第3話 お前にお父様と言われる筋合いはない
部屋はシンとしていて、誰も何も発しない。
あまりの沈黙ぶりにリリィは、自分の左隣に座っている父親の方へと視線を向けた。
「…………」
(お父様、何も発しないわ……)
父親がこんなに言葉を発しないのはいつぶりだろうか。
そんな風に彼女は思いながら、今度は父親の真正面に座る人物に視線を移す。
そうして、彼は、言ってはならない言葉を言ってしまう。
「お、お父様……」
「お前にお父様と言われる筋合いはないっ!!!!」
その言葉にリリィはビクリとした。
「お、落ち着いてお父様……」
「リリィ、俺は認めないからな」
「いや、相手は皇帝陛下だから……ちょっと、もう! どの口が言っているのよ」
リリィが宥めるも、ジルベールは一向に怒りを収めようとはしない。
そんな様子をリリィの弟、マリスは呆れた様子で見つめている。
どうしてこんなにもジルベールが怒っているのか──。
それは、五分前に言ったアルベルトの言葉にある。
『リリィを我が妻とさせていただきたい』
アルベルトの申し出を聞いたジルベールは、思考が停止したように瞬きが遅くなり、そして何も発さなくなった。
そんな父親の様子と今さっきプロポーズしてきた男の顔に視線をちらちらと向け、はや数分……。
やはり、ジルベールは皇帝相手でもひるまずに、お決まりのあの言葉を言い放ったのだ。
なんとなく察していたが、リリィは確信する。
(ああ、この二人、相性最悪だ……)
マリスに助けを求めるが、彼は姉から視線を逸らして知らぬふり。
(もう、こんな時だけ姉任せなんだから!)
リリィは仕方なく、台所にあった冷茶を差し出した。
「ま、まあまあ。お茶でも飲んでください! ああ、毒はないですが、陛下、毒見しましょうか!?」
「いや、大丈夫だ」
そう言って、アルベルトはコップに口をつける。
(綺麗な手……)
細い指と品のある仕草にリリィは見惚れてしまう。
娘の様子に気づいたのか、ジルベールは余計にイライラとしていくが、なんとかふうと一息吐いて自分を落ち着かせた。
そうして、少しの間目をつぶった後、彼は立ち上がった。
「お父様……?」
リリィの問いかけには答えず、二階へと上がっていく。
「え……」
まさか本当に怒って席を外してしまったのだろうか。
そう思ってリリィが追いかけようとした時、ジルベールがもう一度姿を現した。
戻ってきた足で席につくと、手に持っていたものをリリィに差し出して言う。
「お前の母親からだ」
「お母様から!?」
父親から箱を受け取ると、リリィはゆっくりと蓋を開けた。
「これ……」
「お前が嫁ぐ時に渡すと言っていた髪飾りだ」
それは瑠璃が埋め込まれた蝶々の飾りがついたもので、リリィの手の中で美しく輝いている。
(お母様……)
リリィが感慨にふけっていると、アルベルトがジルベールに告げる。
「あなたは私の父を恨んでいるでしょう。あなたを冤罪で追いやったのですから。そんな父も三年前に母と共に毒殺されました。リード公爵の陰謀によって」
「リード公爵に……!」
リリィは驚きの声をあげた。
その言葉に続けてアルベルトはジルベールに言う。
「あなたも気づいていたのではありませんか? リード公爵が黒幕だと。あなたの奥様を殺したことを……」
(え……気づいてた? お父様が?)
アルベルトの言葉を受けて、ジルベールは顔色を変えない。
そうして、ジルベールは笑いながら答える。
「あはははは! さすがですな、陛下。その通りでございます。妻を殺したやつが誰か、追放された時にわかったのです」
アルベルトはじっとジルベールを見つめており、彼もまた見つめ返している。
視線が交錯する中、口を開いたのはジルベールだった。
「あなたが来ることはわかっていました。リリィに惚れこんでいましたからな」
「バレていましたか」
アルベルトはふっと笑って告げた。
「わざわざリリィを連れ去らずに私のところまできたのには、理由があるのでしょう? 陛下」
その言葉に深く頷き、胸元からあるものを取り出してジルベールに渡した。
(チェスの駒……?)
リリィは首を傾げるが、ジルベールはアルベルトの意図を理解したようで、にやりと笑った。
「陛下、準備は整っておりますよ」
そうして、ジルベールとマリスは胸に手を当てて目の前の彼に敬意を示す。
「『メアリの頭脳』よ、私と共に正義の裁きを下そう」
「はっ!」
ジルベールとマリスの返事が部屋に響いた。
(これから、何が始まるって言うの……?)
リリィはそう思いながら、アルベルトのほうを見てみる。
彼は彼女を安心させるように、優しい微笑みを向けた──。
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