1-16 慟哭と時の声(sideエイメル)
風が駆け抜ける草原の海から、船の国の小型船が一艘、飛び立つのが見える。
モネは街と私達から離れるように草原を駆け抜けていった。そして、小型船は、真っ直ぐにモネが走っていく方に向かって飛んでいった。
遠目にモネが船の中に回収されるのを見届けた私は、何だか身体の力が抜けるような、無気力な気持ちになった。
「…………信じて、って、どうやって…………」
「伝えるしかないよ」
シルビィ様が、船の国に帰っていく小型船を見つめながら、淡々と答えた。
「……何で、モネに伝えなかったんですか」
ギリ、と手を握りしめながら、シルビィ様を睨みつけるように言葉を吐き出す。髪が燃えるように熱い。人の形を取り切れなくて、チリチリと炎のような鳥の羽根が髪を彩り始める。
「モネが竜種の番がどういうものか知ってたら――」
「それを伝えるのは、リベルトだ」
シルビィ様が淡々と答える。
「それをすぐに伝えなかった――己が狂い死ぬ可能性を伝えなかった、リベルトの番への愛を汲んでやれ」
「愛って――」
瞬間、オォォン、という胸が張り裂けそうな遠吠えが聞こえて、ハッとして振り返る。
草原に走り出たリベルトが、見たこともないぐらい強く竜化して、空に向かって竜種の声を張り上げていた。
「っリベルト!!」
「落ち着けリベルト!!」
協議をしていた者たちが慌ててリベルトを落ち着かせようと走り出てきた。恐らく、毒の霧が晴れたのは探知済みだったんだろう。リベルトは嗅覚も視覚も鋭い。恐らく、モネがあの小型船の中にいるのはすぐに分かったはずだ。
リベルトが、竜化した腕で強く拳を振り下ろした。その強烈な一撃に、誰も近寄れない。
バァンと、近くの岩が弾けて、地面がえぐれていく。
「バカ野郎!まだ狂うには早過ぎるだろうが!」
ザッカスがリベルトを押さえつけようと飛び出るがうまくいかない。それはそうだ。保護しようとしているザッカスと、何もかも壊す勢いで暴れる、最も強い竜種の血統の、リベルト。そんなに簡単に捕まえられる訳がないのだ。
「クソ、リベルト!正気にもどれ!モネはまだ別に他の男に取られたわけじゃ―――」
ガァァ、と獣のような声を出して、リベルトが地面を抉る。
その声があまりにも切なく聞こえて。
私は、炎の羽を広げると、リベルトの元へ風を切って飛び込んだ。
危ない、とみんなの止める声が聞こえるけど。
低空飛行をして、リベルトの胸元へ飛び込む。
そして、パンッと、頬を叩いた。
「モネが迎えに来てって言ってたわ」
リベルトの鉤爪に当たったのか、頬に傷がついて血が流れたのがわかる。でも、私はそれには構わず、動きを止めたリベルトの見開いた目をしっかりと見て、告げた。
「リベルトに、信じて、いつか迎えに来て、って言ってたわ。それから、下層のみんなを助けに行くって。……リベルトが助けに行かないなら、モネは死んじゃうかもね」
「死……ぬ…………?」
獣の声ではないリベルトの声が聞こえて、ホッとして。私は、うっかり涙を浮かべながら、リベルトを睨みつけた。
「そうよ、よく分からないけど、船の下層が破壊されるとか、殺人鬼がいるかもとか言ってたわよ。……モネを、迎えに行かなくていいの?多分、待ってるわよ、リベルトのこと」
「下層が…………破壊、される……?」
「人減らしだってさ、リベルト」
シルビィ様が近寄ってきて、私の背に手をかけて、頬の血と涙を拭ってくれた。力が抜けて、よろよろとその場にへたり込む。
顔をあげると、驚愕の顔をしたザッカスさんが、シルビィ様の発言を食い入るように聞いていた。リベルトは視線をさまよわせながら、ハッとしたように口を開いた。
「まさか、あの修理コード……!?」
「……それが何かは分からないけど、間違いのない事は――――」
シルビィ様は、空の上の、大きな船の国を指さした。
「ここから船の国を見たモネは、何かを思い出し、大きくなり過ぎた船の国の下層が破壊されると予想した。そして、毒の霧が晴れてすぐに、船の国はモネを回収した。モネは――下層の人を助けに行く、信じて、いつか迎えに来て、と言って、迎えに来た者が殺人鬼かもしれないと言って、街を背にして離れるように走っていき………今はもう船の国だ」
そして、シルビィ様は、美しい顔で笑って首を傾げると、リベルトに問いかけた。
「どうする?リベルト。番のいない苦しみに溺れて、このまま狂って暴れる?それとも、モネを迎えに行く?」
「――迎えに、行きます」
「そうか、良かった」
そして、シルビィ様は、神々しい姿で、その白魚のような両手を広げた。
「救世の時だ。肥大し死にゆく兄弟が望むなら、地上の民は彼らを拒まない」
それは、長年隔絶されてきた2つのニンゲンが再び交わることを宣言する新しい次代の始まりの鐘のように、広々と波打つ草原と巨大な船が浮かぶ空に向かって、高らかに響き渡った。
読んでいただいてありがとうございました!
もちろん迎えに行くでしょう!!!
「ですよね!負けんなリベルト!!!」と応援してくださった優しい読者様も、
「エイメルたん、いい子(;ω;)」と涙してくださったこれまた優しい読者様も、
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