第184話 戻します戻します!……でも、もうちょっとだけこのまま……なんて
部屋のドアがノックされた途端、ルークはすぐにドアを開けた。
「――っ先輩!大丈夫でしたか!?」
3時間程度だろうか。ブレアがエマ達と遊んでいる間、気が気じゃなかったらしい。
焦っているのがよくわかるルークの様子を見て、エマはクスリと笑った。
「大丈夫よ、ちょっと疲れちゃったみたいだけど。」
「大丈夫だよー。」
エマの影から顔を出したブレアは小さな欠伸を漏らした。
大きな目を細めて眠そうにしていたが――。
「えっ先輩可愛すぎませんかっ!?」
ルークが大声を出したせいで、その目は驚いたようにぱっちりと開いてしまった。
「ルーくん、ゆりゆりがびっくりしてるよぉ。」
「すみません!でも……でもこれは……これはやばいです。」
ルークが深刻そうな顔で見つめてくるため、ブレアは困ったように眉を下げてしまう。
怖がってるみたいよ、とエマに注意され、ルークは「すみません!」と大きな声で謝った。
「だってこれ……先輩、可愛すぎませんか……!?」
「似合ってるでしょー!すっごく可愛いわよね!」
一周回って真顔のルークが言うと、エマは嬉しそうに同意する。
2人と遊んでいる間に、ブレアは再び女の子の姿になっていた。
ルークが何故、そんなブレアを見てここまでの反応を示したのかというと――。
「ロリ先輩のツインテールはズルいですよ……!」
ブレアの髪が、高い位置でツインテールに結われていたからだ。
可愛らしいシュシュでまとめられた毛先は、アイロンを使ったのか少しカールしている。
不思議そうに見つめてくるあどけない表情も相まって、さすがに可愛すぎると思う。
「なーんかアブナイなぁ。」
ルークが真顔だからか、アリサは呆れたように顔を顰めた。
「だって、先輩全然髪弄らせてくれないし弄らないじゃないですか!絶対色々似合うのにもったいないって思ってたんですよ!あ、でもしなやかなロングヘア素敵です、動く度に靡くのも可憐で素敵ですし、寝てる時にベッドに広がった姿なんてすっごくえっ――」
「ルークくん、ブレアが困ってるわよ?」
苦笑しながらエマが言うと、ルークはすみません!と勢いよくブレアに頭を下げた。
かなり眠そうにしていたブレアだが、ルークが騒がしいせいか完全に目は覚めてしまったようだ。
「ゆりゆりぃ、本当にルーくんと2人で大丈夫ー?大人の呼び方わかる?自衛に使える魔法ってある?」
「なんでリサ先輩はそんなに俺のこと疑うんですか?」
ブレアの前にしゃがんで問いかけるアリサに、ルークは抗議の目を向ける。
冗談だよーなんて笑いだすアリサだが、結構本気で心配していたように見えた。
発言からしてルークに文句は言えないが。
「大丈夫よ、そろそろ元に戻るか戻すかするでしょ?」
「あっ、そうでした!」
エマに言われて初めて、ルークは自分の役目を思い出す。
2人に連れていかれたブレアを心配しすぎて、すっかり本題を見失っていた。
「戻します戻します!……でも、もうちょっとだけこのまま……なんて。」
「ロリコンキモいよぉー?」
「すみませんすぐ戻します!」
アリサに冷たい目を向けられ、ルークは反射的にビシッと背筋を伸ばした。
可愛らしい幼い姿のブレアが見られなくなるのは名残惜しいものの、恋人が恋しいのも事実なので問題はない。
「よかったわねーブレア。ルークくんと仲良くね!」
「うん?」
何がよかったのか、などと思っていそうなブレアが、エマの手を離してルークのすぐ隣に歩いてくる。
当然のように手を握ってくるので、危うく卒倒しそうだった。
「んじゃ、そろそろエマち帰らないとヤバいし、ばいばーい。」
2人に挨拶をして、ルークはブレアに部屋に入るよう促す。
すんなりと従ったブレアは、「最初のとこだー」なんて感心したように呟いた。
「えっと……リアム先生はまだ用事終わらないと思うんですけど、魔導書でも見ますか……?」
誤魔化すための設定を思い出しつつ、ルークは遠慮がちに声をかける。
戻すは戻すのだが、約束をしていたので一応聞いてみたのだ。
「うーん……眠い。から、寝たい。」
少し考えたブレアは、小さく欠伸を零した。
眠気はかなり強いようで、視線もぼんやりとしている。
いつものブレアならこの時間眠っていることが多い。
小さくても変わらないんだな、と思うと、変に笑いが零れてしまった。
「どうぞ、そちらのベッド使ってください。」
「ありがと。」
倒れるように横になったブレアに、そっと布団をかけてやる。
高校生のブレアはこれを動かせるなんて言ったら、目を輝かせて喜ぶのだろうか。
少し見てみたいと思ったが、ブレアはすぐに目を閉じてしまった。
ほどなくしてすうすうと小さな寝息が聞こえてくる。
寝つきがいいのか、よほど疲れていたのか。
じっとブレアを見ていたルークは、起こさないよう無言を貫いていたのだが――。
「――寝顔、いつも通りすぎる……!」
きゅんときたのが抑えられずに蹲ってしまった。
その表情からか美貌からか、黙っていればどちらかと言うと大人っぽい印象を受けるが。
寝ている時はなんとなく幼く見えるな、と常々思っていたのだ。
「え、普段の先輩7才児の顔……?好き、可愛い無理……。」
ぐっと気持ちを押し殺したルークは、再びブレアの寝顔を見る。
この警戒心の緩みきったような、柔らかい表情が好きなのだ。……今のブレアは、起きていても警戒心などないようなものだったが。
「――そうじゃない!無効化魔法だ……。」
はっと気が付いたルークは、そっとブレアの小さな手に触れた。
寝ている間に触れるのは少々――かなり罪悪感があるが、こうしないと安定しないので許して貰おう。
ブレアを起こさないよう、小さな声で術式を唱える。
言葉を重ねるごとに段々ブレアの姿がぼやけていったかと思えば――最後の1語を言い終わる頃には、ぐらりと歪むように見えなくなり、すぐに見慣れた姿に戻っていた。
ひんやりとした手をそっと離し、顔にかかった長い髪を避けてやる。
気持ちよさそうに眠る表情はやはり変わっておらず、少し笑ってしまった。
もう一度しっかりと布団を掛け直し、ルークは自分のベッドに腰かける。
起きたらブレアはどんな反応をするだろうか。
恥ずかしがるか、怒るか……そもそも覚えているのだろうか。
もしも魔法の感想を聞かれたら、可愛かったです!と答えよう。




