驚きと優しさと勇気と
「多分死んでんの。」
遥斗のそのひと言を聞き、そらはまたもや思考停止する。
「…ん?え?なに?そんなわけなくない?今目の前にいるじゃん〜、あんま面白くない。その冗談。」
目の前に存在しているのに、死んでいる。なんて言われたらすぐ信じられる方が難しいだろう。大切な人の死ほど、信じたくないものだ。
「俺がキャンプ行ったのは知ってるっしょ?」
「え?そりゃあもちろん。知ってる。」
「行方不明になったのご存知??」
「いや知らない知らない。何それ…?」
嫌な予感を感じるそらに、丁寧に1つ1つ説明を続ける。
「なんか私ニュースで、男子高校生が山で遭難して、そのまま行方不明になったってやつ見たんだよ。でもその山が遠いとこだったから…」
「多分それ俺だね。そのまま足滑らせちゃってさ。今こんなんだよ。」
「…へぇ…」
そらはまだ現実を受け入れられていないようだ。だがそれは当然のこと。優しく微笑む遥斗が目の前にいるのに死んだと言われても信じられるわけがない。
なにか証明する方法はないかと考え、ふと、遥斗の体に手を伸ばしてみた。
「えぇっ?!な、なに!」
予想外の行動に、遥斗が驚いた。
その直後、同じくそらも驚いた。
彼の体に、触れることが出来なかったのだ。
「あっ……」
そこでなんとなく理解できた。
遥斗は今、魂だけの存在なのだと。
遥斗も、そらの行動の意図を汲み取った。
「…まぁ…あんま気にすんなよ!な?」
場を和ませようとしているが、あまり効果はない。気にしないでと言われても出来るわけがない。
昔から一緒だった。性別なんて関係ないほどよく遊んでいた。
遥斗はもうすぐ誕生日だったから、そのためのプレゼントだって買ったし、夏休みも家族同士で遊びに行くと思ってた。少し言いづらかったけど、そらは遥斗と遊ぶのが楽しかったと思っているし、好きだった。
誰が死ぬなんて、予想できただろう。
きっと本人も、同じ気持ちだろう。
「…ぅぅっ…なっ、…なんでっ…」
故人を悼み、涙が零れる。
涙を目に浮かべながら、問いかける。
「!あ、ごめん…!泣かせるつもりは…」
泣かせるつもりはなかった。
そんなのただの見苦しい言い訳に過ぎない。本当に悲しませたくなかったのなら、最初からこんな話しなければ良かった。自分が勝手に話してしまったせいで、そらに悲しい思いをさせてしまった。そのことに、遥斗は後悔してもしきれない。
「ぅぅっ…う、うるさぃ…」
そらが泣いたことはあまり無かった。
そらが小学2年生の頃にジャングルジムから落ちて骨折した時以来、泣いた姿は見ていなかった。
「いや、あの…ほんと、ごめん…。」
そのため、慰める方法をあまり知らない遥斗は、ただ謝ることしか出来なかった。
「ほっ…ほんとに、?生き、返ったり、は、しないの?」
しゃっくりをしながら、必死に声を出す。
生き返ってくれれば、どれほどいいだろうか。今からなら、まだ間に合うかもしれない。早く病院に連れていければ…
「申し訳ないけど、多分、無理かも。そもそも俺自体も、自分の死体とか、どこにあるのかわかんなくて…」
生き返ってほしい。その思いは無念にも儚く散ってしまった。やはり自分には何も出来ないのか、と落ち込むそらは、最後に何かできることはないかと、遥斗に尋ねる。
「ねぇ…遥斗。…最後になんか、できることない?してほしいこと、とか…」
少し落ち着いたそらは、ゆっくりと遥斗に尋ねる。急な提案に、遥斗は少々驚きを見せながらも答える。
「えぇ?!してほしい、こと?!…こうやって喋ってくれるだけでいいよ!俺、そら以外の人から気づかれないし…!」
もうこれ以上そらを危険な目に合わせたくない。そうやって遥斗は、自分の欲と真実に蓋をする。
「…その他に。私なんでもするから、さ。」
親友なのに頼ってくれない。それがどれほど辛いものか。遥斗はその気持ちを察知し、思った。言っても言わなくても悲しい思いをさせてしまうのなら、最後ぐらい、自分の欲を出してもいいかと。
「ほんとに、なんでも?なら1個だけある、かも。」
「私に出来ることなら、なんでも。」
「じゃあ、あのさ、出来ればでいいんだけど、」
「俺の墓参りに行ってほしい。」
―――――――――――――――――――――
「墓参り?言われなくても行きたいけど、肝心のお墓はどこにあんの??」
「そう。そこなんだよなぁ〜。どうしよ。」
願いを叶えてほしいと言った矢先、すぐに課題が降りかかった。
「てかそもそも、死体すら見つかってないんでしょ?お墓、作りたくても作れないじゃん。」
死体が見つかっていないからみんな遥斗の死を知らない。死体が見つかっていないから墓を作ることが出来ない。
となれば最初に成すべきことは定まったと言ってもいいだろう。
「じゃあ、俺の死体、見つけてくんない?」
「…なんかそう来る気がしてたよ。」
「あ!嫌だったらほんと、全然いいんだけど、」
「嫌なわけないでしょ。出来ることなら何でもするって言ったじゃん。…でも、その死体が何処にあるかとか、目星ついてるの?」
「多分、っていうかほぼ確で俺が行った山にあると思う。」
遥斗が行方不明になってから数日がたっており、キャンプ場の山周辺は捜索されているはずだ。だがそれでも死体が見つかっていないことを考えると、相当分かりずらいところに眠っているのだろう。警察が見つけられないものを、ただの女子高校生が見つけられるわけが無い。
ただ、警察と少女とでは1つ違ったところがあった。それが、事件解決の端緒を見つけることに繋がるのだろう。
「じゃあまずはその山捜そう。その山、何処にあんの?」
「いやぁ、それが…申し訳ないことにわかんないんだよね〜…」
「はぁ?!お前なんもわかんないじゃん!」
「いやぁほんと悪いと思ってるよ!自分から頼んでおいてこんなんでまじで申し訳ない!」
「いやまぁ、特別に許すけど。じゃあ遥斗のお父さんは知ってる?山の場所。」
「そりゃもちろん!なんてったって、うちのお父さんが山に連れてってくれたからね!」
「なんで自慢げ…?まぁ、知ってるならよかった。今から山の場所とか聞きいくけど、遥斗もくる?」
「…うん。いく。」
遥斗の父は遥斗が死んだことを知らない。
自分がはしゃいだせいで色んな人に悲しい思いをさせ、色んな人に迷惑をかけて、どんな顔で会えばいいのかいまいちよく分からない。
彼の場合、会わせる顔は相手には見えないのだが。
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ピンポーン
遥斗の家につき、呼び鈴を鳴らす。するとすぐに、温かい声が聞こえてきた。
「はーい。…ってあれ!そらちゃんじゃん。どうしたの?」
「こんにちはお父さん。遅くにごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、今大丈夫?」
「おー。全然大丈夫だよ。今お母さんもいるから、ちょっとお邪魔してってよ。」
「あー…ごめん。また今度お邪魔するよ。」
「ありゃりゃ。こりゃ残念。じゃあまたの機会に。ところで、聞きたいことってなにかな?」
そらは遥斗と昔からよく遊んでいて、そのことは勿論家族も知っていることだ。そのため、家族同士でも仲が良かった。
「あの…ちょっと聞きづらいことなんだけど、この前お父さん達が行ったキャンプ場がある山、何処にあるか教えてくれない?」
「…それは、遥斗を捜しに、かな?気持ちは嬉しいけど、流石に女の子を危険な目に合わせる訳には行かないから、教えられないな。本当にごめんね。…遥斗も、そらちゃんが危険な目にあってまで、探しに来てほしいなんて思ってないと思うよ。」
流石親子と言ったところか。女の子を危険な目に合わせられないという思考は同じだった。
だが、その気持ちに勝るぐらいの欲が、遥斗にはあった。
「やっぱり、私は女だからだめ…?無礼なのは重々承知だけど、私にもお父さん達と一緒に遥斗を捜すしたい。捜索の手伝いがしたい。」
「…本当に嬉しいよ。その気持ちは。でも遥斗はそらちゃんとすごく仲が良かったから、遥斗が帰ってきた時にそらちゃんに何かあったら、俺が怒られちゃうな。だから山の場所は、教えられない。本当にごめん。信頼してない訳じゃないんだ。でもその代わりに、そらちゃんには、遥斗が戻ってきた時に遥斗のことをたくさん叱ってほしい。」
親という生き物は、子供の危険が本当に嫌いらしい。それに優しさが加われば、子供に為す術はもうない。
「…!なんで!私絶対1人で行かないし、安全だよ!だからお父さん、お願いします…!」
「はは。そらちゃんならそう言うと思ったよ。昔からそう言って、無茶しちゃうもんね。…俺は遥斗の親である前に1人の大人なんだ。いくら頼まれても、子供に危険が及ぶようなことはさせられないな。」
爽やかに微笑まれ、とてつもない優しさをぶつけられる。そらはこの優しさに反抗することが出来なかった。
「…ごめんなさい。1番辛いのはお父さん達なのに、私自己中だった。本当にごめん。」
「いやいや!そんなこと!そらちゃんが捜索に協力したいって言ってくれただけでも、めっちゃ嬉しかったからさ。遥斗が戻ってきた時に伝えたら喜ぶかな?」
「ぜっっっったいやめてよ!本当に申し訳ないと思ってるから〜!」
「ここにいるし、現在進行形で聞いとりますけれどもね〜」
雰囲気を取り戻そうと、揶揄を入れてくる。
そらは、この人は本当に根っからの善人なんだな、と感じた。それも、急に喋りだした遥斗のせいで、少し台無しだが。
「冗談だって〜。本当に、気持ちだけでも嬉しかったからさ。自分が捜索に加わることが出来ないからって、気を病んだりしないでね。そらちゃんは充分優しいから。あと、遥斗は俺たちが必ず見つけるから、安心してね。」
そう言われ、頭を優しくポンと叩かれる。
その父の顔に、少し罪悪感が混ざっていたのは、当の本人も気付いていない。だが遥斗は、それに気付いた。
「俺が遭難したのは、父さんのせいじゃないのにな…」
小さい声でそう呟く。本当は本人に言ってやりたいが、今の彼にはそれは不可能だった。
「…うん。ありがと。…遥斗が迷子になっちゃったのはお父さんのせいじゃない、と思うから、気にしないでね。」
その気持ちを受け取ったかのように、彼の声が聞こえるたった1人の人物が、代行して伝える。
「…!ははっ!ありがとな〜。子供に元気づけられるなんて、俺もまだまだだなぁ〜!」
「私もう言うほど子供じゃないよ。…じゃあ、話聞かせてくれてありがと。ちょっと長くなっちゃったけど、お邪魔しました。」
「こちらこそ、うちの遥斗のためにありがとな。気をつけて帰ってねー。っていっても、家もうそこだけど。」
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「…さっき、俺の言いたかったこと代わりに言ってくれて、ありがと。」
「まぁ、私も言いたかったことだし。あんないいお父さん悲しませるなんて、お前ほんとに親不孝だね。」
「ぐうの音も出ません…まじで悪いと思ってる。」
高橋家を後にし、遥斗は気持ちの代行をしてくれたことに感謝をする。
「でもどうしようね。お父さん教えてくれなかったよ。優しすぎるのも困っちゃうな。」
初っ端から壁にぶつかり、解決策を熟考していると、遥斗が何かを思い出した。
「う〜ん…っあ!そうだ!俺キャンプ行った時桜華と一緒に行ったんだよ。桜華なら、道覚えてるかも!」
「はぁ?それを早く言えよ!早く桜華の家行くよ!!電話番号なに?!」
穂村桜華。随分と可憐な名前の彼は、遥斗が行方不明になった日、共にキャンプをしていた友人だ。遥斗に電話番号を教えてもらい、桜華の家に電話をかけることにした。
「……っあ!もしもし?桜華?」
「?どちら様ですか?」
「米盛そらです。桜華?」
「えぇ?そら??なんで?」
「ん〜まぁ、詳しくは明日話すからさ、とりあえず明日の2時ぐらいに学校の前いといてくんない??」
「えぇ…まぁ、いいけど。てかなんで?そら以外に誰か来るの?」
電話番号を教えていないはずの友人から急に電話がかかってきた上に、ほぼ強制的に会う約束をされ、混乱が収まらない。
「理由は全部明日話すからお楽しみってことで。私1人だけっちゃ1人だけど、そうじゃないって言えばそうじゃない。なんでかは明日わかるよ。」
「えぇ…ほんとになに…」
加えてそらが意図不明な発言をしたせいで、桜華はさらに混乱する。だがそれでもそれ以上に追求してこないところから、桜華の優しさが滲み出ていることが分かる。
「ごめんほんとありがと!明日ちゃんと全部話すから!じゃあ、明日の2時に学校で!」
と言い、一方的に通話を終わらせた。
「だいぶ強引だったな。桜華が知ってるかどうかもわかんないのに。電話で聞いた方が良かったんじゃないの?」
「私長電話すんの嫌いなの。それに、遥斗も桜華と会いたいでしょ?」
「そりゃまぁ。…でも…」
自分の姿はどうせ見えないんだから、会っても意味無い。そう言おうとして、遥斗は口を閉じた。そらの優しさを無駄にしたくなかったのか、言ったら自分が悲しくなってしまうからやめたのか、その気持ちは本人にもよく分からない。
「てか、遥斗はこの後どうする?自分家帰る?私んちくる?」
「俺ん家行っても何もすることないし、そらがいいならついて行きたい。」
「別にいいけど、風呂覗かないでよね。」
相手は同年代の男子。しかも壁を通り抜けられるというバフ持ち。これで警戒しないという女はいないだろう。
「はい。それはもちろん!約束する!」
と、雑談を交わしていると、そらの家に到着した。
「約束できるんならどーぞ。小さい家ですが。…ただいまー」
「おじゃましまーす!!!」
幽霊なのに礼儀をきちんとするあたり、彼の育ちの良さがわかる。
半分無事に家に帰ることができたそらと遥斗は、なんやかんやありながらも、静かに夜を明かした。
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翌日、午後2時。学校に向かうと、少し早くついたにも関わらず、既に黒髪でくせっ毛の少年―穂村桜華が到着していた。
「あっ、そら。おはよう。」
「…はよ。桜華ははやいなー来んのが」
「遅刻したくないからね。会って早々なんだけど、話って何?」
「立ち話もなんだし、公園、いこ。」
そう言い、魂だけになった遥斗と再会した公園えと向かった。
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「久しぶりに来たかも。ここ。…んで話って?」
ブランコに腰掛けた桜華が問う。
「…前に遥斗と一緒に行ったキャンプ場がある山、何処にあるか教えてくれない?」
「それは、遥斗を捜しに?」
遥斗の父に同じ質問をした時と、同じ答えが帰ってきた。
「俺も捜しに行こうとしたんだけど、手がかりもなしに高校生が1人で山に行くのは自殺行為だ。俺たちは捜索に参加させてもらうことも出来ないし…何も出来なくて歯痒い思いをしてるのは分かってるけど、今はただ、遥斗の無事を祈るしかないんだよ…。」
桜華も同じ思いだった。友人の捜索を手伝えず、何も出来ずに歯痒い思いをしていた。
「…じゃあ、2人、いや、3人だったら、どう?」
「人数の問題じゃないよ。手がかりもなしに行くなんて、かえって俺たちまで遭難しちゃうって話。」
「手がかりは…多分、あるよ。桜華がその山さえ教えてくれれば、捜しに行ける。」
「多分で俺の命もそらの命も預けられない。…けど、俺は今、一刻も早く遥斗を見つけてあげたい。正直、自殺行為だと分かってても、山に行きたい。でも1人じゃ心細かった。危険な目に合わせるの承知でいうね。…そらがいいなら、一緒に山に行こう。捜しに、行こう。」
一緒に山に行こう。
桜華のその一言は、とても勇気が出て、勇気のいる一言だった。
「…!うん、うん!もちろん!一緒に行く。危険でもなんでもいい。一緒に、行こう…!」
友人を見つけるため、2人の絆はより深まった。




