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1-15 迎え

「架空の……人々が作り出した、空想の生き物、ですか?」


シルビィ様は愉快だという様子で、機嫌よく白い尾をゆらゆらと揺らした。


「そう。どうせ違う生き物と混ざるなら、イケてる生き物になりたいじゃないか」


「イケてる……?」


「架空の物語の生き物は、大概人がかっこいいとか美しいとか思う姿をしているからね。それに、データが大量にキカイたちの中にあったから」


シルビィ様は絹のように滑らかな長い白髪をさらさらと手のひらで触った。それは確かに、物語で表現されるような美しさがあった。


「あの頃はまだすべてのキカイが繋がっていたわけじゃないからね。私達ヒトを殺すつもりのないキカイをうまく調達した天才は、架空の生き物のデータと既存の生物のデータ、人の身体のデータをうまくキカイに学習させて適合させ、各個人の設計データを書き換えて強制的に進化させる仕組みを作った」


「そんな事できるんですか!?」


「それもほぼキカイのおかげだけどね。もちろん普通の動物を選ぶこともできたけど……単なるイヌになるよりカッコいいイヌになったほうがいいだろう?だから、それぞれ希望の生き物を入力するんだけど、みんな理想の架空の生き物を入力した。……僕はその時ハマってた物語に出てくるキャラをまんま入力したんだよね」


「蛇のキャラクターさんだったんですか?」


「正確には蛇の半身を持つ神様かな。キーワードを入力するんだけどね。僕はキャラ名と、『神秘的』『白い』『とにかく美型』って入力して……最後に『あとはお任せ』ボタンを押した。というか、実行ボタンはこの『あとはお任せ』ボタンしかなくてね………みんな、死が迫っていてあんまり考える時間もなかったから、ぐぁーと書いて勢いよくおまかせボタン押してたよ」


「おまかせボタン……押すしかないんですね」


「ヒトが細かい条件設定までしてたら何年もかかるからね。あとは生物としてうまく成り立つようにキカイが適切と弾き出した設計図になっていく」


面白いようでいて、理にかなった仕組み。死を目前に、キーワードを入れておまかせボタンを押すときの気持ちは、どんな気持ちだったのだろう。


「そして、その情報をもとにキカイが組み上げた『進化』により、僕は新しい『異形』となってキカイにヒトと認識されなくなったんだけど……まさか不老オプションまでついてくるとは思わなかったよ。確かに元キャラは神様だったからまぁ納得はしてるけど」


そう言ったシルビィ様はなんだか不満そうな顔になった。


「若くて美しいまま生きるのはいいんだ。ただ、不老で長生きになったのに、連結者のせいでゲームも漫画もアニメもないし。何して暮らせばいいって感じだよ。暇だ」


「……えぇと?まんが?」


「ごめん、こっちの話。リアルな毎日がコスプレでファンタジーなのは気に入ってるよ」


「そうなんですね……?」


知らない単語が多くてついていけなかったが、とりあえず満足する部分はあるようで良かった。


シルビィ様はふぅと一息つくと、またお茶を一口飲んだ。


「で、話を戻して、リベルトたち竜種についてだけど。たぶん、リベルトの祖先はドラゴンが好きだったんだと思うんだよね」


「竜、ですもんね」


「そう。そして、僕のように急いで思いついたキーワードを入力したんだろうけど……強いものが好きな男の子が『ドラゴン』『最強』『カッコいい』あたりで入力して、おまかせボタンを押したっぽいんだ」


「かわいいご先祖様ですね!!」


微笑ましい内容に顔がほころぶ。シルビィ様は愉快で仕方ないという表情で頷いた。


「だが、そこでとんでもない問題が起きた。実は竜が出てくる妄想系の恋愛物語がその頃は多くて………『おまかせボタン』は数多のデータの中から、竜種の特徴として、『番』『溺愛』『執着』を設計に盛り込んだ」


「つが………?」


「番、ね。竜種は一度『番』と認めた者ただ一人を、一生『溺愛』して『執着』する」


「…………た、ただ一人……」


「ふふ、心当たりある?」


シルビィ様はニヤリと笑うと、頬杖をつきながら私を覗き込んだ。


「まぁ、基本はしつこい性質になるからね。だから『竜種は面倒くさい』って言ったのさ。たぶんリベルトはまだ抑えてるだろうけど、モネがリベルトの番になることを受け入れたら、大変な事になるだろうね」


「えぇ……!?」


昨日からの言動を思い出す。確かに、シルビィ様の言っていた内容と……辻褄が合う。


そしてはっとして、服の中にしまっていた鱗を取り出した。


「これ……一枚しかないって……」


「……そう。もらったんだね」


シルビィ様は目を見開くと、ふぅ、と息を吐き出して、ゆっくりと頷いた。


「まさか、ネックレスにするとはね……まぁ、リベルトの考えそうなことか」


「その、普通は違うんですか?」


「……普通は、番になることを受け入れるために使うね」


そうシルビィ様が言った時、カツンと靴を鳴らす音が聞こえた。


「そうよ。どうして?なんであなたはまだ受け入れてないのよ」


ハッとして振り返ると、燃える羽のような美しい髪を翻して、エイメルさんがずかずかと私のところまで歩いてきていた。

その表情は、なんだか苦しそうだった。


「……何が気に入らないの?なんで?鱗までもらっておいて、リベルトの番にはなりたくないの?あなた、もしリベルトが――――」


「止めなエイメル」


シルビィ様が、これまでとは違う強い口調でエイメルさんを止めた。エイメルさんは、辛そうな顔のまま、ぐっと押し黙った。


一呼吸おいて、シルビィ様は私の顔を見つめて、静かに口を開いた。


「モネ、いいかい。その鱗は、リベルトにとって命の塊のようなものだ。もしモネがそれを受け入れれば、恐らくリベルトと同じ『異形』になるだろう。お前は船ノ国の人間だ。身体にキカイが入っている限り、所在は船ノ国に知られ続ける。だから、このまま番として地上にいられるかは分からない……もし受け入れるなら、普通とは違う人生を歩む覚悟が必要だ」


そう言うと、シルビィ様はそっとリベルトの鱗を私の服の中に戻させると、困ったように笑った。


「リベルトは、これからのことを考えて、敢えて鱗の使い方や番について伝えなかったんだろう。でも、モネが望むなら、リベルトとよく話したらいい。いいね?」


「わかり……ました」


リベルトの鱗を服の上からキュッと握る。


クローゼットの中でこれをくれた時のリベルトの嬉しそうな表情と、ボートの上で真剣な表情で私を見つめていた眼差しを思い出す。


「……リベルトは、いいって言ってくれますかね……」


「ん?リベルトが?いいって?」


「その……教えてくれなかったのって、船の国の人間の私が、異形になるのは良くないって思ってるのかなって」


船の国での私の暮らしを知っていたリベルトは、私の事を簡単に地上の人間にはさせてくれない。そんな気がして、なんだかリベルトが遠い存在に感じて、胸がギュッとなる。


「あんたは嫌じゃないの」


エイメルさんが、ギリ、と奥歯を噛みしめるような表情をしながら、私を睨みつけた。


「船の国の人間たちは、異形が嫌いなんでしょ?」


「見たことがないから怖がってるだけで……たぶんちゃんと対面したら、かわいいとか、かっこいいってなる人も多いんじゃないですか?」


そう言ってエイメルさんの姿を見る。鋭い顔をしていても、やっぱり綺麗な立ち姿だった。


「私、エイメルさんのこと、すごく綺麗だと思います」


「は!?」


「正直ちょっと羨ましくて妬きました……私こんなちんちくりんですし、大人っぽいなって」


「な、何言ってるのよ!!」


そう言ってエイメルさんは赤くなった。単純にかわいいな、って思って顔がほころぶ。


すると、メルちゃんが私の方を見てばぁぁ、と顔を輝かせた。


「エイメルちゃんの羽、すごい綺麗なんだよ!!モネお姉ちゃんも見せてもらいなよ!」


その言葉にハッとする。そう、それ!気になっていたんだった。

「エイメルさんって空飛べるんですか!?リベルトが湖ぐらい飛び越えられるって言ってたんです!!」


「飛んでる姿も綺麗なんだよ!私も見たい!」


「いいねぇ、見せてあげなよ。せっかくだし、異形を嫌がらないか試してみなよエイメル」


「ま、まぁ……いいわよ」


そうしてふわりと風を呼んだように髪の毛を舞い上げたエイメルさんは、燃えるように輝く赤い羽根を生やし、背後に長いショールのような美しい尾を呼び出した。

あまりの華やかさに目をぱちぱちとさせる。


「すごい!綺麗!!!ドレスみたいですね!!いいなー!!」


「いいなって……なにそれ、イヤミ?」


「え?」


「それにあんたには羽は生えないわよ。リベルトの番を受け入れるなら同じ竜種よ」


「!!!」


驚愕の表情をした私を、エイメルさんは睨みつけた。


「やっぱりね。嫌なんでしょう竜「尻尾生えますかね!?」


発言が被ってしまった気がするが、これは仕方ない。だって。だって!!


「あのかわいい尻尾ちゃんが私に生えるとか!!嬉しすぎる!!」


「尻尾ちゃん………?」


「リベルトと同じ尻尾ちゃんが私にも生えるかもってことですよね?あの尻尾ちゃん、巻き付いてきたりピコピコ動いたりしてすごく可愛くて。自分にも生えたらさわり放題だし!リベルトあんまり触らせてくれないし……」


「っあんたまさかリベルトの尻尾触ったの!?」


「え、はい」


「変態!!痴女!!!」


「えぇ!?」


「はいはい落ち着きなあんたたち」


シルビィ様が困ったように笑いながら私達をどうどうとしている。

落ち着いているつもりなんだけどな……


すると、そんな私達を見ていたメルちゃんは、お菓子を食べ終わったのか私とエイメルさんの袖を引っ張った。


「暇だよ〜お話し終わったんなら、お外行こうよ〜草原行きたい!」


「そうだねぇ、ちょっと場所変えようか」


そうしてシルビィ様に促されて、私達は神殿の裏を抜け、外へ出た。そこは、私がボートで入ってきた入り口とは反対側の場所だった。明るくて広い――黄金の海原のような草原が広がっていた。


「すごい……綺麗」


「何にもないけど、絶景だろう?」


「ここも……架空の物語の異世界と混じってるんですか?」


「そう。私達を異形に進化させたキカイは、その後連結者と繋がって、ありとあらゆる地上に異世界を取り込ませた。……今や、何が元の姿から変わっていないのか、わからないぐらいだよ」


サァ、と風が草原を駆け抜け、波のように草を揺らす。爽やかなその景色は、美しすぎて。そして青くキラキラと輝く空には、それを対比するように、大きな鉄の塊のような船が浮かんでいた。


「船も、きっと暮らしやすいんだろうけどねぇ。どうしても、地面の上で暮らしたい奴らも多かったのさ」


シルビィ様が、懐かしむような表情でそう語った。エイメルさんが、メルちゃんと戯れながらシルビィ様に呆れたような顔を向ける。


「昔の人達、天空に城なんて建てたら、俺たちは目がおかしくなって、地上の人をゴミのように扱うかもしれん、とか言ってたんでしょ?」


「うーん、ちょっとセリフが違うんだけど……まぁ、半分おふざけというかネタなんだけどね……」


「ネタ?」


「僕も滅びの呪文唱えそうだったから」


「なにそれー!?」


メルちゃんが可笑しそうに笑うのを、ぼんやりと眺める。


滅びの、呪文………?



ふと、あの時のおかしな修理コードが頭を過ぎった。


遠く空に浮かぶ大きな船を眺めながら、修理コードを思い出していく。


度重なる増設で層状になった巨大な船。エネルギー炉を繋ぐ、網目のように張り巡らされた配管と、浮力を司る中心部。


カチカチと、頭の中でパズルが組み合わさる。目の前の空に浮かぶ大きな船の構造が、私にあの時の修理コードの目的を浮かび上がらせるように、カチリと答えを導き出した。


「ま………さか…………」


船の下層を取り囲むように配置されている、エネルギー炉とそれを囲むパイプライン。それをショートさせ、結果破壊を導くように書き換えられたそのコードが、何を意味するか。


メインとなる太いパイプラインが、まるで船の下層と中層をくっきり分けるようにぐるりと船の周りを回っている。


それが、ショートし爆発したら。


「船の、下層を………破壊して………地上に落とす、つもりなの………!?」


浮力がある上層部と切り離されたら、地上に落ちるしかない。


驚愕の事実に手が震える。


あれは、あれはまさか。


「人、減らし、計画………」


「モネ………?」


青ざめた私を、エイメルさんが訝しげに覗き込んだ。でも、うまく声が出せない。


人減らし計画。それは、非公式な街の噂として流れ始めたもので。過密になってきた船の問題から囁かれ始めた、都市伝説のようなものだったけれど。


「――――船ノ国は、そこまで追い詰められているの?モネ」


ハッとして顔を上げる。シルビィ様が、私の様子を伺うように、静かに口を開いた。


「あの船は、大きくなり過ぎた」


そのシルビィ様の言葉は、私の恐ろしい予想を、残酷にも浮かび上がらせた。


「人を減らさなければ………船を軽くしなければ、あの船はもう、浮いていられないのね?」


「なっ……!?」


エイメルさんが驚愕の顔で私を凝視する。


「止め、なきゃ…………」


震える声を落ち着かせるように、手で口を覆った。その私の手は、温かい日差しの中にいるのに、氷のように冷たくなっていた。


「ねぇ!あれ何!?変な鳥が飛んでくるよ!」


「変な鳥……って!マズい、あれ、船ノ国の小型船よ!!!」


信じられない気持ちでエイメルさんの声を聞きながら、メルちゃんが指差す方を振り返る。


空から、鉄でできた鳥のような船が、真っ直ぐに私に向かって飛んできていた。


「………毒の霧が、晴れたね」


静かなシルビィ様の声が聞こえる。


見ると、船のすぐ近く、下層部分の毒の霧で途切れている部分がある。


真っ直ぐに、私の方に向かって飛んでくる小型船。その目的など、明らかだった。


脳裏に、リベルトの顔が浮かぶ。


それから、私の人生の大半をともに過ごした、仲の良かった下層の街の人々の顔が浮かぶ。


「――――私、行きます」


「は!?ちょっと、待ってよ!!リベルトはどうするのよ!!」


エイメルさんが悲鳴のような悲痛な声を上げる。その声に、胸が張り裂けそうになる。


「――っ、伝えて、下さい」


服の中に隠した、リベルトの鱗をギュッと抱きしめるように握る。


「下層のみんなを助けに行く、だから――」


零れ落ちる涙をギュッと拭いた。


「信じて――いつか、迎えに来て、って」


「……っ、せめて、これ、持っていって」


エイメルさんは、ほんの一瞬考える素振りを見せてから、髪の毛を抜くような仕草をした。その手には、燃えるような赤い羽根が握られていた。


「これは……?」


「見る人が見ればわかるわ」


「エイメルちゃん、早く!!」


近づく船から隠れるように、ここに来たときに通った岩の隙間にメルちゃんが逃げ込み、エイメルさんを手招きしている。


「……早く、逃げてください」


「…………絶対、リベルトを裏切らないで」


「絶対、裏切りません。……どれだけ片思いしてきたと思ってるんですか」


「私のほうが長いわ」


「私のほうが思いは強いです」

「エイメルちゃん!!」


船が、ぐんと近くに迫ってきた。そろそろ、時間がない。


「エイメルさん、できるだけ見つからないところまで逃げてください。もしかしたら――あの小型船には、殺人鬼が乗ってるかもしれませんから」


エイメルさんが、はっと息を飲んだ。


私は船に向き直り、覚悟を決めた。


修理コードの秘密を知る私を、迅速に迎えに来た誰か。


それが、純粋に私を助けに来た可能性は、どれぐらいなのだろうか。


「……行きます。エイメルさん、羽、ありがとうございました!」


「モネ!!」


私は街やエイメルさんたちから遠ざかるようにバッと走り出した。草原は黄金の海のようで、風に波打つ草の水面が美しく、そして私の身体を絡め取っていく。


泳ぐように、足を踏み出して。


街から遠ざかる身体が、引き裂かれるようで。


どうしてもリベルトの顔が、頭から離れなくて、涙が溢れる。


ヴーンという小型船の音が近づく。はぁはぁと切れる息の音がかき消されそうになって。私は草に足を取られて、草の海の中に倒れ込んだ。小型船の陰が私の上にかかる。


『――――モネ!!』


ハッとして、聞き覚えのある機械を通した声の方を見上げた。


その小型船の拡声器から聞こえた声は、久しぶりに聞く、幼馴染みのジャンティの声だった。


読んでいただいてありがとうございました!


ついに!この時が来てしまいました...!

「待ってここでジャンティ出てくんの!?」とビックリしてくれた神読者様も(ジャンティのこと覚えてくれていてありがとうございます!※一話目に出てきます)、

「ふはははは、人がごみのようだ!!!」と謎の石を手に持つマネをしたお友達になれそうなあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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