模擬
教室に入った瞬間、空気が少しざわついた。
理由は分かっている。
新入生が一斉に集められ、能力測定の結果が半端に広まった直後だからだ。
(……嫌な予感しかしない)
席に着いて、教科書を机に置く。
後ろの方では、誰かがひそひそと俺の名前を出している気がした。
「なあ」
来た。
声の主は、机を蹴るようにして俺の横に立った少年だった。
短い金髪、やたら自信満々な表情。
取り巻きが二人。
(はいはい)
「お前がソラ、だっけ?」
「そうだけど」
「能力測定、控えめにやってたよな?」
いきなり核心を突いてくる。
(うわ、観察してるタイプか。めんどくさ)
「別に。普通にやっただけ」
「へぇ?」
金髪はにやっと笑った。
「でもさ、魔力量も演算速度も、数値の出方おかしかったぞ?」
周囲の視線が、じわっと集まる。
(あー、これ完全にあれだ)
心の中でため息をつく。
(入学直後、クラスの悪ガキに絡まれるやつ。
……テンプレか? これはテンプレ展開なのか?)
思わず口に出そうになって、ギリギリで飲み込んだ。
「で?」
俺は顔を上げる。
「それで、何が言いたい?」
「決まってんだろ」
金髪が机に手をつく。
「実力、見せてみろよ」
(はい来た)
脳内で、どこかのラノベのページがめくられる音がした。
(能力隠してる主人公に、イキったやつが絡む→
軽く返り討ち→クラスで一目置かれる、の流れ)
(……いや、だめだめだめ)
ここで目立つのは最悪だ。
「嫌だ」
即答すると、金髪が一瞬固まった。
「……は?」
「嫌だって言った」
「なんでだよ」
「面倒だから」
ざわっ、と教室が揺れる。
(あ、これ挑発って受け取られたな)
金髪のこめかみがピクッと動いた。
「お前……俺を馬鹿にしてんのか?」
(してないとは言ってない)
「してない。ただ、合理的じゃない」
「は?」
「初日から揉めると、教師に目を付けられる。
学園生活の自由度が下がる」
淡々と説明する。
「俺にメリットがない」
沈黙。
取り巻きの一人が、焦ったように口を挟む。
「な、なに理屈こねてんだよ! 怖いだけだろ!」
(あ、助け舟ありがとう)
「怖いなら、なおさらやらない」
「……っ!」
金髪が一歩前に出た、その時。
「そこまで」
低い声が割り込んだ。
振り向くと、教室の後方からユイが立ち上がっていた。
「授業、始まる」
短い一言。
でも、妙に空気が締まる。
金髪は舌打ちをして、俺を睨みつけた。
「覚えてろよ」
「覚えられるほどのこと、してない」
(やめろ俺、余計な一言)
金髪は何も言わず、自分の席に戻っていった。
教室のざわめきが、少しずつ収まる。
俺は椅子に深く座り直した。
(……生き延びた)
横から、小声が飛んでくる。
「テンプレ」
「言うな」
ユイは小さく肩をすくめた。
「でも、ああいうのは序盤だけ」
「そうだといい」
前を見ると、教師が入ってくるところだった。
(学園生活、波乱含みだな)
でも――
能力測定。
クレアとの再会。
そして、今の一件。
(……退屈はしなさそうだ)
そう思った瞬間、なぜか少しだけ、口元が緩んだ。
王都学園での日常は、
どうやら“平穏”とは別の方向に転がり始めているらしい。
(まあ)
(テンプレなら、先はだいたい読める)
教室の空気が落ち着いたと思った、その直後。
「では次に、模擬実技を行う」
教壇に立った教官が、淡々と告げた。
「王都学園では、座学と並行して実戦を重視する。
本日は簡易結界下での一対一だ」
模擬実技の開始を告げる鐘が鳴った。
円形の訓練場。
結界が張られ、生徒同士が一対一で戦うための簡易闘技場だ。
「次、ソラ・オクタスと――ドラン・ハイム」
呼ばれた名前に、場内がわずかにざわつく。
(……来たな)
向かいに立つのは、さっき絡んできた金髪の少年。
ドランは肩を鳴らし、余裕たっぷりに笑っていた。
「逃げ場ないぞ、優等生」
「模擬実技だぞ」
「だからいいんだろ?」
教師の合図で、二人は向かい合う。
その瞬間。
ソラの視界が、静かに“切り替わった”。
――この時点のソラ・オクタスは、
まだ魔法を自在に使えるわけではない。
だが。
魔法が発動する前段階――
詠唱される前、魔力が形を持つ前。
その「魔法式の構造」を、ソラは読むことができる。3歳の頃、魔法を始めて見てから、ずっとこの眼を使いこなす練習をしてきた。
ドランの体表を流れる魔力。
それが集まり、回路を描き、組み上がっていく過程。
(……火属性。単純構成。直線射出型)
それだけではない。
この世界を構成する根幹――
世界式。
その一部である「力の方向」。いわゆるベクトルの方向も、
ソラの目には薄く、矢印のように映っていた。
(重心、踏み込み、肩の角度……)
魔法だけじゃない。
剣も、拳も、跳躍も。
「力がどこへ向かうか」が分かれば、
次に何が起きるかは――ほぼ確定する。
それは予知ではない。
未来視でもない。
ただの――理解だ。
「行くぞ!」
ドランが魔力を解放する。
「業火なり、形を持て!」
詠唱の途中。
(……右)
ソラは、半歩だけ左へずれた。
次の瞬間、
火球が通過した空間が、熱で揺らぐ。
「なっ――!?」
外れたことに驚くドラン。
(次は、距離を詰める)
予想通り、ドランは魔法を切り上げ、突っ込んでくる。
拳に魔力を乗せた、単純な突進。
(速いけど……雑)
ソラは後退しない。
一歩、前。
ドランの踏み込みと、
力の向きが交差する“空白”へ滑り込む。
「っ!?」
拳が空を切る。
ソラは肘を軽く当て、体勢を崩す。
力は使っていない。
方向を、少し変えただけだ。
ドランがよろける。
(……これ以上はまずい)
倒せる。
でも、倒したら目立つ。
だから。
ソラはあえて距離を取り、構える。
「……なんで当たらねえ」
ドランの声に、焦りが混じる。
「当て方が、分かりやすいから」
「ふざけんな!」
もう一度、突進。
(最後)
次の瞬間を読み、
ソラは足を払う。
派手な音と共に、ドランが地面に転がった。
「勝負あり!」
教師の声が響く。
結界が解除され、ざわめきが広がる。
ソラは深く息を吐いた。
(……やりすぎてない、よな)
ドランは起き上がり、悔しそうに歯を食いしばる。
だが、もう何も言わなかった。
観客席の端で、
レオンが静かに目を細めていた。
(……今のは、技術でも反射でもない)
評価が、ほんの少しだけ書き換えられる。
そして――
別の場所で、それを見ていた銀髪の少女が、ぽつりと呟いた。
「……相変わらず、無茶するねー」
クレアは、小さく微笑った。
そのクレアを見て俺も笑顔が溢れた。




