1-17 幼馴染み
「はい、エビカマのエビチリだよ。モネ好きでしょ?」
コトリとテーブルの上に美味しそうなエビカマのエビチリが乗る。そう、これは私の大好物だ。ちらりと料理を置いてくれたジャンティを見上げる。
「大丈夫だよ、毒も何も入ってないよ?一口食べようか?」
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
わざわざ私を捕まえておいて毒殺することも無いだろうと思って、そのままスプーンですくってパクリと食べる。
久しぶりのエビカマの味は懐かしくて。
そして、妙に味気なく感じた。
ガタリと音を鳴らして、ジャンティが私の向かいの椅子に座る。
「で……話してくれる気になった?どうやって地上で生き長らえて……しかも、大草原で一生懸命かけっこしてたのか」
「……もうちょっと落ち着いてから話したい」
「うぅん、頑固だなぁ」
困ったように笑うジャンティは優しげだけど、それが逆に何かを孕んでいるようで、むしろ危機感を煽られる。咀嚼したエビカマを、ゴクリと飲み込んだ。
「……私が地上に落ちてから、船ではどんな事があったの?」
とにかく、情報が欲しい。そもそも、ジャンティが敵なのか味方なのかすら分からない。私の命を繋いでいるのは、まず間違いなく私の知っている『情報』だ。簡単に引き渡したら、殺されるかもしれない。なんたって、下層の街の人を皆殺しにする計画者が、この船ノ国には潜んでいるのだから。
そんな強い警戒心を露わにする私に、ジャンティは仕方ないなぁと言うふうに笑ってため息をつくと、思い出すように語り始めた。
「モネがリベルトと地上に落ちてからは、本当に大変だったよ。事故の報告に、爆発した外壁の修理……ケイドスさんなんて塞ぎ込んじゃって大変だった。うちのチームは一旦解散して、他のチームに混ざりながらの補修工事になったしね。他にも、ザッカスさん――あの、下町の居酒屋食堂のオーナーも、お子さんがテラスから落ちるのを助けようとして一緒に落ちちゃって。周りで不幸が起きすぎて、正直僕もかなり凹んだ」
「そ、っか………」
ザッカスさんは、死んだことになっていた。多分お子さんはメルちゃんのことだろう。船ノ国で落下事故は時々起こっていたけど……もしかしたら、みんな地上の民だったんだろうか。
ジャンティは、はぁ、と疲れたようにため息をついた。
「だから、生きたモネに会えて嬉しかったのに、何だか警戒されちゃってちょっと寂しいんだからね?一応幼馴染みだし、同じ施設育ちの絆もあると思ってたんだけどなぁ」
本当に凹んだ様子のジャンティを見て、少し良心が咎めた。
でも、と心を引き締める。まだ、駄目だ。何か……そう、信頼できる何かを見つけないと。
少し考えて、またジャンティを見つめる。
あの日と変わらないジャンティの姿だけど。
少し、窶れたように見えた。
「……ジャンティは、地上探索班なの?」
「…………どこで聞いたの、その言葉」
試しに口にしたその単語が、随分と波乱を含む言葉だったようで。優しい笑みを消して、私の目をじっと見つめるジャンティは、何だか知らない人のようだった。
「…………リベルトはどこに行ったの?」
「…………」
「リベルトから、聞いたんだろ?その『地上探索班』っていうの」
ガタリと立ち上がったジャンティは、身を乗り出して、私を覗き込むようにじっと見つめた。
「生きてるんだろ、リベルト」
見たことのない幼馴染みの表情に、息が止まる。いつものにこやかなジャンティは、そこにいなかった。
「モネとリベルトは、どうして地上で生きていられるの?……何をしようとしているの?」
負けじと、じっとジャンティを見返す。ドクドクと心臓がうるさい。何を探られているのだろうか。
私が、やろうとしていること。それは、下層のみんなを助けること。下層の爆破を防ぐことだ。もし、ジャンティが修理コードの秘密を知っている私の行動を予測して、妨害しようとしているのなら――それは、ジャンティが、敵ということになる。
私は、ぐっと息を飲み込んだ。
ジャンティが、分からない。
「――――まぁ、いいや。今日は」
はぁ、と硬い雰囲気を霧散させたジャンティが、またため息をついてからやれやれと立ち上がる。それから、いつもの優しい笑顔に戻って、私の方を見た。
「やっと戻ってこれて、ホッとしてるでしょ?疲れただろうし、今日はゆっくり休んで。それで……よかったら、また明日話聞かせて」
なんとなくその淋しげな雰囲気に申し訳なくなって見上げていると、ジャンティはしょうがないなと言う風に微笑んで、私の頭をポンポンと撫でた。
それから、じゃあまた明日、と言って部屋を出ていった。
ガチャリ、と鍵のかかる音がする。
一応、ドアノブを回すけど。残念ながら、やっぱり外から鍵がかかっていた。
はぁ、とため息をついて、また椅子に座ってエビカマを口に運ぶ。
あの時、草原でジャンティの声が聞こえて。立ち止まった私のところに、慌てたようなジャンティが小型機を降りて駆け寄ってきた。
ジャンティは、かなりしっかりとした防護服を着ていた。透明なフェイスガード越しに見えるジャンティの顔は、驚きに満ちていて。
そして、ピーピーと鳴る警告音に急かされるように、ほとんど言葉を交わさないまま、私を小型機に乗せて、すぐさま飛び立った。
それから船ノ国に着いて、しっかりと手を掴まれてこの部屋に連れてこられ……今に至る。
はぁ、と窓の外を見る。
ジャンティは、死んだと思われているモネが生きて下町を歩いたりすると、色々狙われたりして危ないからと、保護させてもらうと私に言った。恐らく、この部屋にきっちりと鍵をかけたのは、『保護している』という事なのだろう。
――もし、ジャンティが、船の下層の破壊計画をしている犯人だったら……
幼馴染みの、考えたくない予想を立てる。
ジャンティは、私と同じ、システムコードの修理や設計のスキルがある。つまり、破壊コードを書こうと思えば、書けるのだ。
それに、恐らく非公式な『地上探索班』の人なんだろう。船ノ国の人が地上を探索するなら、その目的の一つは、『地上で生きる方法を探す』こと。つまり、それを先陣を切ってやっているのがジャンティなら――過密になった船の問題を、本気で問題視しているのも、ジャンティなのかもしれない。
ジャンティは、なぜ私を、ここに閉じ込めているんだろう。
何もわからないまま、窓のない部屋の中で、ギュッと服の中の鱗を抱きしめた。
読んでいただいてありがとうございました!
最大警戒中のモネちゃんです。
「いやジャンティは幼馴染だし信じてOKなはず!」とGOを出したジャンティ派のあなたも、
「でも作者のひっかけかもしれないよ?」と絶賛深読み中のあなたも、
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