、世界式に書き込まれた直後――
その構文自体が、別の内容に上書きされた。
(術式を……直接、書き換えてる?)
背中に、ぞくりとしたものが走る。
「なるほど、そうゆうこと」
クレアは楽しそうに笑った。
「それが、あなたの固有魔術式ね」
「ああ」
レオンは頷く。
「術式変換。
世界式に書かれた魔法式を、別の式として再定義する」
周囲は、ほぼ理解できていない。
だが、ソラだけは分かってしまった。
(世界式への“書き込み結果”を、後から上書き……)
それは、人間の魔法としては――異常だ。
「欠点もあるけどね」
レオンは、少しだけ肩をすくめる。
「自分が認識できた魔法でのみ上書き可能だし、魔力消費は、通常の五倍くらい」
(五倍……!?)
普通なら、それだけで自滅しかねない。
だが。
(この魔力量で、それを言うか……)
レオンの魔力総量は、そもそも規格外だ。
五倍消費しても、まだまだ余裕がある。
クレアは一度、息を整える。
「じゃあ、次は防げないのを行くね」
「どこからでも」
次の瞬間。
訓練場全体に、複数の魔法式が同時に走った。
重力操作、2種級火属性、1種級風属性。
一つ一つが確実に丁寧に構築されている。
(……同時展開)
ユイが、思わず呟く。
「……レベル、違いすぎ」
レオンの表情が、わずかに引き締まる。
「変換、展開――」
だが、今度は完全には消せない。
世界式への書き込みが、重なりすぎている。
結果。
魔法同士がぶつかり合い、訓練場の中央で光が爆ぜた。
結界が大きく軋む。
「そこまで!!」
教官の声が響き、強制終了。
光が収まる。
二人は、少し荒い息をつきながら向かい合っていた。
勝敗は――つかない。
だが。
誰もが理解していた。
(……同じ“新入生”じゃない)
ソラは、無言で二人を見る。
(レオンは、上書きする側)
(クレアは、認められている側)
そして――
(俺は、読む側)
世界式を巡る三つの立場が、
この学園に、静かに揃い始めている。
クレアが、ふっと微笑って言った。
「ね、ソラ」
視線が、こちらに向く。
「学園生活、退屈しないでしょ?」
ソラは、ゆっくり息を吐いた。
「……ああ」
それだけは、間違いなかった。




