第187話 僕、君のそういうとこ、嫌い
リアムに認めてもらえたことは、素直に嬉しいルークだが。
「……せんぱーい、いつまで寝てるんですかー?」
急いで部屋に戻ってもブレアは布団に潜ったままだった。
頭まですっぽりと隠れてしまっていて、様子すら伺えない。
「先輩、起きてますよね?1人でも食事は取ってほしかったです……」
手をつけた気配のない朝食と弁当を見て、ルークは小さく溜息を吐いた。
さすがにずっと寝ていたわけではないと思うが、食べてはいないらしい。
「せんぱーい、リアム先生が心配してましたよ?」
とんとん、と布団越しに肩の辺りを叩いてみても反応はない。
いつも通りでいい、と言われたが、ブレアがこんな調子では無理だ。
「勝手に反射魔法使ったこと、申し訳ないと思ってます。軽い気持ちで先輩の嫌がるようなことをしてしまって反省してます。もう絶対しないので許してほしいです……。」
「…………別に怒ってない。」
しゅんと俯いていたルークは、小さな声を聞いて顔を上げた。
ひとまず返事が返ってきて、少し嬉しくなる。
「じゃあ何が駄目だったんですかー?ロリとかショタとか騒いだことですか?求婚したり手繋いだりしたことですか?」
ブレアを嫌な気持ちにさせたのなら謝りたい。……が、心当たりがありすぎてわからない。
「……別に謝ってほしいなんて、思ってない。」
「じゃあどうしたらいいんですかぁー!」
謝って済むと思っていたわけではないが、謝る以外に何をすればいいのかわからない。
じーっと姿の見えないブレアを見つめていたルークは、はぁっと小さく溜息を吐いた。
少しの間宙を彷徨った手をブレアのベッドに置く。
「……俺は、悲しかったです。先輩に『会わなければよかった』なんて言われて。」
もやもやと胸につかえていた気持ちを、迷いながらも吐き出してみる。
「先輩はどうも思ってないんでしょうけど。だから俺も何気なく先輩を――」
「どうも思ってないわけないでしょ!?決めつけないでよ!」
がばっと、ブレアがようやく起き上がった。
ベッドの上に座って睨むような、けれど弱々しい目でルークを見つめている。
「僕、君のそういうとこ、嫌い。」
ぎゅっと眉を寄せたブレアは、きっぱりと言い張った。
やっぱりずっと起きていたんだなと思う余裕もなく、ルークは唖然として目を見開く。
「自分ばっかり好きで、僕は君のことなんとも思ってないとか思ってるんでしょ!?」
「え……えっと――」
「自分の好きばっかり押し付けて、僕の気持ちなんて全然わかってくれてないよね。知ってるから。」
大きな声で言ったブレアは少し強く唇を噛む。
何と返せばいいか迷って、ルークは俯いてしまった。
「そんなこと――ありますけど!先輩がどう思ってるかなんて、考えても考えてもわからないんですよ……。」
「わかってよ、少しくらい。どうも思ってなかったらあんなこと言わない。どうも思ってなかったら……こんなに辛い思い、してない……!」
懇願するような、震える声に、ルークは困ったように眉を下げる。
何かを言わなくてはいけない。わかっているのに、返す言葉を見失う。
そういうところがいけないのだとわかっているのに。
「あの、先輩は――」
ようやく口を開いたルークだが――コンコンコンと、部屋のドアがノックされた。
大事な話をしていたのだが、無視してもいいだろうか。
ちらりとドアに行っていた視線をブレアに戻すと、さっと布団に潜ってしまっていた。
出ろ、ということだろうか。
「はーい。……って、リアム先生!?どうしたんですか?」
仕方なく立ち上がったルークがドアを開けると――訪ねてきたのはリアムだった。
失礼します、と挨拶をしたリアムは、ちらりとブレア方を見る。
布団に潜って姿が見えないのを確認し、大きく溜息を吐いた。
「すみませんディアスさん。失礼します。」
まっすぐにブレアの方へ行くと、少し強くブレアに触れた。
「どうせ起きているんでしょう、出てきなさい。」
「……放っといて。」
寝たふりは通じないと思ったのか、ブレアは小さな声で言った。
その答えを聞いて、リアムは困ったように笑う。
「放っておけると思いますか?列車の時間に遅れますよー。」
「は?何のこ――寒っ。」
ばっと布団をはがされ、ブレアは突然の温度差に身を縮める。
「自分で取りつけた約束でしょう?ちゃんと行きなさい。」
「それは明日でしょ。」
「1日早めます。あなたが着いてすぐまともに動けるとは思えませんし……気分転換も必要でしょう?」
「仕事は――ひゃっ!?」
一向に動かないからか、リアムは軽々とブレアを持ち上げた。
突然の行動にブレアは勿論、ルークの方が絶句している。
「は、離して!?嫌だ、行きたくない!」
「はいはい、我儘言って可愛いですねー。いい加減にしなさい。」
魔法でささっとベッドを整えたリアムは、丁寧にブレアを抱え直す。
ルークの方を見ると、人当たりのいい笑みを向けた。
「お騒がせしてすみません。ブレアは日曜の夜まで連れて行きますので、留守をお願いしますね。」
「え……長、何で、どこ行くんですか!?」
ブレアはまだ文句を言っているものの、リアムはまるで聞いていないかのようだ。
3日近くブレアに会えないなんて、ルークにとっては拷問なのだが……。
「ブレアから聞いていませんか?」
「えーと、待ってください?……あ、確か月末に先生と出かけるとか!」
よく記憶を辿ってみれば、ブレアが少しだけ言っていた気がする。
何の用かは全く聞いていないのだが。
「それですね。そういうことなので、失礼します。」
「え、あの、何の予定とか全然……。」
「何だったかは、帰って来たブレアから聞くといいですよ。それでは。」
ルークの相手が面倒だったのだろうか。
さらりと少し早口に告げ、リアムはすぐに出て行ってしまった。
「……2日連続……先輩が攫われたんですが……。」
何かこう……ブレアを守るための術でも身に着けるべきだろうか。




