1-20 裏切り
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「っリ、ベルト……?」
「……怪我、してない?」
「うん……」
鋭い表情でバロックという男を睨みつけているリベルトを見上げる。
リベルトは少し強く竜化していて、グルグルという獣のような息遣いに、瞳孔は縦に割れ、犬歯が鋭く目立つけど。その姿にホッとして、リベルトにギュッと抱きついた。
本当に、迎えに来てくれた。私は攫われちゃったのに、狂わずに無事でいてくれた。じわりと涙が浮かぶ。
「迎えに、来てくれたの?」
「当たり前だろ」
「こんな、空の上まで?」
「……モネがいるところへなら、どこへだって行く」
そう言うリベルトに、もう一度ギュッと抱きつこうとした。でも、それは阻止されて。リベルトはグッと私を守るように、私の全身を胸の中へと仕舞い込んだ。
瞬間、パァン!という発砲音。
恐ろしいその音に、一瞬、身動きが取れなくなる。
目を見開いた私の視界には、煙の立つ銃口をこちらに向け、苦々しく顔を歪めたケイドスさんの姿が見えた。
私の体に痛みはない。
まさか、と心臓がドクドクと波を打つ。
呆然と見上げたリベルトの竜化した顔は、冷たさと悲しさが滲んだ表情だった。
「――まさか上司に撃たれるとは思わなかったよ」
「……化け物が」
さっと血の気が引いて、抱きかかえられた腕の中で慌てて動きながら、リベルトの身体を確認する。
「リ、リベルト!?どこ、どこ撃たれたの!?」
「え?あぁ、大丈夫だよ。あれぐらいで俺の鱗は破れないから」
「…………は?」
見ると腕の一部からシュウ、と煙が出ている。床には転がる銃弾。まさか、腕で受け止めたというのか。
ゴクリとつばを飲み込み、リベルトを見上げる。
リベルトは、思ったより落ち着いた、酷く冷たい顔をしていた。
「上司に殺されそうになるなんてショックですよ、ケイドスさん」
「……殺そうとしても簡単には死なねぇだろ」
ケイドスさんは苦々しい顔をしてリベルトを睨んだ。そして、もう一度を発砲しようと銃に力を込めた時、ガシ、とケイドスさんの頭を、大きな手が掴んだ。
「――俺もショックだよ。まさか常連同士が殺し合いをするなんてな」
「っザッカス!?」
「久しぶりだな、ケイドス。こんな再会で残念だよ」
竜化したザッカスさんがケイドスさんの頭をぞんざいに押すと、ケイドスさんは少し吹っ飛びながら床に倒れ込んだ。
「っ貴様ら全員異形だったのか!?」
「そうだが?」
「揃いも揃って化け物だったとはな」
パンパンッという発砲音がして、ザッカスさんにケイドスさんの仲間が放った銃弾が当たる。それをものともせず、ザッカスさんはメリノさんを拘束していた男を引っ剥がして張り倒した。
そして、少し怖い顔でケイドスさんをじろりと見る。
「確かに、お前らから見たら俺は化け物かもしれないが。大量殺人を平気でしようとするお前らよりはマシだろう?」
「……大義のためだ」
「思い上がってんじゃねぇ、お前は神でもなんでもねぇだろう」
そうザッカスさんがドスの効いた声で言うと、ケイドスさんはその顔をじっと見返して、諭すように言った。
「害悪となる人間の数は制限しなければならない」
「だから下層の人間を殺すってか?馬鹿じゃねぇか。阿呆なことは止めろ」
相容れない価値観。それを感じてふるりと震える。
ケイドスさんは、本気で、下層の人間を殺すことが正義だと思っているんだ。
リベルトが蹴り飛ばしたバロックさんが、スーツを整えながら苦しそうに起き上がる。そして、腹を抑えながら、苦々しくザッカスさんとリベルトを睨みつけた。
「お前らこそ、ここで何をしようとしていた。地上が嫌になって船の国を征服しに来たのか」
「何いってんだ。下層の奴らが殺されそうだったから助けに来たんだろ」
「……は?」
バロックさんが呆けた声を出した。ザッカスさんが、にやりと笑う。
「一緒に暮らした仲だし――同じニンゲンだしな」
「人間であることを捨てた奴らが、何を」
「……俺たちは別に、人間であることを捨てちゃいねぇ」
人間であることを捨てた。そんなわけないと、私は知っている。みんな、生きる為に異形になったのだから。
思わずギュッとリベルトの服を握ると、リベルトはちらりと私を見て微笑んでから、バロックさんへ静かに言った。
「お前は、人と形が違うことがそんなに怖いのか?」
リベルトは私を庇うように前に進み出ると、腕を完全に竜化させて男を冷たく見下ろした。
「――俺は形が人間でも、同類を大量に殺そうとするお前らの頭の中身のほうが怖い」
ザッカスさんの仲間の男が、もう一度リベルトを銃で狙う。リベルトは面倒そうに男たちに竜化した手を向けると、強い電撃を発した。電撃は直撃し、男たちは痺れたように床に突っ伏した。
広い額にびっしりと汗をかいたケイドスさんが、リベルトを睨みつける。
「……価値ある人々を助けることの何が悪い?」
「価値って何。価値なんて、みんな変わらないだろ。下層の奴らにだって価値はあるし、同じ人の命だ。よく分からない誰かの価値感で測れるもんじゃない」
「――ケイドスさんは、上層階のお偉いさんは、下層の下働きをしている奴らよりもずっも価値があるって言ってるんだよ、リベルト」
はっとしてその声の方を振り返る。
ジャンティが、数人の仲間を連れてエネルギー炉のあるこの部屋へ入ってきたところだった。
みんなケイドスさん達よりも大きな銃を握っている。あんなので打たれたら、いくらリベルトだって怪我をするかもしれない。
ゾクリとして、やめてと叫ぼうとした時。ジャンティがジャキ、と音を立てて引き金に指をかけた。
「今夜は最上層の高級ラウンジで急な催し物があるみたいだね。……君たちのボスのルーフトップクラスのお偉いさん達、今頃美味しいお酒を飲みながらこの様子を見てるんだろうね。ねぇ――バロックさん」
ジャンティは、ほんのり笑みを浮かべながら、でも鋭い視線でバロックさんに銃を向けた。その仲間たちもケイドスさんに銃口を向ける。
緊張で震える手を握る。ジャンティは、味方なのだろうか。ルーフトップクラスといえば、上層階の富裕層のみが入会できる権力者の集まりだ。まさか、そんな人たちがこの件に絡んでいたなんて。
静かに銃を向けるジャンティを、バロックが悔しそうに睨み返す。
「……機動隊の犬が」
「あれ、知ってたの?」
「その銃を見ればわかる。地上の異形などと手を結びやがって、この人類の裏切り者が」
「裏切り者とは穏やかじゃないね。それに、僕だってリベルトとザッカスさんが異形だったのなんて、さっき知ったばかりだよ?」
そう言うと、ジャンティは他の仲間にバロックさんとケイドスさんを拘束するように指示を出た。バタバタと、私に敵意を向けていた人達が拘束されていく。
その様子を見守っていたジャンティは、少しホッとした様子で、ニコリと笑ってこちらを見た。
「良かったよ、リベルトとモネが、下層のみんなの味方で」
その笑顔に、いつもの優しいジャンティを感じて、ほっと緊張が抜ける。
「ジャンティは……じゃあ、テロリストじゃ、ないんだね?」
「えっ僕のことテロリストだと思ってたの!?」
「誰が味方かなんて分からないもの!」
「酷いなぁ……まぁ僕もリベルトのこと疑ってたけど。でもまさか地上の民だったとは思わなかったけどね」
「俺もまさかそんな勘違いされるとは思わなかったな」
苦笑いする二人を交互に見る。
「えっ、じゃあジャンティは、リベルトがテロリストか何かだと思ってたの?」
「うん。だってまさか生きてると思わないだろ。モネと一緒に地上に落ちたけど、テロリスト達の新技術で生き残ったのかなとか馬鹿みたいなこと色々考えてた」
ジャンティは、やれやれと言う雰囲気でため息を吐いた。
「モネを船の国に連れ帰った後、すぐに部屋からいなくなって、仲間と必死で探してたらさ――暗がりから怖い顔したリベルトが尻尾生やして出てきて、モネを追いかけるぞって尖った犬歯剥き出しで言うんだもん。死ぬほどびっくりしたからね」
それは怖いかもしれない。リベルトをちらりと見ると、きまりの悪そうな顔でそっと視線をずらした。
「……悪かった」
「こいつ凄まじい勢いでモネのこと迎えに来てたからな」
ザッカスさんがニヤニヤとおかしそうに笑う。ジャンティは、仕方ないなと苦笑いした。
「僕は何度も地上に探索に出てたけど、地上の民には一度も出会わなかったから。きっと、影で僕のことは見てたんだろうけどね」
「えっと、じゃあ、ジャンティは……?」
「僕は船上機動隊の地上探索班の人間だよ」
「船上、機動隊……!?」
船の国の警備と安全を司る船上機動隊は、国のトップ機関だ。まさか、そんな所に所属していたなんてと驚いて目を丸くする。
ジャンティは、なるほどと頷いた。
「そっか、モネが僕に地上探索班なのかって聞くから全部お見通しなのかと思ってたのに、船上機動隊の分隊だったってのは分かってなかったんだ。そう、5年ぐらい前に志願したんだ」
「全然、知らなかった……」
「まぁ……言わなかったからね。地上探索班って存在自体が半分非公開の組織だからさ。ごめんね、黙ってて。――でも、地上で暮らせるように、何かしたくて」
ジャンティは、そう言って私に微笑んだけど。何故か少し寂しそうな顔をしていた。
「リベルト!ザッカス!伏せろ!!!」
突然のその声は響いた。同族の声に、リベルトとザッカスさんが反射的に姿勢を低くする。
でも、だめだ。この声は――!
「はい、確保。ははっ、ほんと、あっけないね」
どさ、とリベルトとザッカスさんが膝をつき床に倒れ込む。
私の目の前では、竜化したヘイズさんが、にこやかに笑って立っていた。
読んでいただいてありがとうございました!
やっぱりそんな簡単にはいかなかった...
「またお前かよヘイズ!!今までどこにいた!?」と苛立ってくれた神読者様も、
「冒頭からいないからソワソワしてたのにまさかここで...」と悔しくなってくださった素敵なあなたも、
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