笑顔
護衛に囲まれながら歩く街は、昨日よりも少し違って見えた。
理由は単純だ。
人が多い。
「……多くない?」
「多いね!」
クレアは元気いっぱいだが、俺はというと――
「視界が……高い人だらけ……」
三歳の目線は、ほぼ腰。
「大丈夫!」
クレアが、ぐいっと俺の手を引いた。
「ちゃんと見えるとこ、案内してあげる!」
「それ昨日も言ってたけど、結局迷ったよな」
「迷ってない! 寄り道しただけ!」
護衛の一人が、わずかに視線を逸らした。
……笑ってる気がする。
最初に立ち寄ったのは、小さな露店だった。
「これなに?」
クレアが指差したのは、色とりどりのガラス玉。
「お守り、かな」
「ふーん……」
一つ手に取って、光に透かす。
「きれい」
「王城にも、こんなのないのか?」
「ないよ。
あそこ、きれいだけど……動かない」
その言葉が、少しだけ胸に残る。
「じゃあ、これ」
俺は一番安いガラス玉を指差した。
「え?」
「動く世界の記念」
「……なにそれ」
そう言いながらも、クレアは大事そうに受け取った。
次は食べ物。
「これとこれと、これ!」
「三つも!?」
「分ければいいでしょ!」
結果、俺は甘いの担当、クレアはしょっぱいの担当になった。
「……交換」
「いや、それ半分以上食べてるだろ」
「成長期!」
「五歳でそれ言う!?」
笑いながら歩く。
何でもない会話。
何でもない時間。
なのに、時々――
(……ん?)
視界の端で、世界がほんの一瞬だけ歪む。
建物の角。
影の位置。
人の流れ。
(……気のせい、だよな)
クレアは気づいていない。
護衛も、気づいていない。
遠くの屋根の上。
誰にも気づかれない距離で、シバがそれを見ていた。
(……今は、まだ触れない)
確信には、程遠い。
だが、放置できるほど無関心でもない。
(“世界式”が、彼を避けている……いや、譲っている?)
答えは出ない。
だから今日は――
(観測だけだ)
街の中央広場。
子供たちが集まって、簡単な遊びをしていた。
「混ざる!」
クレアが即決。
「え、護衛……」
「だいじょぶ! 見てるだけ!」
結局、護衛に見守られながら、子供たちの輪に入る。
走る。
転ぶ。
笑う。
「ソラ遅い!」
「三歳に無茶言うな!」
「ほらほら!」
引っ張られて、また走る。
息が切れて、地面に座り込む。
「……はあ……」
「楽しい?」
クレアが覗き込む。
「……楽しい」
そう答えると、少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また来よう」
「……約束、多くない?」
「守るでしょ」
当然みたいに言う。
夕方。
王城の影が、街に伸び始める。
「そろそろ、戻らないと」
護衛の一人が言う。
クレアは少しだけ名残惜しそうに、街を振り返った。
「……また、来てね」
「うん」
「絶対だよ」
「絶対」
小さく、指切り。
その瞬間。
風が吹いた。
ほんの一瞬だけ、
世界が“静止”したような感覚。
(……今の)
でも、すぐに戻る。
クレアは気づいていない。
街も、いつも通り。
遠くで、シバが目を細めた。
(……やはり、反応している)
だが、まだ言わない。
まだ、踏み込まない。
今日は――
(“普通の一日”で終わらせる)
そう決めて、踵を返した。
夕暮れの王都を離れる門の前。クレアは予定があり、見送りには来れなかった。
荷馬車に荷物を積み込みながら、ヨハンがひと息ついた。
「いやぁ……さすが王都だな。人も多いし、気疲れした」
「私は楽しかったけど?」
シオンはそう言いながら、ソラの頭を撫でる。
「ソラも、いい旅になった?」
「……うん」
本音を言えば、情報量が多すぎた。
王城、クレア、シバ、魔法、追手。
でも――
「屋台の串焼きは美味しかった」
「そこ!?」
「大事でしょ!」
二人が笑う。
馬車が動き出し、城壁が少しずつ遠ざかる。
白い王都が、夕焼けの中に溶けていった。
(……また来ることになるんだろうな)
理由は分からない。
ただ、そんな予感だけがあった。
街道は静かで、揺れが心地いい。
「疲れたなら、寝ていいぞ」
ヨハンの言葉に甘えて、シオンの肩に寄りかかる。
家族三人。
旅の帰り道。
(やっぱり、これが一番落ち着く)
意識が落ちる直前、ふと王都の方角を思い浮かべた。
――クレアは、今頃何してるんだろう。
でもそれ以上、考えなかった。
今はまだ、考えなくていい。
馬車は進む。
王都から、元の街へ。
何も知らない“日常”へ――
そして、確実に近づいていく“非日常”へ。
夜風が、静かに吹いていた。




