入学
王都学園の正門前は、朝から騒がしかった。
「うわ……人、多……」
思わず呟くと、同じタイミングで隣から声がした。
「な。祭りかと思った」
振り向くと、赤茶の短い髪の少年が立っていた。
軽そうな雰囲気で、でも目はやけに落ち着いている。
「迷った?」
「うん」
「俺も。正門デカすぎだろ」
「それな」
ほんの一言二言。
名前も聞かない、どうでもいい雑談。
それだけで終わるはずだった。
鐘が鳴り、新入生は講堂へ誘導される。
流れに押され、いつの間にかその少年とは別れていた。
(まあ、こんなもんだよな)
王都学園。
一生に一度の入学式。
すぐに、周りの情報量に意識が持っていかれる。
入学式が始まり、現生徒会長からの言葉、教員代表からの言葉、順調に進んでいった。
講堂が静まり返る。
学園長が一歩下がり、壇上を譲った。
赤茶の髪の少年が立つ。
(……あ)
正門前で少し話した、あの少年だった。
姿勢を正し、少しだけ間を置いてから、彼は口を開いた。
「――新入生代表、レオン・ヴァルクです」
落ち着いた声。
よく通る。
「本日、私たちは王都学園に入学しました」
視線は前だけを向いている。
誰か一人を見ることもなく、講堂全体を見据えていた。
「この学園には、力を持つ者が集められます」
「ですが」
一拍。
「力は、誇るためのものではありません」
ざわり、と空気が揺れる。
「誰かを見下すためでも、
自分が特別だと証明するためでもない」
淡々と、言葉を積み上げていく。
「ここにいる全員が、
何かしら“できる”から集められた」
「だからこそ」
「比べる意味はない」
声の調子は変わらない。
熱くもなく、冷たくもない。
「勝つことより、
まずは生き残ることを考えた方がいい」
少しだけ、間。
「王都学園は安全です」
「ですが、世界はそうじゃない」
そこだけ、わずかに目が鋭くなる。
「ここで学ぶのは、
強くなる方法だけではありません」
「守る理由と、
覚悟を持つことだと、私は考えます」
最後に、軽く頭を下げた。
「これから数年間、同じ学園で学ぶ仲間として」
「よろしくお願いします」
拍手が起こる。
大きく、均一な拍手。
(……すごいな)
ソラは素直にそう思った。
(でも、さっきのやつとは別人みたいだ)
正門前では、ただの「迷った新入生」だったのに。
レオンは壇上を降り、そのまま学園長の横を通り過ぎる。
こちらを見ることもない。
目も合わない。
(……だよな)
さっき少し話しただけ。
覚えているわけもない。
人の流れに紛れ、レオンの姿はすぐに見えなくなった。
(別に、関わることもないか)
そう思った、その時。
なぜか胸の奥に、ほんの小さな違和感が残った。
理由は分からない。
ただ――
(あいつ、強い)
それだけは、はっきりしていた。
王都学園の入学式が終わり、新入生たちはそれぞれの寮へ向かっていた。
入学式も無事終わり、俺は寮へ向かっていた。
広すぎる敷地。
どこを見ても同じような建物。
(……迷うな、これ)
案の定、ソラは立ち止まっていた。
「第三棟……第三棟……」
同じ文字が何度も目に入るのに、入口が見つからない。
「……絶対わざとだろ、この配置」
ぶつぶつ言いながら歩いていると、同じ制服の生徒とすれ違った。
黒髪で、少し眠そうな目。
歩き方がやけに静かだ。
「……あの」
ソラが声をかける。
「第三棟って、どこですか」
黒髪の少年は足を止め、少しだけソラを見る。
「……そこ、右」
「え?」
「今の角、曲がるとある」
「……あ、ほんとだ」
気づかなかった。
というか、完全に見落としてた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
それだけ言って、黒髪の少年はまた歩き出そうとする。
「あ、ちょっと待って!」
ソラが慌てて呼び止める。
「もしかして……同じ棟?」
少年は一瞬考えてから、軽くうなずいた。
「たぶん」
「部屋番号は?」
「207」
「俺もだ!」
その瞬間、少年の足が止まった。
「……同室か」
「よろしく!」
元気よく手を差し出すと、少し間を置いてから、少年はその手を握った。
「……ユイ」
「ソラ!」
「……知ってる」
「え?」
「さっき、名簿で見た」
「そっちか!」
第三棟は外観より中が広かった。
長い廊下に、同じ形の扉が並んでいる。
207号室。
扉を開けると、二人部屋。
左右にベッド、中央に机。
「……普通だな」
ユイが淡々と呟く。
「普通が一番だよ」
「そう?」
「そう」
ソラはベッドに荷物を置き、ぐるっと部屋を見回す。
「どっち使う?」
「窓側」
「即答!?」
「朝、起きやすい」
「俺起きるの苦手なんだけど……」
「じゃあ、起こす」
「優しいな!?」
ユイは少しだけ首を傾げた。
「……普通じゃない?」
「いや、普通じゃない」
それでも、なんだか不思議と安心感があった。
少し沈黙。
ソラは思い出したように聞く。
「ユイはさ、入学生代表のやつ、どう思った?」
「……レオン?」
「知ってるんだ」
「有名」
短く、それだけ。
「強そうだったよな」
「強い」
即答だった。
「断言するね」
「無駄な動きがない」
「……へぇ」
(やっぱり、見るとこ違うな)
ソラが感心していると、ユイがちらっと視線を向ける。
「ソラは?」
「ん?」
「変」
「いきなり!?」
「悪い意味じゃない」
「フォローになってない!」
ユイは少し考えてから続ける。
「……空気が、違う」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんかよ!」
思わず笑ってしまう。
ユイは不思議そうに一瞬だけソラを見てから、視線を逸らした。
「……まあ、同室だし」
「うん」
「しばらく、よろしく」
「こちらこそ!」
その言葉に、ユイは小さくうなずいた。
(……この部屋、悪くないかも)
ソラはベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。
王都学園。
新しい生活。
新しい人間関係。
さっき壇上に立っていたレオンの姿が、ふと脳裏をよぎる。
(……まだ、始まったばかりだ)
静かな部屋で、二人の時間が流れ始めていた。
この何気ない同室生活が、
やがてソラの運命を大きく左右することを――
今は、誰も知らなかった。




