最後のチャイムは、まだ鳴っていない
チャイムが鳴って、一日が終わる。
だけど、教室の空気は妙に冷たい。あくびをする奴もいないし、ガタガタと椅子を引く音もしない。
「なあ、お前、今日ちょっと静かすぎね?」
隣の席の佐伯に話しかけても、彼の視線は窓の外から動かない。
俺の声が聞こえていないのかと思って、机を軽く叩いた。けれど、反応はない。
「......なあ、秦野さん?」
思い切って後ろの秦野さんに手を振るが、無視。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
仕方なく立ち上がって教室を見回す。けれど、みんな同じだった。俺を見ない。話しかけても返事をしない。
まるで、俺がいないみたいに。
ざわ......っと背中に冷たいものが走った。
その時、教室のドアが開く音がした。
「おや、三村くん」
月島先生が、柔らかい笑顔を浮かべて入ってきた。
「まだ帰っていなかったんですね」
先生は俺を見て、ちゃんと目を合わせて、声をかけてくれた。
ほっとした。やっぱり、先生はわかってくれる。
「先生......俺、なんか変なんですよ。みんなが、俺のことを無視するんです」
言葉だけ聞くと小学生の喧嘩のようにも聞こえるが三村は真面目に、そして不安になりながら先生の言葉を待つ。
「そうですね。でも、君がここに”いる”ことに気付けているのは立派ですよ」
「......え?」
先生の言ってることが理解できなかった。
「大丈夫。君はまだ”ここ”にいられる。私は、忘れませんから」
先生は机に名簿を置いて、静かにページを捲る。
そこに書かれた俺の名前に、赤い線が引かれていた。
「君が事故に遭ったのは、先週のことでしたね。登校中、トラックに......」
その声が遠くに消えていく。
思い出す。信号が青になって、一歩踏み出した時。
クラクションの音と、急ブレーキの音。
俺はーー
「でも、まだ最後のチャイムはなっていませんよ」
先生が言う。
「君はまだ、この教室に”いる”んです。誰にも気づかれなくても、私は君の出席をとりますから」
先生が名簿にペンを走らせる。
その瞬間、教室の空気が、すっと暖かくなった気がした。
窓際の佐伯が、不意に顔をこちらに向けた。
目が合った。
後ろの席の秦野さんもこっちを向いていた。
彼女はにこりと微笑んでくれた。
ーーああ、俺はまだ、ここにいて良いんだ。
最後のチャイムは、まだ鳴ってない。