測定
翌日。
王都学園・実技棟前は、朝から妙に空気が張りつめていた。
「……なんか、昨日より静かじゃない?」
ソラが小声で言うと、隣を歩くユイが短く答える。
「今日は能力測定」
「ああ……」
納得しかない。
実技棟は広く、天井が高い。
床一面に描かれた魔法陣が、薄く光を帯びている。
「これ、全員やるの?」
「うん」
「やだなぁ……」
「逃げられない」
「だよね」
新入生たちは列を作り、一人ずつ呼ばれていく。
魔力測定。
詠唱精度。
世界式への書き込み量。
数字と階級が、その場で簡単に示される。
「初級、安定」
「1種級、基礎到達」
「……2種級、確認」
小さなどよめき。
(……やっぱ、すごい奴は最初から違うな)
ソラは、自分の番が近づくにつれて、逆に落ち着いてきていた。
(使い方、何も分かってないしな)
前世の知識はある。
だが、この世界の魔法を“理解している”とは言えない。
名前を呼ばれる。
「ソラ・オクタス」
一歩、前へ。
魔法陣の中央に立つと、ひやりとした感覚が足元から上がってきた。
「初級魔法を」
教員の声。
「……《ノーブル》」
小さな光が灯る。
魔法陣が反応し、水晶が淡く輝く。
一瞬だけ、
本当に一瞬だけ、
光が揺れた気がした。
だが、すぐに落ち着く。
「初級、問題なし」
「魔力総量……平均」
周囲の反応はない。
期待も、失望もない。
(……まあ、そうだよな)
列に戻ると、ユイがちらっとこちらを見る。
「普通?」
「普通」
「それが一番、安全」
「学園基準こわ」
その時だった。
視界の端で、見覚えのある金色が揺れた。
(……?)
思わず目を向ける。
少し離れた位置。
教員に囲まれた、小柄な少女。
淡い金色の髪。
澄んだ青い目。
(……クレア?)
一瞬、目が合った。
ほんの一瞬だけ、驚いたように目を見開いて――
次の瞬間、彼女は小さく笑った。
(……なんでいるんだ?)
クレアは俺の2歳上の今は3年生のはずだ。
1年生の能力測定にある理由がわからない。
クレアの番になる。
「クレア・――」
姓は告げられない。
周囲が一瞬、ざわつく。
(やっぱ、特別枠か)
クレアは落ち着いた足取りで魔法陣に立つ。
「初級魔法」
「《ファルーム》」
小さな火が灯る。
だが、その制御が異常に正確だった。
「……初級、極めて高精度」
教員の声が、わずかに硬くなる。
「魔力総量……年齢相応、だが――」
言葉を切る。
「制御力が突出しているわね」
クレアは、何も言わずに一礼して戻ってきた。
すれ違いざま、ほんの小さく囁く。
「……あとで」
「……うん」
それだけ。
俺は少し戸惑った。
ユイが、ぼそっと言う。
「知り合い?」
「……まあ」
「普通じゃない知り合いか?」
「否定しづらいな」
そして。
「次、――レオン・ヴァルク」
空気が、変わった。
ざわめきが、すっと消える。
レオンは無言で魔法陣に立つ。
姿勢。呼吸。視線。
どれも無駄がない。
「魔法を」
「――1種級魔法」
周囲が、息を呑む。
短い詠唱。
光が、走る。
魔法陣全体が、はっきりと反応した。
「……1種級、完成度高」
「魔力総量――」
数値が表示される。
一瞬の沈黙。
「……2種級相当」
どよめきが、抑えきれずに広がる。
(……やっぱ、別格だ)
ソラは、そう思った。
強い。
ただそれだけじゃない。
(“分かってる”)
魔法を。
世界を。
そして、自分の立ち位置を。
レオンは結果に何の反応も示さず、静かに列に戻る。
その途中、一瞬だけ――
本当に偶然みたいに、ソラの方を見る。
目が、合う。
ほんの一瞬。
だが、レオンの視線が、わずかに止まった。
(……?)
次の瞬間には、もう興味を失ったように前を向いていた。
(……気のせい、か)
能力測定は続く。
ユイは全体的に安定しており、俺とクレアの間ほどの能力値だった。
だが、ソラの意識はもう別のところにあった。
クレア。
レオン。
そして、自分。
(……差、でかいな)
それでも、不思議と焦りはなかった。
むしろ――
(ここから、なんだ)
そんな予感だけが、胸に残っていた。




