再会
王都の外れ、灯りの落ち着いた通りで、俺たちは足を止めた。
「……ここまでで大丈夫です」
シバがそう言うと、背後から数人の護衛が姿を現した。
動きに無駄がなく、空気が引き締まる。
クレアは一瞬だけ、そちらを見てから、俺の方を向く。
「……もう、帰らなきゃ」
「城?」
小さくうなずく。
「うん。勝手に出てきたから……たぶん怒られる」
「それは……まあ……」
怒られない理由がない。
クレアは少し不満そうに頬を膨らませてから、思い出したように言った。
「ねえ、ソラ」
「なに?」
「明日、王城に来て」
「……え?」
あまりにさらっと言うから、聞き返してしまった。
「来れるでしょ?」
「いや、俺三歳だぞ」
「知ってる」
「知ってて言ってるよね?」
クレアは胸を張る。
「だって約束したもん。ちゃんとお話するって」
それだけ言って、くるりと背を向けた。
護衛に囲まれながら歩き出し、途中で一度だけ振り返る。
「迷子にならないでね!」
「どっちがだよ!」
その背中が人混みに消えるまで、なぜか目が離せなかった。
「……さて」
シバが一歩前に出る。
「家族のもとへ戻れ。今日はもう十分だ」
「シバは?」
「私は影で見ている」
そう言って、いつの間にか気配が薄くなる。
(本当にいるのか……?)
宿に戻ると、シオンとヨハンが血相を変えて駆け寄ってきた。
「ソラ!!」
「どこ行ってたの!」
「無事か!?」
三方向から抱きしめられる。
「く、苦しい……」
事情は簡単に説明した。
迷子になったこと、保護されたこと、シバという人に助けられたこと。
全部話し終えると、二人は深いため息をついた。
「……本当に、無事でよかった」
「勝手にいなくなるなよ」
その夜は、三人で同じベッドで眠った。
久しぶりに感じる、家族の体温。
(……帰ってきたんだ)
そう思ったら、急に眠気が押し寄せた。
――翌朝。
「王城!?」
「王城」
シオンが驚き、ヨハンが首をかしげる。
「昨日の縁で、少しお礼を……だそうだ」
護衛付き。正式招待。
断れる空気じゃない。
王城は、想像以上に広くて、白かった。
「おはよ、ソラ!」
クレアが駆け寄ってくる。
「昨日ぶり」
「ちゃんと来たね」
「来させられた」
クレアはくすっと笑った。
「じゃあ、街行こ!」
「え、今から?」
「今から!」
結局、護衛に囲まれながら街を回ることになった。
屋台で串焼きを食べ、布屋で変な帽子をかぶらされ、玩具屋で木剣を振り回す。
「それ似合ってる!」
「絶対からかってるだろ!」
「褒めてる!」
笑って、走って、怒られて。
普通の一日。
なのに、不思議と胸が落ち着いていた。
(……しばらく、こういう日が続けばいい)
そう思った。
街の喧騒から少し離れた、王都の裏路地。
光の届かないその場所で、男が一人、壁に背を預けていた。
息は荒く、魔力の流れも乱れている。
「……逃げ切れた、か」
そう呟いた瞬間。
「いいや」
背後から、静かな声。
男が振り向いた時には、すでに遅かった。
そこには、黒衣の男が立っていた。
昼間と同じ。
だが、今は“守る者”ではない。
「……シバ・クエス……」
「名を覚えられているのは光栄だ」
一歩。
ただそれだけで、空間が歪む。
「王女を狙った理由は?」
「……っ、命令だ! 上から……」
言い終わる前に、男の足元が“消えた”。
床が抜けたわけではない。
空間そのものが、切り取られた。
男は膝から崩れ落ちる。
「……子供が二人」
シバは淡々と続ける。
「一人は囮。
一人は偶然、そこにいただけ」
男の視線が、わずかに揺れる。
「……だが」
シバの目が、細くなる。
「偶然にしては、世界の反応が過剰だ」
次の瞬間。
時間が、ほんの一瞬だけ止まった。
再開した時、男はすでに地面に伏していた。
意識はない。
シバは振り返らず、その場を離れる。
「……まだ確信はない」
夜空を見上げ、独り言のように呟く。
「だが、世界が“彼”を認識し始めている」
風が吹き、路地の気配が消える。
「ソラ・オクタス」
その名を、確かめるように口にする。
「――もし私の予想が正しければ」
足音が遠ざかる。
「この世界は、いずれ彼を中心に動き出す」
闇の中、最後に残ったのは。
まだ何も知らない、子供たちの笑い声だけだった。




