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1-18 助け

それは、もう眠ろうとベッドに足を乗せた時だった。


静かなガチャリという音がして、ギィ、と扉が開いた。


サッと入ってきた誰かは、再び静かにドアを閉めた。


「っケイドスさん!」


「モネ!!モネ、良かった………本当に、すまなかった」


修理チームのリーダー、ケイドスさんは、額の広い顔に涙をにじませながら悲痛な顔で私の肩を抱きしめるように叩いた。


「本当に……本当に、生きてて、良かった……!」


「っうん、ごめんなさい……ありがとう、ケイドスさん………」


あまり見ないケイドスさんの感情を顕にした姿に、今まで連絡できなかったことを申し訳なく思った。


それはそうだ。だって、部下が死んだと思っていたんだもの。


私はケイドスさんの背中を、優しくさすった。


「っすまない、こんな事をしている場合じゃ無かった。助けに来た。早く逃げよう」


「えっ、助けに来たって……」


「……ジャンティは、テロリストなんだ」


苦々しく呟いたケイドスさんは、悔しそうに手を握りしめると、私の悲痛な顔で見上げた。


「あの爆発も、おかしな修理コードもジャンティの仕業だ。あんな事になる前に、俺が気付けていたら……」


「ほ、本当に……?ケイドスさん」


「…………信じられなくても仕方がない。とりあえず、話は後だ。気付かれる前にとにかくここを出よう」


慌てたようなケイドスさんにぐっと背中を押され、そして力強く手を引かれる。


険しい顔。見たことのないケイドスさんの様子に、胸がザワザワする。


考えるまもなく出た廊下は、暗く、音が大きく響いた。


「ケイドスさん、これからどこに行くの……?」


「シッ、声を出すんじゃない」


静かに廊下を進み、いくつかドアを抜ける。その先は船の下町にある、古い地下道だった。二人乗りの小さな乗り物のカートがある。


「乗って。早く、急いで」


そのままグッと押されるように座らされ、すぐさまカートは出発した。


「っふぅ、良かった。何とか逃げ切れたみたいだ」


安堵のため息を漏らすケイドスさんの横顔を覗き見る。ケイドスさんは、ちらりと私をみると、また前を向いて優しく笑った。


「とりあえず、モネの部屋へ行こうか。色々必要なものがあるだろう?」


「必要なもの?」


「着替えとかいらないのか?久々に帰ってきたんだから、自分の部屋に帰りたいだろ?」


いつの間にかカートが進む道はよく使われる街のルートに入っていた。遅い時間だからか人もカートも少なめで静かだが、見慣れた街並みが見えてきて、少しホッとしたような気持ちになる。


「……本当に、後悔したんだ」


ぽつりとケイドスさんが呟いた。街の灯りが、ケイドスさんの横顔を色とりどりに染めながら、後ヘ後ろへと流れていく。


「最下層の修理は、かなり危険な仕事だ。あんな仕事を……モネのような未来ある若者にやらせるべきじゃなかった」


「ケイドスさん……」


「すまないな、何だか感傷的になってしまって。ほら、そろそろだろう?モネの部屋へ行こう」


スゥ、と滑らかにカートが止まり、道へ降ろされる。慣れ親しんだ、下層の自分の部屋の近く。人通りの少ない、夜らしい薄明かりの証明に照らされた廊下を、コツコツと歩く。


ガチャリと開けた自分の部屋は、この部屋を出たときと何ら変わらない、そのままの様子で私を待っていた。


ずっと暮らしていた、小さなワンルーム。ベッドのヘッドボードに置いてあった、リベルトに貰ったキャンディを手に取る。


リベルトは、今、どうしているだろうか。


「モネ、あまり時間がない。すぐ準備してくれるか?」


「……ケイドスさん、それで、私はこれからどこに向かうんですか?」


「あぁ、まずはモネが安心して過ごせるように、ホテルの一室を抑えてある。そこでしばらく暮らせるように、色々持ち出せるか?」


ケイドスさんをちらりと見る。なんだ?と優しい顔で微笑むケイドスさんは、とても……とても、優しい。


キャンディを服のポケットにしまうと、服や化粧品を選んで、ゆっくりと適当なカバンに詰める。それから、愛用の古いシステム端末を手に取った。


「それ、まだ使えるのか?」


「これですか?使えますよ。古いですが、自分で新しいパーツを入れたりしてカスタマイズしているので、割と高性能なんです」


「すごいなぁ、モネは」


ケイドスさんは、感心したように頷いて、そして心配したような顔になった。


「……ただ、その中に、テロリストが作った破壊コードが入っているだろう?」


「…………破壊コード、ですか?」


ケイドスさんに問いかけると、ケイドスさんは辛さを滲ませた深刻な表情で頷いた。


「そう、ジャンティが作った、破壊コードだ。確か、モネはあの時、照合をかけようとして自分のシステムに転送していただろう?恐らくモネは、それを持っているから狙われている」


「…………それは、マズいですね。どうしたらいいんでしょう……」


「――その破壊コードを、俺に渡してくれないか?」


ケイドスさんは、覚悟を決めたように呟いた。


「俺は……このチームの責任者だ。危険を負うなら、俺だ」


「ケイドスさん……」


「頼む……俺に、もう後悔させないでくれ」


私は、しばし自分のシステム端末を見つめて、震える声でケイドスさんに告げた。


「無理は……しませんか?」


「あぁ!しないさ。大丈夫だ」


ホッとしたような顔でにこやかに笑うケイドスさんに、私も微笑みかける。


「ただ、その……データを転送するのに、もう一つ別の古い端末を動かさないといけなくて。これ、かなり古くて、都度新しいバッテリー入れないとすぐに電源落ちちゃうんです。ショップで買ったらすぐなので、買いに行ってもいいですか?」


「あぁ、もちろんだ。問題無い。今から行くか?」


「はい、お願いします。すみません、旧式のデータ保存をしているばっかりに」


「何言ってるんだ、そんなの大丈夫だ」


優しく微笑んだケイドスさんに続いて、荷物をまとめて部屋を出る。


端末は、着替えが入った大きなバッグではなくて、肩からかけるショルダーバッグに入れた。着替えのバッグには、地上の植物辞典を着替えの旅行バッグの端に入れて硬くしてある。他に怪しまれず武器になりそうな物は、残念ながら見当たらなかった。


先を行くケイドスさんの背中を見る。


ケイドスさんは、破壊コードを『渡してくれないか』と言った。


コードのデータを『コピーしてくれないか』『消去してくれないか』とは言わず、それが『一つしかないこと』『消去が難しいこと』を知っていた。


つまり、ケイドスさんは、書き換えられた破壊のコードが通常の修理コードと違い、複写消去阻害設定をされた唯一のデータである事を知っているのだ。


――――ケイドスさんは、犯人の一人だ。


修理コードを破壊コードに書き換える能力は、ケイドスさんには無い。他にも仲間がいるはずだ。でも、きっと私と面識がなくて――ケイドスさんが、破壊コードの回収を請け負ったのだろう。


でも、これではっきりした。この破壊コードは、恐らく私が持っている一つしかない。再設計には、かなり時間がかかるはずだ。だから――今、私が持つこの破壊コードを渡さなければ、下層の破壊はしばらく防ぐことができる。


ゴクリと唾を飲み込む。逃げるチャンスは、多分今しかない。きっと、ホテルの一室というその場所に連れて行かれたら、もう二度と外には出してもらえないだろう。


逃げるなら、人通りのあるショップにいるタイミングしかない。


煌々と明かりのつく24時間営業のショップが見えてきた。深夜のこの時間には、あまり人がいない。ケイドスさんに促されて、ショップの入口へと足を向ける。


「………モネ?」


その声にハッとして振り返ると、ザッカスさんのお店の定員さんのメリノさんがいた。どこかで遊んできた帰りなのか、ほんのりお酒の入ったその様子は、相変わらずとてもセクシーだ。


「やっぱりモネだ!!生きてたのね!もう、地上に落っこちたっていうから、本当に心配したんだから!!」


ぎゅうと私を抱きしめるメリノさんのたわわな胸に窒息しそうになる。


「ふぐっ……メ、メリノさん〜」


「あらぁ、ごめんなさい」


クスクス笑いながらゆるく体を離したメリノさんは、妖艶な笑みを浮かべながら優しく私の顔を覗き込んだ。


「かわいいモネが帰ってきたから堪らなくて……それに、何だか懐かしい『いい匂い』がするわよ?その胸ポケットに入ってるの、『羽』かしら」


ハッとしてメリノさんを見上げる。優しく笑うその目の中に、隠れた意味を見つけて、その希望に喉の奥が震えた。


「あ、の……そうなんです。これ、『友達』に貰って」


震える手で、赤い羽根を胸ポケットから取り出す。


「と、友達が………『助けが欲しい』時に役立つ、お守りだって」


「そう。さすが、素敵な『お友達』ね?それ、本当に良いものよ。私も持ってるの」


メリノさんは私にその羽を再びポケットにしまわせると、私の手を優しく握った。


「ねぇ、良かったら、これから一緒に飲みに行かない?積もる話もあるし、私の『お守り』も見せてあげたいんだけど」


「っぜ、ぜひ!!」


「おい、モネ」


グッとケイドスさんが私の腕を強く握る。


「――っ痛い、ケイドスさん!」


「悪い、だが、そんな事をしている場合じゃ無いだろう?」


「っ、離してください!」


ギリ、と私の手を掴むケイドスさんの手が、食い込んでいく。


「あらあら、どうしたのよケイドスさん。ね?とりあえず離しましょ?――キャー!チカン!って叫ぶわよ?」


ケイドスさんはじろりとメリノさんを睨むと、ゆっくりと腕を離した。


ホッとして、ケイドスさんの方に視線をやると――暗がりから、何人か出てきたのが見えた。明らかに、ショップに買い物にきた雰囲気は無くて、狙うように私を見ている。


私は、辞典の入った大きなバッグを振りかぶって、思いっきりケイドスさんに叩きつけた。


「ぐあっ!??」


「わぁ〜お!やるじゃないモネ」


逃げよう!と私がメリノさんに言う前に、メリノさんはサッと私の手を掴むと、凄い勢いで走り始めた。私も必死でそれについていく。


暗がりから出てきた男たちがこちらに走ってくる音が聞こえる。


「しょうがないわねぇ」


メリノさんは胸元からコインを数枚取り出すと、振り返りながらシュッとそれを飛ばした。背後からギャア!という声が聞こえる。


「メリノ!モネ!こっちだ!」


見ると、店の常連さんだった無精髭のヘイズさんが、カートの運転席からこちらに向かって叫んでいた。メリノさんがヒラリとカートに飛び乗る。


「モネ!早く」


「っはい!!」


私がカートに飛び乗ると、ヘイズさんはカートを急発進させた。追いつこうと走ってきていた男たちとケイドスさんの姿が、他の景色と一緒に遠ざかる。


ケイドスさんは諦めたのか、走り去る私達を遠くからじっと見ているようだった。


とにかく、距離は取れた。はぁ、と安堵のため息を吐いて、座席に沈み込む。


「すみませんメリノさん、ヘイズさん………巻き込んでしまって」


「あらぁ、いいのよ!可愛い妹の頼みだもの」


「……妹?」


メリノさんはクスクス笑うと、豊かな赤い髪の毛の中に指を差し入れて、そして一本の美しい赤い羽根を取り出した。


「その羽、エイメルのでしょ?私はエイメルのお姉ちゃんよ」


「っエイメルさんのお姉さん!?」


「ふふ、まさかモネが妹の羽を持ち帰ってくるだなんて思わなかったわぁ?貴方を守ってほしいっていう、焦ったメッセージが入ってて驚いたけどね」


「メッセージ?」


「羽で簡単にメッセージ送り合えるのよ。まぁ、火鳥種同士じゃないとわからないんだけどね」


可笑しそうに笑うとメリノさんを、しょうがないなぁと言うふうにヘイズさんがちらりと見る。


「突然妹の匂いがするとかメリノが言い出してさ。見たらモネが帰ってきてるだろ?もうビックリだよ。で、リベルトはどこ行ったの?匂いだけするけど」


ハッとして胸元に手をやる。リベルトの匂いは、きっとこの鱗なんだろうけど。見せていいかどうか、躊躇してしまった。


ヘイズさんは、あぁ、と呟いてまた口を開いた。


「俺も地上のニンゲンだから、リベルトが竜種なのは隠さなくてもいいよ?メリノは火鳥、俺は土竜種ね」


「土竜、ですか……?」


「あぁ、結構竜種は色々いるんだよね。リベルトは何だったかなぁ……割とみんな色々混ざってるからよく分からないけど、リベルトは電撃も出すし力も強いから怒らせたくなかったな」


「えっ……電撃!?」


「あれ、知らなかった?気をつけな。怒らせたら即死だぞ。多分鋼鉄のザッカスしかリベルトは止められん」


「こ、鋼鉄のザッカス……」


色々と凄まじい情報を聞いて震える。そういえば、シルビィ様は人が空想した架空の生き物と融合したのが異形だと言ってた。なるほど、と妙に納得する。


「まぁ、そんな積もる話は後だ。そんなことより、モネ。ケイドスって、何か悪さしてるの?あいつ、この間も修理コードがなんだとか、モネがどうだとか、酒飲みながら煩かったけど」


「その…………」


ちらりと二人を見る。この二人は、地上の民だ。それなら……信じてもいいだろうか。それに、どうしたって味方は必要だ。


私は少しの躊躇ののち、口を開いた。


「―――ケイドスさんは、下層をまるごと破壊するように改変された、エネルギー炉の修理コードを狙っています」


「っ下層をまるごと破壊!?」


メリノさんが驚きの声を上げる。


「はい……私はその改変された修理コードに気が付いて、自分のシステムに転送して調べようとしたら、爆発が起こって地上に落ちました」


「えっ何それ……本当にヤバいやつじゃない」


「その爆発って、モネを殺そうとして爆発したんじゃないの」


「多分そうなんだと思います。でも今は……私がコピーコントロールされたその破壊コードを持っているから、殺さずに捉えてそのコードを回収したいんだと思います」


「なるほどね………信じがたいほど大規模犯罪だな」


ヘイズさんが重苦しく息を吐き出す。


「……事情は分かった。とりあえず、一旦落ち着こう。向かうのは俺のオススメの場所でいいかな?」


「オススメの場所?ヘイズ、船ノ国で逃げるのに丁度いい場所なんて知ってるの?」


「まぁね」


そう言うと、ヘイズさんはカートを道の端に寄せると、何かをゴソゴソと取り出して、私達の方に振り返った。


「――もうこのまま、エネルギー炉に行くのが早いかなって」


シュウウゥゥ、と眼の前にスプレーのような何かが撒き散らされる。ヘイズさんは、いつの間にかマスクを付けていた。


「また後で話そうね。お休み、ふたりとも」


嘘……と言葉を口に出したかったのに。


私の意識はあっという間に、真っ暗な闇の中に沈み込んでいった。


読んでいただいてありがとうございました!


一難去ってまた一難...つかまっちゃった...

「嘘やんお前かよヘイズ!!地上の民だろ!?」と愕然としてくださった神読者様も、

「ヘイズ?誰だっけ?」と記憶がおぼろげなあなたも、(一話と五話あたりを見ていただければと...)

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また遊びに来てください!

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