1-7 齧っていいのは
……確か、昨夜は近くに寄るなと言われた気がしたのだが。
朝日が登り、シェルターの中も明るくなってきた頃。昨日よりずっと早起きをしたらしい私は、困惑の中目を覚ました。
まず、私の頭はリベルトの腕の上――つまり腕枕されているような状態になっている。更に反対側の腕が私の頭を抱きかかえるように回っている。
そして、更にだ。足まで私の身体に乗っかっている。
つまり、抱きまくら状態。それが今この時の、私とリベルトの状態だ。
混乱と困惑で寝起きの私は大混乱中だ。恐る恐る顔を横に向ける。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠るリベルトの顔が間近にある。
「ヒッ」
「……ん」
ビクッとしたのが伝わったのか、リベルトが身じろいだ。……そして再び私の身体をしっかりと抱き込んだ。
何が。
何が起こっている。
整理しよう。思えば、昨日からなんかちょっとリベルトは変だった。というか、時間を追うごとに変になっていった気がする。
なんていうか、時間が経つにつれ、態度が甘くなっているような………
「ん……モネ?」
「あ、お……おは、おはおはよう」
「っふ、なにそのおはよう」
リベルトは笑うと、ちゅ、と私のおでこにキスをして、またぐぅと寝始めた。
何?
何これ?
どうしてこうなった??
あ、あれか!?寝ぼけてるってやつ!?
恐る恐るリベルトの方を見る。間近な顔が素敵で心臓が跳ねる。
いや、だめだ、心を強く持つんだ、モネ。私は決死の覚悟でリベルトをつついた。
「リ、リベルトさん〜?」
「………ん」
「あの、お、起きて〜!」
「なんだよ………」
リベルトは眉間にシワを寄せて、不機嫌そうに目を開いた。そしてまた目を閉じた。
いや、朝も早いし、お気持ちはわかりますが。しかし、しかしだ。後悔するのはリベルトだ。子豚に勘違いされちゃったらどうする気だ。
……そうか、子豚だからいいのか?ペットを抱きまくらにするみたいな???
自虐な思考に妙に納得して、切ない気持ちになった。リベルトをゆさゆさと揺する。
「リベルトさん〜!子豚ちゃんを抱きまくらにしちゃってますよ〜!」
「……なんだよ、ダメなの?」
「えぇと……わた、私は、ダメではないんですが」
「じゃあいいじゃん。あったかいし」
「いや、でもですね――っ」
かぷり、と口がふさがった。嘘でしょう……?
そのままリベルトはぎゅう、と私を抱きしめた。
「ん、んー!!」
「……なんだよ」
面倒くさそうに、リベルトが唇を離した。私は大混乱で茹で上がった頭から、なんとか言葉を捻り出した。
「ね、寝ぼけてる!?リベルト!?」
「……寝ぼけてないけど」
「えっ、いや、でも!!」
「うるさい。朝の分ちゃんと受け取れ」
そう言うと、リベルトはまたがぶりと私の口を塞いだ。
「――――悪かったって」
パチパチという焚き火の前。私はリベルトが脱ぎ捨てていた上着の中に隠れている。
茹で上がった私はもうリベルトの顔が見れない。
「っこ、子豚だってね!一応、人権はあるんだからね!!ペットでも抱きまくらでもないんだからね!」
「分かってるよ」
「わ、分かってたらあんなことしないでしょう!?」
「なんで」
ちなみに朝ごはんもお魚だ。昨日より小ぶりで食べやすそう………じゃなくて。
「なんでって!なんでって!一応私も女の子なんだから!!!」
「……知ってるけど」
「っじゃあ何でよ!?子豚のメスってこと!?」
「…………?何言ってんのかわかんねぇ、モネ」
リベルトは心底不思議そうな様子だ。ダメだ、なんだか意思疎通まで出来なくなってきたのかも。
よくよく頭を整理する。
「わ、私は………私はね!!!」
整理できなかった。湯だった頭の暴走が止まらない。
好きな男にキスされて抱きしめられて……でもそれがペット扱いのただの抱きまくらだとしたら、こんなに悲しい事はない。
勢いよく立ち上がって、リベルトの上着を放り投げる。
「私は子豚のペットじゃなーーい!!」
「はぁ?おま……っモネ!!」
「なによ!チビでも一応れっきとしたレディなんだから!簡単に近寄ら―――」
リベルトが伸ばした手を振り払ってやった……と思ったら。
私の身体は宙に浮いていた。
否、森の高いところを高速で飛んでいた。
服が、引きつれたように強く身体を持ち上げている。恐る恐る、頭上を見る。
「ギョエァーー!!」
「いやぁぁぁ!!!!」
目が血走ったデカい鳥が、私の服を鉤爪でがしりとつかみ、バサバサと飛んでいる。
うそ、うそ。
まさか、これって――
ぱ、と鉤爪が離された。ドサリ、と落とされる。
キィー!キィー!!と、複数の声がしてあたりを見回すと、そこには鋭い歯をむき出しにした、小さな鳥――いや、私よりもずっと大きい、馬ぐらいはある鳥だけど――そう、さっきのデカい鳥の、雛たちがいた。
その姿はもはや鳥というより……翼竜のようだった。
「っあ……」
がさり、と後退ろうとして、はっと後ろを見た。
高い、高い木の上だった。
囲むのに30人は必要なぐらいの太さの幹の、遥か上の方にある巣。
――逃げられない。
悟った瞬間、足に鋭い痛みが走った。
「ギョエェ!!」
「ギィ!!」
脚を齧られたようだった。雛鳥が私という餌を奪い合うように喧嘩をしながら、私に再び鋭い牙を向けてくる。
食べ、られる――
恐怖に目を瞑る。
「ギョアァァァア!!」
「グェァ!!」
「――っ」
恐ろしい鳴き声が聞こえて、ビクリと身体を揺らす。
何故か、追加の痛みは無い。そして、びっくりするほど、静かだ。
恐る恐る目を開くと、目の前に事切れた雛鳥の顔があった。
「ヒィ!!」
「あぁ、ごめん」
鋭い鉤爪を持つ手が雛鳥の頭をがしりと掴み、ゴキリと音を鳴らして握りつぶしながら、それを巣の外に投げ出した。
ヒューンと、恐ろしい雛鳥が落っこちて行く。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、血濡れたリベルトだった。
もう一匹の雛鳥をぐしゃりと持つと、ブンっと巣の外に放り出している。その手は、髪の毛と同じ、青みがかった暗い色の鱗に覆われていて、鋭い鉤爪が生えていた。
おまけに鱗に覆われた長い尻尾まで生えている。
「リ、リベル、ト……?」
「ごめん、ちょっと態勢低くしてて」
リベルトは見たことのないぐらい、冷たい顔をしていた。よく見ると、目も普通と違う。深い青色の綺麗な目は、瞳孔が縦に割れていた。
冷たく怒ったような表情のリベルトはピッと顔についていた血を拭うと、ザリ、と宙に向かって足を進めた。
ギョアァァァアー!!!!と、低く唸る声が聞える。
振り返ると、牛3頭分はありそうな大きな親鳥が、血走った目で私とリベルトに大きな鉤爪を向けていた。
「――お前、なんなの?」
グァッと襲い掛かってきた鋭い鉤爪がついた足を、リベルトはなんのことなく、がしりと掴んだ。
逃げられなくなった鳥がめちゃくちゃに羽ばたいて、恐ろしい風圧が荒れ狂う。
「モネを齧っていいのは、俺だけだ」
「!?」
「ギョアァァァアァァァァ…………!!」
何かおかしいコメントが聞こえた気がしたが、リベルトが恐ろしい力で鳥をグシャグシャにしていくのを見てすべて吹っ飛んでしまった。
最後にバコン!とおかしな音がして、親鳥は雛鳥と同じように地上へ落下していった。
森がまた、静けさを取り戻す。
「――モネ」
その声にハッと我に返る。
血だらけのリベルトが、硬い表情でこちらを見ていた。
「リ、リベルト……」
「……ごめん、モネ……俺、」
「け、怪我は!?血が、血がすごいよ!?」
「っえ、あ、大丈夫……」
震える手でリベルトを掴む。そして、ペタペタと触る。
「と、とりの、血が付いてる、だけ……?」
「……どこも怪我してないよ」
「よかっ……っっ」
「モネ!足!!」
立ち上がろうとしたけど、雛鳥に齧られた足が酷く傷ついていて立ち上がれない。よく見たら、結構血が出てる。
「っごめん、ちょっと手荒になっちゃうけど、ここから降りよう」
「ど、どう、やって……?」
「しっかり掴まってて」
「えっリベ……っいやぁぁぁぁぁ!!!!」
リベルトはバッと私を抱きかかえると、巣から飛び出した。
木の枝や木の幹を上手く使いながら、降りて……いや、落ちていく。
ドシン、とリベルトの鱗のついた太い足が地に付いた頃には、私は気を失いかけていた。
「モネ!モネ、しっかりしろ!!」
慌てたようにどこかに私を運んでいくリベルト。
私は、遠のいていく意識の中で、まずは生きて地上に降りられたことに、感謝していた。
読んでいただいてありがとうございました!
リベルトに尻尾が生えちゃいました!??
「ににににんげんじゃなかった!?」とびっくりしてくれた素敵な読者様も、
「ぜひかじってください」と前のめりなリベルト派のあなたも、
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