1-19 拮抗
「……う」
「あ、気がついた?」
頭を撫でる優しい感触に重い瞼を上げる。
燃えるような美しい髪の毛と、セクシーな微笑み。そしてその下にはたわわな胸。頭の下の感触は柔らかく、何かいい匂いがする。
そう、私はメリノさんに膝枕をされていた。
「っサービス料はお幾らですか!?」
「何言ってるのよモネ」
可笑しそうにメリノさんが笑う。そんな顔も色気たっぷりで、暫くぼんやりとその表情を見上げた。
「で、体調はどう?」
「体調……?」
そうだ、眠らされたんだとハッとして起き上がる。
薄暗く、狭い倉庫のような部屋の中にいた。掃除道具や、あまり使われていないような備品が転がっている。
「私……」
「ごめんね、捕まっちゃった」
メリノさんは悲しそうに笑った。
「こんなドアさっさと蹴破りたかったんだけど……仕組みはよくわからないのだけど、異形の力を封じる腕輪を付けられてしまったのよ」
苦々しげに黒い腕輪を眺めるメリノさんの横顔は、ひどく落ち込んでいるようだった。
「ごめんね……まさか、仲間に裏切られるとは思ってなくて」
「そ、そんな謝らないで下さい!わたしも……地上の民なら大丈夫かもって、安易に信じてしまって……」
そう言うとメリノさんはきょとんとした表情で私を見た。
「むしろ地上の民を信じてくれるのね」
「あ……はい。ちょっと変ですかね。でも、船ノ国の下層を破壊しようとする人たちに、地上の民が加担する理由はないと思って」
「……そうよね。私もヘイズが裏切った理由が分からなくて、混乱しているもの」
ふぅ、とため息を吐いたメリノさんは、背中を壁に預けた。私も他にやることがなくて、隣りに座って同じように壁に背を預ける。
「……巻き込んでしまってすみません」
段々と意識がはっきりしてきて、申し訳ない気持ちでそう言うと、メリノさんは何言ってるのよ、と私の肩を小突いた。
「ザッカスのお店であんなに親しくしてた仲でしょ!それに、妹とリベルトの匂いをさせた子を簡単に放っておかないわ」
メリノさんはそう言うと、ニヤリとした表情を私に向けた。
「……で?リベルトはやっぱり痺れを切らしてモネにベッタリになっちゃった?」
「え、えぇと……はい……」
「やっぱりねー!そうだろうなと思ったわ。あれでしょ、たくさん食べ物持ってきてくれたでしょ?」
「なんでわかるんですか!?」
「そりゃあねぇ、竜種はみんなそうだから」
嬉しそうに笑うメリノさんに、服の中から鱗を出してそっと差し出す。
「これも、貰いました」
メリノさんはそれを見て、目を丸くした。
「これ……リベルトの……」
「はい……リベルトの、たった一つの鱗だそうです」
そう言うとメリノさんは呆然とそれを眺めながら口を開いた。
「リベルトは……リベルトは、無事?」
「え?」
「モネ、どんな風に船ノ国に戻ってきたの!?」
必死で私の腕を掴み、そう問いかけるメリノさんに慌てて今までの経緯を話す。
メリノさんは一通り私の話を聞いてから、難しい顔をした。
「……無事だと、いいんだけど……」
「その、メリノさん、無事って……?」
「…………リベルトは、敢えて言わなかったのね」
不安に思ってメリノさんの服を掴み、先を促す。メリノさんは少し悲しさの滲む表情しながら、私に微笑んだ。
「メリノさん、話してください」
「…………」
「黙っているのは誰のためですか?」
黙ったままのメリノさんの手を取り、ギュッと握る。ちゃんと聞かないとだめだ。直感で、それだけはわかった。
「リベルトが、私のためを思って敢えて言わなかった、という意味なら……むしろ敢えて教えて下さい」
その言葉にハッとした表情となったメリノさんの目を強く見つめる。
「私だって、リベルトが大切なんです。ずっと……ずっと、好きだったんです」
「モネ……」
メリノさんは、ぐっと何かを堪えるように俯き、少ししてからまた顔を上げた。
その覚悟を決めたような表情に、ごくりとつばを飲み込む。
メリノさんは、少し間をおいてから、静かに語り出した。
「……竜種は番と認めた愛するものに、自分の身体から抜け落ちる一枚の鱗を渡すの。鱗が落ちたら後戻りはできないわ」
それから少し言い淀んだメリノさんは、私の顔をちらりと見た後、覚悟を決めたようにもう一度口を開いた。
「唯一の愛した者が自分を愛してくれなかったり、他の者に奪われてしまったら――竜種は狂って、やがて死ぬわ」
「し……ぬ…………!?」
ドクンと、心臓が嫌な音を立てた。
手に持つ、リベルトの唯一の青く輝く鱗。
大草原で小型船に乗せられ飛び立った私は、他の者に奪い去られたように見えたのではないか。
鱗を持つ手がカタカタと震える。
「リ、ベルト……」
「……大丈夫よ」
その手にぱっとメリノさんの手が重なった。見上げると、メリノさんは困ったような、でも優しい表情で私に微笑んでいた。
「迎えに来てって、伝言でも伝えたんでしょう?」
「はい……」
「なら、きっと迎えに来るわよ。――竜種のリベルトは、きっと何より番を大切にするから」
私の頬にぽろりと涙が零れ落ちるのを、メリノさんはなめらかな指で優しく掬い取った。
「ほら、元気出して。リベルトはそんな簡単に狂ったりしないわよ。信じてあげて」
「……っはい」
鱗をギュッと胸に抱く。
私はこんなに、リベルトに必要とされていたのだ。お願い、無事でいて。願うことしかできない今の自分がもどかしい。
今、私にできる事はなんだろう。
そして、あることに気がついて。私は、ハッとして顔を上げた。
「メリノさん、番となることを受け入れるには、この鱗をどうしたらいいんですか?」
「そう、それも聞いてないのね?」
少し言い淀むメリノさんに真剣に迫る。
「教えて下さい。リベルトと……みんなのためにも重要なことなんです」
ぐっと鱗を胸に抱き、メリノさんに詰め寄る。メリノさんは、はぁ、とため息を吐いて少し考えてから、まっすぐに私を見た。
「――食べるのよ」
「……食べる?」
「そう、その鱗を食べるの」
まさか、食べるだなんて。青く輝く鱗を、そっと持ち上げる。
硬くて強い味方、リベルトの鱗。これって噛み砕ける硬さですか?と聞こうとした時だった。
ガチャガチャと鍵を開ける音が響き、ドアが開いた。
そこにいたのは、真顔のケイドスさんと、知らない数名の男の人だった。
「――来い」
「ちょっと!やめ――――っ…………」
ドサリとメリノさんが倒れる。驚いて男たちに拘束されながらもがくが、ぐいっと口を塞がれ、強く押し付けられた。
「眠らせただけだ。お前が大人しく言うことを聞くなら、今ここで殺しはしない」
そのまま引きずられるように部屋から連れ出される。
狭い倉庫を出て、男たちに囲まれながら、廊下を歩かされる。
カツカツと音が響く、無機質な廊下の先。そこにあったのは、機械だらけの、薄暗く広い空間に反応光を輝かせる、船の国のエネルギー炉の中心部だった。
「やぁ、待っていたよ」
見たことのない、身なりの良い男が大きな制御パネルを背にしてこちらにニコリと笑顔を向けていた。
男は私に近寄ると、私の口と手の拘束を外して優しく微笑んだ。
「私はバロック。上層階のルーフトップクラスの会員だ。手荒な真似をして悪かった。協力してくれるなら、これ以上君を傷つけるようなことはしないよ」
ルーフトップクラス。船の国の富裕層で構成される、権力者の集まりだ。
バロックと名乗った男は、すっと私の顎を掬い取ると、アイスグレーの冷たい瞳で私の目の中を覗き込んだ。
「……早速だけど、君もの持っている破壊コードを入力してくれる?そうしたら、君と後ろで眠ってるセクシーなお姉さんの命は助けてあげるよ」
微笑むその顔を、睨みつけるように見上げる。男は、微笑んだまま笑わない瞳で私の動きを見つめ、もう一度ゆっくりと諭すように言った。
「――入力してくれるだろう?これで君も僕達の仲間になるから、一緒に上層階の綺麗なところにいこうね。行きたいだろう?上層階」
「……どうして下層を破壊するの?」
それには答えず別の質問をした私を、バロックという男は微塵も気にせず、にこやかに首を傾げた。
「キカイたちに先立って人減らしをするのも人の努めだろう?」
手入れされた綺麗な顔が微笑み、きっちりとした髪の毛が傾げた首の動きに合わせてさらりと流れる。
「なら、価値の低い者を選別して効率よく船を軽くする。僕達はその役割を担ってあげているんだよ」
「…………」
大きな操作パネルの前に促される。船のエネルギー炉の中心部。ここなら船の国のすべてのエネルギー制御システムにアクセスできる。
ここなら、わざわざ外壁までいかなくても、破壊コードのシステムを起動させられる。それを、この男は知っているのだ。
ゴクリとつばを飲み込む。バロックという男とザッカスさん、そしてその数名の仲間である男たちが私を囲む。
ちらりとメリノさんの方へ視線を投げかける。拘束され、猿轡をされたうえで眠らされているメリノさんは、異形の力を封じられ、これ以上抵抗のしようがないだろう。
非力で、小さな身体の私。数人の男に囲まれたこの状況では、私と気を失っているメリノさんだけでは、間違いなく逃げ切れない。
なら、私ができることは………
必死で頭を働かせる。
――下層のみんなの命が危ないということを、誰かに知ってもらえれば……
大きな制御パネルの操作盤に、カタカタと震える手で、いくつかコードを打ち込んでいった。
「何してるの?」
「っうぁ、」
グイッと強く髪の毛を引っ張り上げられる。
「コードが読めなくてもね、想定と違う動きをしていることぐらい分かるんだよ?」
ぐぐ、と髪の毛で体を持ち上げるように引っ張られて思わず悲鳴が出る。
あっという間にバレてしまった。抵抗しながら涙目で男を見上げる。
「そう……。君はちょっと痛い目を見るほうが言うこと聞くのかな?――この操作盤に思いっきり顔面を打ち付けたら痛いかなぁ?たくさん尖ったボタンがあるもんねぇ」
「っやめてよ!」
ジタバタ暴れるけど、まったく通じない。代わりに本当に強く髪を引っ張り上げられて、足が床から浮いた。
「……っ」
「強情だなぁ。しょうがない――イッパツいくぞ!」
頭を鷲掴みにされ、振りかぶるように圧がかかる。
迫る操作盤のランプやスイッチが並ぶ凸凹とした表面。思わず恐怖に目を瞑った。
「っがぁ!?」
急に男の手の圧が消え、崩れ落ちる体を後ろから抱えられる。
スルリと足に巻き付いたなめらかな鱗の感触。
私を支える、あたたかな、でもしっかりとした腕の感触に、はっと目を開けた。
鱗と同じ、明け方の群青の空ような髪の毛がさらりと揺れる。
「リ、ベルト……?」
絶体絶命の私を助けてくれたのは、会いたくてたまらなかった、大好きなリベルトだった。
読んでいただいてありがとうございました!
リベルト間に合いました!!!
「まってたー!!!リベルトーー!!!やっつけろ!!」と笑顔になってくださったあなたも、
「モネちゃんの髪の毛引っ張るとか許せないし!」と憤ってくださった優しいあなたも、
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