表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
fORmulArS decipher(フォーミュラーズディサイファー)  作者: 澄田 葵伊
王都クレアレス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/55

出発

目が覚めた瞬間、天井がやけに近く感じた。


見慣れた木目。

小さな傷。

何度も数えた節の形。


(……ああ)


思考が完全に動き出す前に、今日が何の日かを思い出す。


――王都学園へ行く日だ。


布団の中で、少しだけ丸まる。

起きてしまえば、もう戻れない気がして。


外から、朝の音が聞こえる。

鍋の蓋が触れ合う音。

木の床を歩く足音。


(母さん、もう起きてるな)


しばらく目を閉じていたが、結局、観念して身体を起こした。


「……はぁ」


息を吐くと、胸の奥がじんわり重い。


服を着替えようとして、手が止まる。


今日着るのは、少しだけちゃんとした服。

シオンが昨日、何度も埃を払っていたやつだ。


「……変な感じ」


袖を通すだけで、いつもより背筋が伸びる気がする。


荷物は昨夜のうちにまとめてあった。

でも、もう一度確認する。


着替え。

本。

小物。


そして、一番下に入っている小さな袋。


(……これ)


シオンが夜遅くまで縫っていたのを、俺は知っている。

気づかないふりをしていただけだ。


袋をそっと撫でてから、鞄を閉じる。


部屋を見回す。


この部屋で、何度眠って、何度考え事をして、何度――怖い夢を見ただろう。


(……帰ってくるけどさ)


でも、“同じ”じゃない。


階段を降りると、朝食の匂いがした。


「おはよう、ソラ」


「……おはよう」


シオンは、いつもと同じ声だった。

でも、目は少し赤い。


ヨハンはすでに席に着いていて、腕を組んでいる。


「早いな」


「……目、覚めちゃって」


「そうか」


それだけ言って、何も聞いてこない。


朝食は、いつもより少し豪華だった。

焼きたてのパン。

スープ。

果物。


「いっぱい食べなさい」


「……うん」


味は、ちゃんとしているのに、喉を通るのが遅い。


「緊張してる?」


「……ちょっと」


「そりゃそうだ」


ヨハンが短く笑う。


「俺だって、初めて遠征に出た日は眠れなかった」


「父さんも?」


「ああ」


その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。


食べ終わる頃、外から車輪の音が聞こえてきた。


一瞬、全員が黙る。


「……来た、かな」


誰が言ったわけでもないのに、分かった。


家の前に出ると、白い馬車が止まっていた。


王都の紋章。


現実が、目の前にある。


御者が降りて、丁寧に頭を下げる。


「ソラ・オクタス様。迎えに参りました」


「……はい」


声は震えなかった。

それが、少しだけ誇らしい。


荷物を渡し、馬車へ向かおうとした時――


「ソラ」


シオンが呼ぶ。


振り返ると、しゃがんで目線を合わせてきた。


「忘れ物は?」


「……ない」


「体調は?」


「大丈夫」


「……うん」


それから、ぎゅっと抱きしめられる。


「行ってらっしゃい」


「……行ってきます」


ヨハンが近づき、ぽんと頭に手を置く。


「帰ってくる場所は、ここだ」


「……うん」


馬車に乗り込む。


扉が閉まる直前、もう一度だけ振り返った。


二人が並んで立っている。


小さくなっていくその姿を、目に焼き付ける。


馬車が動き出す。


揺れの中で、俺は静かに目を閉じた。


(……始まるんだ)


王都学園。

知らない世界。

知らない自分。


でも――


(逃げない)


そう決めて、目を開けた。


馬車は進む。


幼少の時間を置き去りにして、

ソラ・オクタスという人間は、次の世界へ向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ