197話 絶対上手くやるので!
「――壁ドンさせてくださいっ!!」
好きですだの付き合ってくださいだのはサラリと言う癖に、どうして今は顔を真っ赤にしているのだろう。勇気を出して言いました感を出さないでほしい。
「……は?」
まったくルーク意図が読めないため、少し離れたところから様子を見てくる兄弟を探る。
兄の方は苦笑い、弟の方は呆れ笑い、といった感じである。要はほぼ一緒。
アーロンは返答に困って固まっているブレアを見て面白がっていそうだが。
「何で。」
「お願いします、絶対上手くやるので!1回だけでいいので……!」
全然答えになっていない。上手いとか下手とかあるのか。
「えぇ。」
正直に言うと、そんなことより帰って寝たい。
しかしここまで真剣に頼まれると断りづらいというか、イエスというまで粘られそうな気がする。
「……はぁ、仕方ないなぁ。」
1回だけと言っているし、大人しく応じた方が速そうだ。
ルークは「いいんですか!?」と顔を輝かせる。断られると思っていたのだろうか。
「仕方なくね。」
念を押したブレアはルークの肩を掴む。
くるりとルークの身体の向きを変え、近くの壁に背中をつけさせた。
「――これでいい?」
とん、と腕を壁につけ、ブレアは小さく首を傾げた。
一瞬で近づいたブレアの顔をルークは呆然と見上げている。
遅れて状況を理解したのか、その顔が一気に赤くなった。
「ひゅ、ガチ恋距離先輩イケメン……!」
「大丈夫?ここまで笛みたいな音したけど。」
ちょうどブレアの影になっていて見えないが、ルークが物凄く動揺していることはヘンリーにもわかる。
息の音がヤバそうだったが、ちゃんと呼吸できているのだろうか。
「全然大丈夫じゃない。さっきまで息どころか心臓まで止まってたし。」
「どうりでおかしいと思った。」
本気かどうかわからないルークの発言だが、ブレアは納得したような反応をしているということは本気なのかもしれない。
「先輩かっこよすぎませんか……。顔も無駄のない動きも気怠そうな感じも最高です、ドキドキが止まりません……!」
「よかったね。」
ルークは顔を真っ赤にしてドギマギしている一方、ブレアは真顔で見下ろしているだけだ。
何とも思っていないからだ。そろそろやめてもいいのかな、などと考えている。
「はぁ、最高、先輩抱いて――って違くないですか!?」
「あれ。」
1人でにやにやしていたルークが突然正気に返ったらしい。
ばっと叫ばれてブレアは首を傾げている。
急に切り替えるのはやめてほしい、怖い。
「逆じゃないですかこれ!?」
「ん?」
疑問形にするまでもなく逆だ。
ルークは確かに“させてください”と頼んだはずなのに、何故されているのだろう。
「ん?じゃないです逆ですよ!俺がかっこよく壁ドンして先輩にドキドキしてもらうはずだったんです!危うく流されるところだった、先輩の魅力恐るべし……。」
「僕も思ったよ、男同士でやって何が楽しいのかなって。」
1人でにやにやし終わったかと思えば1人で騒ぎだしたので、ブレアはさりげなく距離を取る。
エリカのように女体になってくれと素直に言えばいいのに。
ルークは十分楽しんでいたように見えるが。
「ヘンリー、アーロン先輩、見てたなら教えてくれたらいいのに!」
「それでいんだなーと思って見てたな。」
「気づかない方がおかしいと思うよ。」
ばっと顔を向けられた2人は各々呆れたように言う。
かなり嬉しそうだったので逆で納得したんだと思っていた。
「そもそも、何で急にそんなこと言い出したのかな。普通に面倒なんだけど。」
「先輩が好きだからです!」
「理由になってない。」
ブレアは真顔で堂々とした主張を一蹴する。
好きなことくらいとうにわかっている。だからなんだと言うんだ。
「俺は先輩が世界1大好きです!そして先輩も俺のことを……俺のことを好きだと思ってくれているとのことで。」
「そこ照れんなよ。」
少し言葉を詰まらせたルークは完全に頬が緩み切っている。
昨日のブレアの言葉が余程嬉しかったのだろう。だらしないほどデレデレである。
「そこで思ったんです。俺は四六時中先輩への胸キュンと興奮が止まらなくて心臓バクバク状態がデフォルトなのに――」
「きっしょ。」
「こういう生き物なんだよ。」
「――先輩が俺にドキドキしてくれたことは!ないんじゃないですか!?」
自信満々に断言したルークは、何故かブレアではなくヘンリーの方を見る。
野次は聞こえていないらしい。肯定待ちだろうか。
「……少なくともルークくんみたいに心臓爆発して死にかけることはなかったですよね。」
「普通ないでしょ。」
というかルークは四六時中死にかけているのか。
元々おかしいからこれ以上おかしくなりようがない、とは言ったが、流石におかしすぎやしないか。
完全に呆れているブレアを見て、アーロンは「人のこと言えねぇだろ」と呟く。
「お前秋頃とかガチでメロついて風邪っ――」
きっとブレアに鋭く睨まれ、アーロンは若干迷った末押し黙る。
本気で怖い顔をしているし、黙っていた方が面白くなりそうだ。
「……まぁ確かに、コイツはソーユーガラじゃねぇだろうな。」
「ほら先輩!そういうことですよ!だから俺はかっこよく先輩をドキドキさせてみせます!」
アーロンが誤魔化すように肯定すると、ルークはドヤ顔で啖呵を切った。
かなり自信のある作戦らしい。つい先ほどまで逆に骨抜きにされていたが。
「わかってないなぁ、僕だって君のこと考えてドキドキすることくらいあるよ。」
「本当ですか!?いつ!?どこで!?誰が!?何を!?なぜ!?どのように!?」
「文法の教科書でしか見ない詰め方やめろ。」
ぱっと目を輝かせたルークがブレアに詰め寄る。
ブレアはじりじりと距離を取りつつ珍しく素直に答えた。
「テスト中とか、ずっとドキドキしてるよ?『君が赤点取らないかなあ』って。」
「何でだよ。自分のテストに集中しろ。」
「100点だった。」
「ウゼェ……。」
アーロンのツッコみは完全に正論だが、ブレアは涼しい顔で受け流している。
妙にずれた回答は間違いなくルークが求める答えではない。――はずだが。
「それって……一緒にいない時も俺のことを考えてくれてるってことですか!?え、嬉しい……。」
求める答えではなかったはずなのに、なぜかときめいている。
おかしいだろう。よかったね、と頷いているブレア含めおかしいだろう。
見てたなら教えてほしかった的なことを言われたし指摘しておくべきだろうか。
「「本当にそれでいいんだ(な?)、ルーク(くん)?」」
そう思ったヘンリーがツッコむと、ほぼぴったり兄と重なった。
最悪だ。言わなきゃよかった。




