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1-22 未来

「モネ、シュリープとってきた」


地上の湖畔にある、リベルトの家。柔らかに陽が傾いて来た夕暮れの少し前、リベルトが大きなシュリープ二匹を両手にガシリと掴んで家に帰ってきた。今日のは随分大物だ。わぁ、と喜びの声をあげながら触覚をヒュンヒュンと振り回すシュリープを受け取る。


「美味しそう!すっごい大きいし、片方は半分に割ってグラタンにして、もう半分はスープにしようか」


「あぁ、あのスープ旨いよな」


いつも通りのちょっと冷めた感想が聞こえてきたけれど。私はリベルトの尻尾がゆらゆらと嬉しそうに揺れたのをしっかりと横目で見た。


そう、冷めた顔をしてるけど、リベルトがシュリープのスープが大好きなのは把握済みだ。耐えきれずほんのり嬉しさが滲むリベルトの表情に満足感を覚えて、ウキウキと鍋を取り出す。


「一匹でも大きいから、いっぱいできそうだよね!」


「だな。じゃあもう半分は俺がグラタンにする」


「いいの!?」


「俺のホワイトソースの旨さにひれ伏せ」


「いやったぁぁ!」


案外リベルトは料理がうまい。そして、同じ調味料を使っているのに、何故か私の味とはちょっと違うのだ。


リベルトのグラタン。あれ、美味しいんだよなぁ。


「ヨダレ出てるぞ」


「はっっ失礼しました」


「食い意地女王」


「酷くない!?」


軽口をたたくリベルトにむくれていると、するするとリベルトの青い尻尾が私の赤い尻尾に絡んできた。よしよしと私を宥めるようなその動きに、思わず吹き出す。


「ふふ、そんなに怒ってないよ?」


「……別に、気にしてない」


「この尻尾で?」


「尻尾で俺の気持ちをはかるな」


ちょっと照れた雰囲気のリベルトは、熱したバターに小麦粉を振り入れて、木べらでかき混ぜ始めた。私もうきうきと、沸騰したお湯に野菜くずとシュリープの身を除いた硬い殻を入れる。これで、美味しいスープが取れるはずだ。


「そうそう、この間また船の国から何人か移住してきてたみたいだよ!」


「へぇ、最近多くなったな」


「異分子の抽出がうまくいってるんだろうね」


地上の色んなものに異分子が含まれていて、それを摂取すればある程度連結者をごまかせることを知った船の国の人々は、地上の民と一緒に異分子が多く含まれるものを探し始めた。そしてついにたっぷり異分子が含まれているものを発見したのだ。


「あのすっぱい赤い実に、黄色い大きいフルーツでしょ。他にも色々あるけど、大体何かの実だよね」


「次世代に異分子を残すために溜め込むんだとさ」


「なるほど」


最近の地上の民の新しいお仕事は、すっぱい実と黄色いフルーツの収穫だ。あちこちに生えてる上に、成長も結実も早いからじゃんじゃん異分子を供給できているらしい。そして異分子抽出後の果汁が美味しいミックスジュースとして出回っている。これがまた美味しくて大人気だ。


「でも毎日異分子のおくすり飲まなきゃいけないんだもんね」


「全員が地上の民と番になれるわけじゃないからな」


あの日のエネルギー炉の出来事は、何もかも配信されて船の国に激震を走らせた。下層の人々はもちろん怒り怯えたけど、意外だったのが最上層の人々が二分したことだ。下層を爆破し皆殺しにするなど野蛮人のすることだと、ルーフトップクラスの人々を糾弾する有識者や重鎮が現れたのだ。元々ルーフトップクラスに所属していたのは極端な思考や成り上がりの者たちが多かったようで、あっという間に粛清されていった。


そうして一通り落ち着いた後に起こったこと。それは、地上の民への高い結婚需要だった。


「……あの動画、そろそろ消せないかな……」


「無理だろ……」


「なんであんなことに」


「お前のせいでもあるからな」


なんとも言えない顔で顔を見合わせると、黙々とそれぞれの作業に戻る。


そう、すべて生配信されたあの出来事は、もちろん私に尻尾が生えたのも映し出されているし、本能全開で私を追っかけて尻尾を絡めてイチャイチャし始めたリベルトも全部映っているのだ。


そして、番になるとあんなにぞっこんラブになるんだと大人気となってしまい、地上の民の大人気へと繋がっている。故に、移住希望もかなり多く、船の国へ招待される地上の民も多い。


「シルビィ様、あっちで元気にやってるかなぁ」


「あぁ、あの美貌だからキャーキャー言われてるらしいけど、殆ど部屋に籠もってるらしいよ」


「なんで?」


「ゲームと漫画に埋もれてるらしい」


「えぇ……」


まるで小学生のようだ。元気にやっているならいいんだけど。


「まぁ、そのうち気が済んだら帰ってくるだろ。なんたって自ら異形になることを選んだ人だからね」


「長期旅行的な?」


「そうそう」


ミルクで小麦粉を木べらで溶かすリベルトは、ご機嫌そうにそう答えた。最近の私達はこうして二人並んでキッチンにいることが多いのだけど、リベルトもこれが気に入っているみたいだった。


なんだか嬉しくなって、私もご機嫌でスープの灰汁を取る。懐かしい、船の国での暮らし。リベルトに話しかけられただけで嬉しかったザッカスさんのお店。あの日もらったキャンディは、結局勿体なくて食べられなくて、思い出としてキッチンの棚の端っこに飾っている。


「今度うちらも船の国に旅行に行く?」


「え、何するの?」


「うーん、下層のお店でご飯食べるとか」


「こっちのご飯の方が美味しいってモネ言ってたじゃん」


「そうだけど、リベルトと一緒に行きたいんだもん」


微妙に船の国へ旅行に行きたがらないリベルトにちょっとむくれる。


あの頃、リベルトの深い青色の目に情熱的に見つめられたいー!って妄想していたけど。その夢が叶った今、改めて船の国でラブラブでご飯を食べてみたい。そう言うと、リベルトはちょっとご機嫌を取り戻したみたいだった。


「まぁ……ご飯食べるのはいいとしてさ。それだとすぐ暇になるだろ。他に何するの?」


「え?うーんそうだな。船の国のみんなに会うとか?ほら、結局ジャンティともあの後殆ど会えて無いし――っ!?」


いきなりぐいっと抱き寄せられてびっくりする。目を丸くしてリベルトを見上げると――リベルトはすっかり竜化した縦割れの目で、ちょっと怖い顔で私を見下ろしていた。


「あ、あの!?」


「ジャンティに会いたいの?」


「え?そりゃあ、友達だし幼馴染みだし……」


「は?それでなんで会わなきゃいけないの?」


どうしよう。めちゃくちゃ怒ってる。


リベルトは、青い目を細めて私を見つめながら、スッとほっぺたを指でなぞった。


「モネは俺のでしょ?」


「そ、そうですが、友達には別に会ってもいいんじゃ……」


「……でも、ジャンティはだめ」


「なんで!?」


他の友達にはそんな事言わないのに。何だか頭にきてリベルトを睨む。


「いくら竜種だからって束縛し過ぎは良くないと思う」


「束縛じゃない」


「友達と会ったらダメとかやり過ぎでしょう」


「…………」


そう言うと、リベルトはジトッとした目で私を見下ろした。


「……じゃあ、俺も友達だから、エイメルに会ってくる」


「はぁ!??」


急に身体中の竜種の血が沸騰したように熱くなる。ベシン!とリベルトの胴に尻尾を巻き付けて、リベルトを思いっきり睨んだ。


「浮気だ!!!」


「ほらな、そう思うだろ?」


「エイメルさんは別でしょう!?」


「…………似たようなもんだから」


若干言い淀みながらそう答えたリベルトは、ちょっと萎れた様子でくるくると私に尻尾を巻き付けた。


「……でも……どうしても、会いたいなら……俺と一緒ならいい」


「え?勿論でしょ?一緒に会おうよ」


「絶対に二人だけになるなよ」


「ふふ、分かったよ」


私がそう答えると、リベルトは私をぎゅっと抱きしめた。


「…………短い時間でいい?」


「そんなに?うん、別にいいけど」


「……ジャンティも、その方がいいと思うから」


「えぇ?」


話がよく読めなくて首を傾げる私に、リベルトはぐりぐりと頭を擦り付けた。


「……モネは俺のだ」


まずい、本能が剥き出しになり始めた。慌てて優しくリベルトの青い髪の毛をサラサラと撫でる。


「大丈夫だよ、私はリベルトのだよ」


「……もうどっか行くなよ」


「ふふ、行かないよ」


背伸びしてリベルトのほっぺにキスを落とすと、リベルトは嬉しそうに私を見つめて、二人のおでこをコツンとくっつけた。


「モネ」


「んん?」


「愛してる」


「ふふ、うん、私も」


少し照れながらそう答えると、リベルトは私を抱く手にぎゅっと力を込めながら私をじっと見つめた。


「ちゃんと言え」


「え?」


「私も、じゃなくて」


「えっ、あ……えぇと……」


あまりの恥ずかしさに言い淀んでいると、リベルトがじぃぃぃ、と少し圧のある表情で私を見つめ始めた。


いかん、これは、ちゃんと言わなきゃいけないやつ。分かってる、分かってるよと自分の尻尾でリベルトをどうどうと撫でながら、熱い身体で一回深呼吸した。


「あ……あい……」


「…………あい?」


「あいしてましゅ」


噛んだ。余計恥ずかしい。赤くなってぷるぷるしながら恐る恐るリベルトを見上げると。


リベルトは、少年のような嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「かわいい、モネ」


「も、もう〜〜〜!」


ペシペシと尻尾でリベルトを叩く。恥ずかしすぎる。でもそんな私の照れなどお構いなしだというふうに、リベルトはもう一度ぎゅっと私を抱き寄せると、嬉しそうに目を細めながら、優しく唇を重ねた。


あの頃みたいなただの作業じゃなくて。心の思ったそれはとてもあったかくて、幸せがとろけていた。


私を抱き寄せるしっかりとした腕。さらさらの青い髪の毛。なめらかな青い尻尾。大好きなリベルトの優しい香りと、香ばしい、少し焦げたような……………


「…………焦げ臭くない!?」


「……え?…………うわっ!!!ホワイトソース!!!」


「焦げたー!!!って、待って!!!スープも濁ってる!!!」


お料理中だったのをすっかり忘れていた。二人で慌てて料理に戻る。


バタバタと鍋や木べらを手にして、最悪の事態を逃れて、お互い顔を見合わせる。


「何してんだろうね」


「ほんとだよ」


可笑しそうに吹き出したリベルトは、私の方を見ると、いたずらっぽく笑って、もう一度私に優しく口付けた。


それから、赤と青の尻尾を絡ませながら、二人並んでスープとホワイトソースをかき混ぜる。



遠く窓の外には、橙に煌めく美しい毒の霧と、青い空に浮かぶ巨大な船の国。そして、空と地上の間を飛び交う小型船。


空と地上の人が混じり合った私達の未来は、まだ、始まったばかりだ。


それでも、どんな場所でも。みんなが、幸せに生きられたらいいな。私はそんな願いを込めながら、すっぱい赤い実を一粒、口に放り込んだ。



――おしまい――


最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しい暇つぶしになったでしょうか?

「ま、まぁちょっとは楽しかったわよ」とちょっとでも思ってくださったあなたも、

「リベルト、モネ、お幸せに!!!」と思ってくださった最後までお付き合いいただいたあなた様も、

下の☆☆☆☆☆からいくつでもいいのでご評価頂けると嬉しいです!!


最後まで頑張れたのは読んでくださった皆様のおかげです!

ありがとうございました!

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[良い点] 配信……【どこですか?】 あと、尻尾ちゃんですね。素直な尻尾ちゃんに意識持っていかれます。ちょっとモネがむくれただけで、尻尾ちゃんが(笑) [気になる点] 長老、社交は、地上の布教はどうし…
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