理由
能力測定が終わった瞬間、ソラは心の底から息を吐いた。
「……疲れた」
測定自体は難しくなかった。
魔力量、制御精度、演算速度。
どれも「全力を出さないようにする」という、妙な気疲れがあっただけだ。
周囲では、新入生たちが結果を見て一喜一憂している。
「魔力量A!?やばくね?」
「制御が低い……才能ないのかな……」
そんな声を聞き流しながら、ソラは腹を押さえた。
(昼、行くか)
考えることをやめ、流れに乗って学園食堂へ向かう。
⸻
王都学園の食堂は、もはや「学食」の規模ではなかった。
高い天井、長いテーブル、料理の香りが混ざり合っている。
ソラはトレーを持ち、空いている席を探していた。
「……ん?」
視界の端に、見覚えのある銀色の髪が入る。
(まさか)
目を向けると、そこには堂々と席に座り、優雅にスープを飲んでいる少女がいた。
「……クレア?」
その名前を口にした瞬間、少女がぴくりと反応する。
「ソラ!」
ぱっと顔を上げ、次の瞬間には満面の笑みだった。
「やっぱり!能力測定終わったんだね」
「いや、それは……っていうか」
ソラは固まったまま、クレアを見下ろす。
「なんで、ここにいるんだ?」
クレアはきょとんとした顔をしてから、首を傾げた。
「同じ学園だから?」
「そうじゃなくて……同じ“学年”」
ソラの言葉に、クレアは一瞬だけ間を置いた。
そして、何でもないことのように言う。
「入学、ずらしたの」
「……は?」
「本当なら、もう二年前に入れたんだけどね」
スプーンを置き、クレアはソラを見る。
「ソラと同じ学年になりたかったから」
あまりにも自然な声音だった。
ソラは言葉を失う。
「……それだけ?」
「うん、それだけ」
当たり前のように頷くクレア。
「一緒に入学した方が、楽しいでしょ?」
ソラは視線を逸らし、トレーを持つ手に力を込めた。
「……王族の判断としては、軽すぎないか」
「公には“学園制度の研究”って理由にしてるから大丈夫」
さらっととんでもないことを言う。
クレアは少しだけ声を落とし、悪戯っぽく笑った。
「でも、本当の理由は秘密」
「今ここで言ってるけどな」
「ソラだからいいの」
そう言われて、ソラは返す言葉を失った。
結局、向かいの席に座る。
しばらく、二人で無言のまま食事を進めた。
(……変わってないな)
昔と同じ、マイペースで、強引で、でもどこか優しい。
しばらく、食器の音だけが続いた。
スープを飲み干したクレアが、ふと視線を落とす。
「……ソラ」
「ん?」
「会ってない間のこと、聞いてもいい?」
その一言で、時間が少しだけ過去に引き戻される。
「別に、大したことは」
ソラはそう前置きしてから、言葉を選んだ。
「最初の数年は、ひたすら勉強してた。
この世界の文字、魔法理論、歴史……理解しないと生き残れない気がして」
「うん」
「魔法式を見ると、勝手に“構造”が見えるんだ。
だから、周りからは変な子扱いだった」
フォークを動かしながら、淡々と語る。
「友達は……まあ、いなかったな。必要なかったし」
嘘ではない。
でも、全部でもない。
クレアは何も言わず、静かに聞いている。
「で、気づいたら12歳。学園に入る年齢になってた」
そこで一度、言葉が切れた。
「……クレアは?」
少しだけ間があってから、クレアは微笑んだ。
「私はね」
指先でカップをなぞりながら、ゆっくり話し始める。
「王族としての生活。会議、勉強、訓練。
毎日、誰かに囲まれてるのに、ずっと一人だった」
「……」
「周りは“女王”としての私しか見ないから」
そこでクレアは、ちらっとソラを見る。
「ソラだけだったよ。
名前で呼んでくれて、普通に話してくれたの」
一瞬、食堂のざわめきが遠のく。
「だから、ずっと思ってた」
クレアは、少しだけ照れたように言った。
「また会えるなら、同じ場所で、同じ立場がいいって」
ソラは視線を逸らす。
「……それで入学をずらした、と」
「うん」
短く、でも迷いのない返事。
「変かな?」
「いや」
少し考えてから、ソラは答えた。
「合理的ではない。でも……」
言葉を探し、続ける。
「悪くない選択だと思う」
その瞬間、クレアの表情がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「ああ」
小さく頷く。
「少なくとも、俺は……助かってる」
それは本心だった。
能力測定の緊張も、学園の空気も。
この席では、少しだけ軽くなる。
クレアは満足そうに微笑った。
「じゃあ、これからは一緒だね」
「……ああ」
しばらくしてクレアが口を開いた。
「学園生活、楽しみ?」
少し考えてから、ソラは答えた。
「……まあ、悪くはなさそうだ」
クレアは嬉しそうに微笑った。
「よかった」
その笑顔を見て、ソラは思う。
(やっぱり、同じ学年にいる理由は——)
聞かなくても、もう分かっていた。
静かで、穏やかな昼の食堂。
王都学園での生活は、こうして静かに動き出した。




