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第1話 冷徹皇帝との出会い

「すまんな、リリィ」

「いいのよ、お父様。私に任せてちょうだい!」


 リリィと呼ばれた少女が、父親の代わりに畑を耕す。

 普段は父親が主に畑作業をしているのだが、前日に村の祭りに出た彼は腰を痛めてしまった。

 彼は申し訳なさそうにベンチに座って娘を見守る。


 もうすぐ春が訪れるこの時期には、様々な野菜を植える準備をしなければならない。

 つまり、少しも休んでいる暇はないのだ。

 すると、一人の女性がリリィに声をかける。


「リリィ!」

「あ、サフランさん!」


 リリィに話しかけたのは隣に住むサフランだった。

 三十代半ばの彼女は、口元にほくろがありそれが色っぽい。

 リリィの父親もサフランに挨拶しようと立ち上がろうとするが、腰の痛みに背筋を伸ばせない。


「ああ。もう、ジルベール様! 私のことは気にしなくて結構ですから、座っていてくださいな」

「す、すまん」

「サフランさん、すみません……」


 リリィも父親に合わせて謝罪する。


「さ、リリィ! さっさと耕し終えちゃうわよ!」

「はいっ!」


 リリィはサフランと共に畑仕事を再開する。

 


 リリィは父親のジルベールと弟マリスの三人暮らしである。

 ミスリティア王国で最も貧しい村であり、辺境の村と呼ばれる、ここラルド村に三人親子がやってきたのは、今から七年前のことだった。

 元々、リリィの父親は子爵であった。つまり、親子は貴族として生活していたのである。


 当時、リリィは十歳であり、弟のマリスは五歳。

 子爵家の中でも裕福だった彼らフィデラル家は、王都に程近い場所に住んでいたのだが、ある事件が起こってしまう。


 ある冬の日、家族が外出中のフィデラル子爵邸が野盗に襲われて、焼け落ちたのだ。

 リリィたちは無事であったが、リリィの母親ニーナだけが具合が悪いからと家に残っていた。

 翌日の明け方、ようやく火は消し止められたが、その焼け跡からニーナの亡骸が発見されてしまう。


 しかし、フィデラル家の不幸はこれで終わらなかった。

 その焼け落ちた屋敷から、リリィの父親が不正を働いたとされる偽文書が見つかったのだ。

 事実無根であるとリリィの父親は必死に否定したが、当時の皇帝は聞き入れずにフィデラル子爵家を辺境の村へと追いやってしまう。


 そうして、親子三人はこの村へとやって来たのだ。



 そんな過去を思い出しながら、リリィは畑を耕す。


(お父様、今日行きたかっただろうな)


 今日はニーナの月命日であり、ジルベールは毎月欠かさずに彼女のお墓を訪れている。

 しかし、昨夜のお祭りで腰を痛めたこともあり、今月のお参りは難しいだろう。

 腰を痛めた体にはお墓までの道のりは厳しかった。


 父親が落ち込む姿を想像していたリリィに、サフランが声をかける。


「今日は奥様の月命日でしょ? これ」


 手渡されたのは、春先に咲くミリティという藍色の小さな花で、その花からはほんのり甘い香りがしている。


「ありがと、サフランさん」

「ううん、これくらいしかできないからさ。私もニーナには世話になったから、少しでも何かしたいんだ。けど、リリィたちからのプレゼントが一番喜ぶだろうから、何か添えてやって」

「うん!」


 リリィは頷いてサフランに礼を言った。

 リリィの母親であるニーナとサフランはもともと知り合いであり、友人だった。


 この地域にしか咲かないミリティの花畑を見るために、毎年ニーナはここへやってきていたのだ。

 そんな時に、ニーナは花畑の管理者であるサフランに出会う。

 ちょうど同じ年くらいであったことからもすぐに意気投合して、子爵夫人と辺境の村の領主の娘という身分の違いはあったが、互いの親交を深めていった。


 だからこそ、サフランもニーナの死に酷く悲しみ、リリィたちの母親を失った感情も痛いほどよくわかった。


「サフランさん、今日はたぶんお父様はお母様のお墓に行けないと思うの。そっと私だけで行ってこようと思うから、少しの間、様子を見ててもらえるかしら?」

「ええ、もちろんよ。まあ、絶対ジルベール様はごねるでしょうけどね」

「ふふ、そうね」


 二人はジルベールに聞かれないように耳打ちで話すと、リリィはそっとその場を離れた。



 リリィは村の奥にある森に足を踏み入れて、進んでいく。

 木陰がいくつもあって、じんわりと汗が滲んだ体には心地よい。

 ニーナのお墓は、森を抜けた先の丘にあった。


(早くしないとマリスが学校から帰って来る頃ね)


 マリスは隣町の王立学校に通っていて、夕方には帰ってくる。

 なので、できればリリィは家の用事を済ませてしまいたかったのだ。


 お墓までは村から二十分だから、そこまで遠くはない。

 歩きなれた道を進んで行き、小高い丘にリリィはたどり着いた。


「はあ、着いたわね」


 さっきサフランにもらったバスケットいっぱいのミリティと、今年冬に獲れたベリーをお墓の前に備えた。


「お母様、元気ですか?」


 たまに寂しくなったり、母親に会いたくなったりすると、リリィはこの場所に来ている。

 目を閉じて風を感じながら、今日も母親に祈りを捧げた。


 

 その時だった──。

 彼が現れたのは……。


「ようやく見つけた、我が花嫁」

「え……?」


 リリィが振り返ると、そこには白馬に乗った男性が一人いた。

 金髪に美しい碧眼の彼は、リリィの青い瞳をじっと見据えている。


 馬から降りた彼はゆっくりとリリィに近づく。

 そして、彼女の腰に手を当ててぐっと自分に引き寄せた。

 彼女の頭は、彼の見た目と胸元にあった花の紋章で、彼が何者であるかをだんだん理解していく。


(アルベルト皇帝陛下……)

 

 アルベルト・セリディアール──。

 ミスリティア王国の皇帝である。


 彼はその見目麗しい姿に加えて、戦争で一度も負けたことがなく剣技に優れており、冷酷とも恐れられていることから、国内外問わず、こう呼ばれていた。

『冷徹皇帝』と──。


 しかし、彼女が彼を知っているのには、もう一つ理由があった。


(一日だって忘れたことはない)


 リリィは彼を力強い瞳で睨んだ。

 なぜならば、フィデラル子爵家に火をつけて貶めたのは彼だと噂があったからだ。


 リリィの運命が大きく動き出した──。

第1話を読んでくださってありがとうございます!

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