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fORmulArS decipher(フォーミュラーズディサイファー)  作者: 澄田 葵伊
王都クレアレス編

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11/55

笑顔

護衛に囲まれながら歩く街は、昨日よりも少し違って見えた。


理由は単純だ。

人が多い。


「……多くない?」


「多いね!」


クレアは元気いっぱいだが、俺はというと――


「視界が……高い人だらけ……」


三歳の目線は、ほぼ腰。


「大丈夫!」


クレアが、ぐいっと俺の手を引いた。


「ちゃんと見えるとこ、案内してあげる!」


「それ昨日も言ってたけど、結局迷ったよな」


「迷ってない! 寄り道しただけ!」


護衛の一人が、わずかに視線を逸らした。

……笑ってる気がする。


最初に立ち寄ったのは、小さな露店だった。


「これなに?」


クレアが指差したのは、色とりどりのガラス玉。


「お守り、かな」


「ふーん……」


一つ手に取って、光に透かす。


「きれい」


「王城にも、こんなのないのか?」


「ないよ。

 あそこ、きれいだけど……動かない」


その言葉が、少しだけ胸に残る。


「じゃあ、これ」


俺は一番安いガラス玉を指差した。


「え?」


「動く世界の記念」


「……なにそれ」


そう言いながらも、クレアは大事そうに受け取った。


次は食べ物。


「これとこれと、これ!」


「三つも!?」


「分ければいいでしょ!」


結果、俺は甘いの担当、クレアはしょっぱいの担当になった。


「……交換」


「いや、それ半分以上食べてるだろ」


「成長期!」


「五歳でそれ言う!?」


笑いながら歩く。


何でもない会話。

何でもない時間。


なのに、時々――


(……ん?)


視界の端で、世界がほんの一瞬だけ歪む。


建物の角。

影の位置。

人の流れ。


(……気のせい、だよな)


クレアは気づいていない。

護衛も、気づいていない。


遠くの屋根の上。


誰にも気づかれない距離で、シバがそれを見ていた。


(……今は、まだ触れない)


確信には、程遠い。

だが、放置できるほど無関心でもない。


(“世界式”が、彼を避けている……いや、譲っている?)


答えは出ない。


だから今日は――


(観測だけだ)


街の中央広場。


子供たちが集まって、簡単な遊びをしていた。


「混ざる!」


クレアが即決。


「え、護衛……」


「だいじょぶ! 見てるだけ!」


結局、護衛に見守られながら、子供たちの輪に入る。


走る。

転ぶ。

笑う。


「ソラ遅い!」


「三歳に無茶言うな!」


「ほらほら!」


引っ張られて、また走る。


息が切れて、地面に座り込む。


「……はあ……」


「楽しい?」


クレアが覗き込む。


「……楽しい」


そう答えると、少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、また来よう」


「……約束、多くない?」


「守るでしょ」


当然みたいに言う。


夕方。


王城の影が、街に伸び始める。


「そろそろ、戻らないと」


護衛の一人が言う。


クレアは少しだけ名残惜しそうに、街を振り返った。


「……また、来てね」


「うん」


「絶対だよ」


「絶対」


小さく、指切り。


その瞬間。


風が吹いた。


ほんの一瞬だけ、

世界が“静止”したような感覚。


(……今の)


でも、すぐに戻る。


クレアは気づいていない。

街も、いつも通り。


遠くで、シバが目を細めた。


(……やはり、反応している)


だが、まだ言わない。

まだ、踏み込まない。


今日は――


(“普通の一日”で終わらせる)


そう決めて、踵を返した。






夕暮れの王都を離れる門の前。クレアは予定があり、見送りには来れなかった。


荷馬車に荷物を積み込みながら、ヨハンがひと息ついた。


「いやぁ……さすが王都だな。人も多いし、気疲れした」


「私は楽しかったけど?」


シオンはそう言いながら、ソラの頭を撫でる。


「ソラも、いい旅になった?」


「……うん」


本音を言えば、情報量が多すぎた。

王城、クレア、シバ、魔法、追手。


でも――


「屋台の串焼きは美味しかった」


「そこ!?」


「大事でしょ!」


二人が笑う。


馬車が動き出し、城壁が少しずつ遠ざかる。


白い王都が、夕焼けの中に溶けていった。


(……また来ることになるんだろうな)


理由は分からない。

ただ、そんな予感だけがあった。


街道は静かで、揺れが心地いい。


「疲れたなら、寝ていいぞ」


ヨハンの言葉に甘えて、シオンの肩に寄りかかる。


家族三人。

旅の帰り道。


(やっぱり、これが一番落ち着く)


意識が落ちる直前、ふと王都の方角を思い浮かべた。


――クレアは、今頃何してるんだろう。


でもそれ以上、考えなかった。


今はまだ、考えなくていい。


馬車は進む。


王都から、元の街へ。


何も知らない“日常”へ――

そして、確実に近づいていく“非日常”へ。


夜風が、静かに吹いていた。

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