第199話 ゆりゆりって箱入りお嬢様~って感じなとこあるもんね
珍しくルークが部屋にいない放課後だが、今日はブレアは1人ではない。
「ちょっとくらいいいじゃんねぇ。お洒落は校則なんかに邪魔されていいものじゃないもん!」
そう文句を言いながらブレアの指先を弄るアリサがいる。それからエマも。
アリサにネイルをしてもらったブレアだが、校則的にグレーだったらしい。
リアムが気づいた途端やめなさいと注意してきた。
とはいえブレアは外し方がわからなかったため、アリサに頼んだというわけだ。
「別にしたくてしたわけじゃないからいいんだけど。君はそれでよく怒られないね……」
自分の手に添えられたアリサの手を見てブレアは呆れたように眉を下げる。
黄色一色でシンプルに染められていたブレアと違い、アリサのはピンク、黒、白で可愛らしい模様まで描かれている。
ラインストーン等の飾りもついているし、そもそも爪自体が長い。
アーロン曰く付け爪で伸ばしているだけでアリサの爪が長いわけではないらしいが。
「ううん、怒られるよー?ネイルピアス髪色ぜーんぶ言われます!あとメイク濃すぎもたまに」
「誇ることじゃないわよー。」
何故かドヤ顔で言い張るアリサを見て、エマは困ったように笑った。
「そうなんだ。そのわりには先生がアレの格好を注意してるのは見たことないな。」
アリサのピアスや髪が駄目ならば、アーロンも完全に駄目だろう。
何故かリアムはアーロンに怒らない。ブレアが同じことをすれば怒る癖に。
「リサもリアム先生には言われたことないかも。」
「ブレアにだけ厳しいんじゃないかな?リアム先生って意外とそういうとこ緩いわよ。」
教師としてのリアムはあまり身だしなみに厳しい方ではない……というか、意外と生徒の素行を気にしていないのかもしれない。
授業態度が悪ければ注意することもあるが、あまり容姿や休み時間の態度には触れていない気がする。
「えぇ、贔屓じゃないの、それ。」
不公平ではないだろうか。ブレアが少し着崩したり姿勢を悪くするだけですごく怒るというのに。
ブレアだってもう少し男体時のネクタイを緩めたいし、女体の時に脚を開いて座りたい。
「ゆりゆりって箱入りお嬢様~って感じなとこあるもんね。髪長いからインナーカラーとかめちゃかわいいと思うんだけどなぁ」
「青とか紫とか似合いそうよね!色素薄いからどんな色でも映えそう!」
ぱっと顔を輝かせたエマがサラサラとブレアの髪を撫でた。
ブレアは拒みはしないものの居心地悪そうな顔をする。
「え、それなー?やってみてほしい。……けど、ゆりゆりが急に派手な髪色にしてきたらリアムせんせーなんて言うだろ?」
「卒倒するんじゃない?」
温室の花のように育てた義妹が突然派手髪にしたら心配するのは目に見えている。
「あはは、それはさすがにないでしょー。」
「ありえるよ、僕の容姿――特に髪にはかなり拘りがあるみたいだから。」
つい先日のことを思い出し、ブレアはくすりと笑った。
エイプリルフールに合わせて髪を切ったふりをした時の取り乱しようは酷かった。
ルークやアーロンがいたおかげでギリギリ大人の余裕を取り戻していたが、2人がいなければどうなっていただろう。
2人きりでお披露目したらかなり狂っていたかもしれない。見たい。
「でもブレアの髪はすごく綺麗だから染めるの勿体ないかもね。痛んじゃうもの。」
変わらずブレアの髪を弄っているエマが本当にサラサラー!とはしゃいだ声を出す。
「銀髪レアだしねぇ。ゆりゆり以外に見たことなくない?」
「うん、僕も会ったことない。……あ、1人だけある、かも。」
「本当!?ご両親とか?」
こんなにも綺麗な髪をした人が他にいるとは。ちょっと見てみたい。
「ううん、昔声かけてきた知らない人が銀……いや、あれは白だったかな?僕と似た色だなって思った記憶がある。多分。」
「多分って何。」
「あんまり覚えてない。」
ブレアがつまらなそうな顔を浮かべるので、アリサが何かごめん……と気まずそうに謝った。
仕方ないだろう、いつかもわからないくらい昔“あったかもしれない”ことである。
リアムと出会う前だったか、ぎりぎりリアムと知り合っていたのだったか……。
「いや……気のせいかな、夢か何かかもしれない。お母さんも髪の色違ったし。」
「そうなの!?」
エマが驚いている。少々過剰反応ではないか。
リアムも両親を足して2で割ったような容姿をしているし、エマの母親もこんな感じなのかもしれない。
「この間詳しい人に教えてもらったんだけど、僕の髪色は遺伝じゃないらしいよ。」
「突然変異?」
「どういうこと?」
よくわからないアリサを無視しつつ、ブレアは少し考え込む。
「魔の保持量が極端に高いとこうなるんだって。」
「へぇーすごい。そんなことあるんだー。」
感心したように声を漏らすアリサに、ブレアは小さく頷く。
何か言った方がいいのかもしれないが、何と言えばいいのかわからなかった。
自身の容姿についての感情も、ブレアの悩みなど知らないアリサへの感情もまだ整理できていない。
「本当すごい。素敵ね……!」
どこが?と聞きそうになり、すぐに口を閉じた。
リアムは瞳に父の色を持ち、髪に母の色を持っている。
アーロンとヘンリーなんて髪質も目も、口元に至るまでなぞったかと思うほどそっくりだ。
初めて1-Eの教室に行った時すぐにヘンリーが目についたことや、初めてリアムの家で彼らに会った時のどうしようもない気持ちを思い出してしまった。
「そうかなぁ。」
「そうよ、だって――」
ブレアの気持ちが沈んだことに気が付いていないのだろう。エマは明るい声で続ける。
「魔法が上手な色ってことでしょう?ブレアにぴったりじゃない!」
あまりにも明るく聞こえる声にブレアは驚いたようにエマの方を振り返った。
普段は眠そうな目が丸く見開かれていて、エマは微笑んだままこてんと不思議そうに首を傾げる。
「ちょっとゆりゆりぃ、手動かさないで!」
「あ、うん……。」
何か言葉が出るより先に、アリサに軽く怒られたブレアは正面に向き直る。
気を取り直したように俯くブレアの顔をじっと見てアリサはにまーっと笑った。
「あれぇーゆりゆり照れてる?髪褒められたの嬉しかったんだ?」
「別に照れてない。」
「はいはい。じゃあ手動かさないでねー?」
照れてるんだろうなぁ、と笑ったアリサが注意すると、ブレアは素直に頷いた。
照れているわけではないが、素直に少しは嬉しかったかもしれない。
魔の保持量が多ければ稀に見られる珍しい髪色。そう褒められて、ブレアは素直に礼を言うことができなかったのに。
「ついでに頭も動かさないでねー。」
「まさかとは思うけど……エマ、何してるの。」
さらりと要望を送って来るエマに嫌な予感がした。
ずっと髪を触って何をしているのかと思えば――
「でーきたっ! 見て、可愛いー!」
「見えないけど。」
立ち上がってブレアの後ろに回ったアリサがおおーと声をあげる。
どうなっているか全くわからないブレアに、エマは鏡を2枚持ってきてブレアの後ろ姿を見せた。
「……は?なにこれ。」
「くるりんぱハーフツインテールー!可愛いでしょ?」
にこにこ笑顔のエマとは対照的に、ブレアはぎゅっと顔を顰める。
いつの間にか髪型をすごく可愛らしくされていた。
「確かに可愛い髪型ではあるけど……。」
「あっはは!顔が可愛くなーい。」
ブレアの眉がぎゅっと寄っているのを見てアリサが大笑いしている。
「いつも言ってるけどこういう可愛いのは僕じゃなくてエマみたいな――」
「本当に可愛いー!似合ってるっ!!」
「聞いて。」
きゃっきゃとはしゃいだエマは、ブレアの髪にリボンまで結び始めている。
どんどん可愛くされていくのだが、何でこうなった。
「……僕が綺麗だから何でも似合うのは認めるけど、何でそんなことするの?」
「認めるんだぁ。」
ふふふっと笑ったエマは、断りを入れてから学習机の2番目の引き出しを開ける。
そこは何が入っているのだったか、ブレアは数カ月ほど開けていない気がする。
そこから大きなコスメボックスを取り出すと、にこっとブレアに笑いかけた。
「私にまかせて!今日はルークくんが帰ってくる前に、ブレアを可愛くしちゃうんだから!」
「……はぁ!?」
妙に張り切っているエマだが、ブレアはまったく乗り気になれない。何の意味があるのか全くわからなかった。




