1-4 素性
煙の匂い。
パチパチと薪の爆ぜる音がして目が覚めた。いつの間にか朝日が登っている。
昨夜の雨はすっかり上がって、青い空がいっぱいに広がっていた。上空の毒の霧がキラキラと光っている。あれを吸えばあっという間に死に至るのに。太陽の光に照らされたそれは、なぜかとても美しく見えた。
「起きた?」
起き上がった私に気付いたリベルトが、シェルターの中を覗き込んだ。
「お前、ほんと根性座ってんな。怖いとか言ってたくせに熟睡してるし。あとぐぅぐぅイビキがうるさい」
「……面目ない」
のそのそとシェルターから顔を出す。乾ききっていない雨水が、草木の上で朝日をキラキラと跳ね返していた。
「朝ごはんもうちょいだから待ってて。食べ終わるまでにシェルター乾かしたいから、内側から叩いて雨水飛ばしてもらっていい?」
「あ、はい……わかりました」
「俺の方に飛ばすなよ。濡れるから」
そう言うとリベルトは見たことのない細長くて黄緑色の大きな実を枝に刺して焚き火で炙り始めた。
……昨日のあれ、夢だったのかな。
そう思うぐらい、リベルトはいつもと何も変わらないそっけない様子だ。少し複雑な気持ちでシェルターの雨水を飛ばす。
私はちょっと……いや、かなり、ドキドキしたのだけど。リベルトにとっては、やっぱり子豚に舐められる程度の事なのかもしれない。まぁ、自分がこれまで意識されていると思ったことなんてないから、そんなものかもしれないけど。
はぁ、とため息をつきながら、シェルターを内側からポンポンと叩いて雨水を飛ばす。
子豚。
胸が少しチクリと傷んだ。
豚なのはおふざけだとしてもだ。「子」がついていることに、少し切ない気持ちになる。チビで童顔。そんな私が細マッチョで爽やかな雰囲気のリベルトにちょっかいをかけたところで、子供か子豚がじゃれたり悪戯したりしているようなものだった。
同じ船の修理チームで一年ぐらい前から一緒だったけど。いつもからかわれるか馬鹿にされるか冷たくあしらわれるかで、リベルトはみんなに、いつも子守すまんなーと言われていた。
やっぱりリベルトもみんなと一緒で、スラリとした美人さんか、ふんわりキュートな女の子が好きなのかな。生意気でバカでチビで子供っぽい私は、どうやったって恋愛対象外なんだろう。
……胸だけは大きいんだけどな。豚判定だからな。はぁ。
しょんぼりしながら肩こりさせるだけの邪魔な胸を両手で揺すった。役に立たないのなら、もうちっちゃくなればいいのに。
「…………何してんの」
「……見たな」
「えっ何。化け物?」
「何よ。子豚の次は化け物?泣いてもいい?」
「……ご飯できたよ」
リベルトは絶妙な顔で……多分メンドクサイって顔なんだろうけど、話をずらすように焼けた黄緑色の実を差し出した。
ふんわりと優しい甘さの香りが鼻をくすぐる。思わずお腹がぐぅと鳴った。
「っふ……なにその音」
「うるさいわね!!元気な証拠でしょ!!」
「ほれほれ」
「ご飯で釣らないで!子豚じゃないからね!!」
むくれながら焚き火の前に座ってその実を受け取る。リベルトは、器用に皮を剥ぎ取ってくれた。中からクリーム色の綺麗な実がでてくる。パクリと食べると、ねっとりと、そしてしっかりとした……でもクリーミーな甘さが口いっぱいに広がった。
「んぉいひい!!」
爽やかな朝の日差しと森の景色。地上のご飯も悪くない。
そんな満足気な私を見て、リベルトは目を細めて笑った。
リベルトは時々そういう顔をする。不覚にもどきりとしてしまって、慌ててもう一口頬張った。
「さて、じゃあ一旦シェルター畳むよ」
食べ終わって火の始末をすると、リベルトはそう言って立ち上がった。
「……移動?」
「そう。この辺深い森の出口だし、危ない獣が多いから。もう少し安全そうなところに行こう」
「そっか。うん、わかった」
シェルターを支えていた太い木の枝に手をかける。特別行くあてのない地上での――異界と交じる世界でのキャンプの旅。先の見えない未来に、ほんのり不安な気持ちがよぎる。
「……その前に」
「ん?なに……っ」
ぐっと後頭部を引き寄せられたと思ったら、パクリと唇が塞がった。
強引な、それなのに優しい感触に頭が真っ白になる。
やっぱり、夢じゃなかった。
私、リベルトとキスしてる。
頭に回された手の感触が、思いの外しっかりしていて。やっぱりリベルトは男の子だったんだなと思った。くらりとしてきて、うまくバランスが取れなくて、リベルトの服に縋る。
リベルトの、優しい匂い。
すごく、好き。
暫くして、ちゅ、と唇が離れた。ふわふわして、しあわせで、なんだかよく回らない頭でリベルトを見上げる。
リベルトの青い目と一瞬目が合って。
それはすっと逸らされた。
「ほら、片付けるよ」
「――あ、はい」
何事も無かったようにシェルターの撤収が始まった。
……そっか、子豚だったわ。
どうしても舞い上がってしまう気持ちをなんとか落ち着かせながら、私は再びシェルターを支える太い枝に手をかけた。
*******
「――――それで、モネとかいう女を殺しちゃったの」
「はい。致し方なく……申し訳ございません」
ゴゥンゴゥンと炉を回す音が聞こえる機械室の隅。
作業服を着た男が、物陰から現れた上質なスーツを着た男と話している。
「そのモネっていう子が転送したデータの回収はできたの?」
「それが……モネのシステムが独自の設計で解読できるものがおらず、難航しています。パスワードの突破も不可で、物理的に壊そうにも、本体は船ネットワーク上の余った保存容量を使ってあちこちに散らばっているようで……」
「……流出の可能性は?」
「モネがいなければ、それはないでしょう。ただ――」
作業服の男は、少し躊躇ってから、また口を開いた。
「落ちた二人の死亡確認が取れていません」
「毒の霧の妨害のせいで照会ができないだけだろう?霧の切れ目ができたら確認すればいいんじゃないか」
「はい、その通りなのですが………照会していて、気がかりなことがありまして」
暗がりの中、ランプの明かりを反射する男の目が、怪しく光を反射して、揺らめいた。
「リベルトですが――素性が分かりません」
「……素性が?そんなことあるか?ここにいる人間が管理から漏れるなんてこと無いだろう?」
「分からないんです、それが……」
「なん、だって……?」
ゴゥンゴゥンという機械音が、不気味に響いた。
読んでいただいてありがとうございます!
怪しい奴が出てきました!
「えっ待って、リベルト何者?」とドキドキしてくださった方も、
「つまり、リベルトは...」と予想を立て始めたコ〇ン顔負けのあなたも、
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