1-3 初めての夜
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「は〜!美味しかった!!」
パチパチと燃える焚き火の前。
私は大きなエビのようなシュリープの丸焼きを無事に食べ終え、お腹をさすった。寸分違わずプリプリのエビの味だった。巨大エビの焚き火グリルとでも名付けようか。ほう、と息を吐き出す。大満足だ。
「想像以上に適応能力高いなお前」
いつもの調子に完全に戻ったリベルトは、焚き火の前で胡座をかいて、けだるげに頰杖をついている。顔に、ヤレヤレツカレタメンドクサイって書いてあるようなげんなり顔だ。
「適応能力高いというか……現実味があんまりないかも」
「まぁ……そうかもね」
焚き火から目を離してあたりを見渡す。日は完全に沈み、あたりは墨に沈んだように恐ろしいほど真っ暗だ。時折吹く風に木がざわざわと揺れる音と、なにかの虫の声が妙に大きく聞こえる。
「……地上って、星見えないんだね」
「いや……雲が出てるんだろ」
「雲?そっか、雲は船の下にあったけど、地上だと全部頭の上にあるんだもんね」
船とともに浮かんでいた雲が、遥か彼方頭上にある。暮らしていた船もそれだけ遠いということだ。
「……ねぇ、どうやって船に戻る?」
「空と地上の間にある毒の霧が途切れるのは、風の様子を見ると少なくともあと10日はかかる。迎えが来るとしても暫く先だろうね」
「10日以上………ずっと、ここで過ごす……しかない……?」
「………………」
リベルトはちらりとこちらを伺うと、暫く考え込むように俯いた。
暗闇に溶けるような青みがかった髪が、焚き火の光に照らされてゆらゆらと揺れて見える。
「……先のことはゆっくり考えよう。まずは今夜だ。モネ、この布のシェルターの中で寝るしかないからな。選択肢はないから、とにかく頑張れ」
「…………この中で」
焚き火のすぐ横にある、パラシュートの布とロープと木の枝で作ったシェルターを眺める。もぞもぞと中に入ると、包み込まれるような空間が思いの外いい感じだった。
寝転がってみると、地面の草のおかげか思ったより硬くない。むしろ今までの疲れが敷いた布にどっと吸い込まれていくようだった。
「うん……もう寝れそう」
「そう、良かった。じゃあ……お休み」
「リベルトは?」
「……俺はそのへんで、適当に寝る」
「え!?」
驚いて飛び起きる。
そのへんって、まさか屋根のない草の上に直に寝るつもりなのだろうか。
「何で!?湿気ってるし、蟻とかいるよ!?」
「……シェルター、これしか作れないし。いいよ」
パラシュートの布地がこれしかないという事だろう。
それはそうだろうけど。
「普通に一緒に寝ればいいじゃん」
「…………」
何故か睨まれた。
「なによ。急に襲ったりしないわよ。イビキはかくかもしれないけど」
「……うるさそう」
「失礼ね」
友人の部屋に泊まったときに、イビキかいてたよって笑われた悲しい過去を思い出す。仕方ないじゃないか。寝てるんだし止めようがない。
残念な気持ちになりつつも、やっぱりリベルトを草の上で寝かせて自分だけシェルターの中で寝るというのは受け入れられない。良心がギリギリ痛む。うん、やっぱり無しだ。
私はため息を吐くと、絶妙な顔をしているリベルトに言った。
「とりあえず、一緒にシェルターで寝よう?イビキは申し訳ないけど、カワイイ子豚ちゃんが隣で寝てると思ったら諦めつくでしょ?」
「……的確な例えだね」
「ほんと失礼」
素直にペットの子豚認定されてむくれる。自分で言ったんだけど。チビだけどデブじゃないし。デブじゃなくてちょっと胸が大きいだけだし。
リベルトはそんなむくれる私を一瞥すると、少し何か考えてから布の切れ端で作った袋の中に、まだ火が消えず赤くなっている薪を入れ始めた。
「………何してるの?袋燃えない?」
「この布、防火防水仕様だから。中に入れて口を縛れば鎮火される。この消し炭を、明日また火を起こす時に使うと火がつきやすい」
「へぇー!生きる知恵!!」
リベルトは手際よく火の始末を終えると、シェルターの中に入ってきた。焚き火が消えて、本当に真っ暗だ。リベルトは器用に手探りでごろりと私の横に転がった。
「……近くに来んなよ」
「酷くない!?」
「うるさい。おやすみ」
そう言うとリベルトは、私に背を向けて静まった。冷たいその雰囲気にちょっと寂しくなって口を尖らせる。
……まぁ、一緒に寝てくれるならいっか。
正直な事を言うと……一人で寝るのは怖かった。聞き慣れない、ざわざわと風が木を揺らす音。さっきよりも風が強くなってきたのか、時折ざわわ、と大きな音がする。
初めての、地上の夜。
より心細い気持ちになって、リベルトの方をちらりと見た。私よりも広い、わりとしっかりした背中。
――リベルトが、私と一緒に地上に落ちてくれなければ、私は死んでいたはずだ。
冷たい仕草とは裏腹に、リベルトは気を失った私を介抱し、森を抜け、ご飯を食べさせ、シェルターで寝かせてくれているのだ。
急に守られているのを実感して、暖かい気持ちになった。
そっと、リベルトの上着の裾をつまむ。……これぐらいなら許してくれるよね?
「おやすみ、リベルト」
リベルトから返事はなかったけど。
なんとなくあたたかい気持ちになったまま、私は目を閉じた。
そうして、どれぐらい眠ったのだろう。
聞き慣れない音に目を開いた。ざぁざぁと、シェルターの布を叩くシャワーのような音。遠くからゴロゴロという音も聞こえる。
「……リ、リベルト……」
今が何時なのか分からないが、相変わらず墨をぶちまけたように真っ暗だ。きっと夜中なのだろう。リベルトの裾を少し引っ張る。
「なんか……すごい音、するけど……」
「……雨だろ」
「あめ……??」
そうか、ここは地上だった。雲は、雨を降らせるのだ。
ざぁざぁという音が、暗闇のシェルターに響く。
「リベルト……怖い」
「……高性能の防水だから、シェルターの中なら大丈夫だよ」
「そ、そう……?」
それでもじわじわとした恐怖が収まらない。
それに、なんだか……
「っリベルト、なんかさ……」
「……なに」
私はぞわりと、本能のような何かで身に迫る危機を感じ取っていた。震え始めた手で、リベルトの服をギュッと握る。
何故か、息が苦しい。
「っ、リベルト、わ……たし、」
「モネ?」
「な、にかに、見られ、てる、みたいなっ……ふっ……息、が……くる、し……」
「……!!!」
ガバリと起き上がったリベルトは、さっと辺りを見渡し、性急な様子で私の頬に手を添えた。
「ごめん、モネ……受け入れて」
「な、にを……っ!?」
温かくて柔かい何かが私の口を塞いだ。
リベルトの髪の毛がさらりと私の額を撫でる。
暗がりの中、私の目に映るのは、信じられないぐらい間近に見える、私に覆いかぶさったリベルトの顔。
頬には、少しゴツゴツとした、でもあたたかいリベルトの手。
これは。
もしかして。
もしかしなくても。
キス、されてる……!?しかも大人のやつ!!!
大混乱のなか固まる私を、リベルトの手があやすように撫でた。
緊張で固まっていた身体の力がぬける。少しずつ、息苦しさも楽になっていく。
優しい暖かさ。
リベルトの香り。
暫くしてそっと離れたリベルトは、酷く心配そうな様子だった。
「……ごめん……息、どう?」
「……だ、だいじょう、ぶ……」
「…………そう」
はぁ、と息を吐いたリベルトは、どさりと私の横に転がった。
「……あ、の…………リベルト……?」
「………………地上は、『異世界』と混じってるんだ」
リベルトは、ぽつりと呟いた。
一瞬何の話だかわからず、首を傾げる。
「……『異世界』?異界のこと?」
「あぁ、そう。ごめん、異界のこと。……今地上にいる生き物は、異界のものを取り込むことで淘汰されず生きることができている。モネは、異界を取り込んで無いから……今、俺から異分子を取り入れて、仮の状態で異界と混じった。だから、淘汰されずに息が吸えるようになった」
「リベルトから、異分子を???」
「そう。だから……今みたいなことになった」
つまり……今のキスはリベルトから異分子を受け取るための行為だったということなんだろう。なるほどと思いつつ、衝撃の展開に頭が働かなくて、なんと返事をしたらいいのか分からない。
私が黙っていると、リベルトはなんだか重苦しい感じで、また口を開いた。
「シュリープを食べて、ある程度異分子は取り入れられたと思ったけど……消化が進んだら駄目みたいだ。あの生き物ぐらいだと、あまり異分子が多くないのかもしれない。…………一番効率がいいのが、今のだと思う。死にたくなかったら、諦めて」
「わ、わかった……」
私の了承の声を聞いたリベルトは、じゃあおやすみ、といってまた背を向けた。またざぁざぁという雨の音が、シェルターの中に響く。
「…………リベルト」
返事はない。
でも、まだ寝ていないのは分かる。
私はまた、リベルトの上着の裾をキュッと掴んだ。
「リベルトは……異分子を、持ってるの?」
「…………地上探索班だったから。これ以上は言えない」
固い声でリベルトはそう答えた。踏み込ませないと言わんばかりの声。さっきまでの熱が冷めてきて、身体と心がひやりと冷えた気がした。
近いようで、遠い、リベルトの背中。
「リベルトは、嫌じゃ、ない?」
思わず聞いてしまった。
船から落ちた私を助けて、危険な地上にまできて……好きでもない女に、キスをする。
「……生きるためならしょうがないだろ」
胸がギュッとなる。
こんな風に、リベルトに、無理をさせることになるなんて。
「……ごめんね」
上着の袖から手を離す。それから、両手で自分の身体を守るように抱きしめた。
いつの間にか雨は小ぶりになっていて、パラパラと静かな音が響くだけだ。
リベルトが身じろいだ衣擦れの音がした。少しそちらに顔を向けたら、ピシッとおでこに痛みが走った。
「いたっ!」
「何しおらしくなってんの」
「っえ!?」
やれやれという雰囲気の声。今のは多分リベルトのデコピンだろう。暗闇でよく見えないけど、きっと呆れた顔で笑ってる。なんと言っていいか分からず黙っていると、リベルトはふぅと息を吐き出した。
「まぁ、子豚に舐められたと思えばどうってことない。気にすんな」
「なっ、なめ……!?」
「うるさい。さっき自分でも言ったろ。いいからさっさと寝ろ」
そうしてリベルトは私の頭をぐしゃりとひとなですると、また背を向けて寝始めた。
私は暫く頭の中で、子豚がリベルトの顔をペロペロ舐めている姿を想像して………いやいや、舐めてきたのはそっちじゃない?とよく分からない想像をしながら、いつの間にか眠りの世界に落ちていった。
読んでいただいてありがとうございます!
いきなりの展開をぶち込んだ作者は後悔していません。
「いや待ってこの先ももしかして毎日!?ぐふふ」と大興奮中の素敵な読者様も、
「時々優しいリベルトがツボだわぐふふ」と思ってくださったお友達になれそうなあなたも、
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