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1-14 異世界

  ボートが着いた向こう岸。湖畔の先にあったのは、船着き場……では無くて。


 私はその幻想的な光景を、呆けた顔で見渡していた。


「えっ、何、ここ………」


「街だよ」


「街!?」


 柔らかな緑の絨毯に、穏やかに流れる美しい小川。大きく口を開けた半分洞窟のような巨大なその空間には、木漏れ日が降り注いでいる。鉱石が煌めく天井からは、風にそよぐ深緑のカーテンが風に揺れ、岩から付き出す不思議な木の枝は赤い実をつけていた。


 その美しい巨大な空間には、可愛らしい家が建っていたり、洞窟の壁のような場所にはドアがあったり……そしてその間には水路があって。リベルトが漕ぐボートが、ちゃぷちゃぷとその水路を進む。


「すごい……こんなところに街をつくるなんて」


「俺たちの祖先が、最初に連結者から逃げて暮らし始めたのが、この場所だったらしいよ」


「連結者から逃げて……?」


「昔からあった建物は、殆ど破壊されたんだって。だから、風雨を凌ぎやすいここに逃げてきたって、長老が言ってた」


「へぇ……すごいね。なんだか、物語の中の景色みたい」


「…………」


 リベルトはそれには答えず、ボートを川岸につけると、私を岸へと下ろした。


「えぇと?」


「ここ、長老の家」


「長老!?」


「あ!お兄ちゃん!」


 目の前にある白くて美しい建物の中から、メルちゃんが満面の笑みでこちらにかけてきた。


「お姉ちゃんいらっしゃい!この街はどう?」


「すっっごく綺麗!」


「でしょう!!」


 嬉しそうなメルちゃんは、私の手をぐいぐい引っ張って建物の方へ連れて行く。


「ほらほら、早く早く!」


「えぇと?」


「待ってメル」


 リベルトがパシッと私の手を掴んで引き止める。メルちゃんがキョトンとした顔でリベルトを見上げた。


「メル、あっちの空に七色オウムが飛んでる」


「えっ嘘!!?どこ!?」


 七色のオウム!?と私も目を輝かせてそちらを見ようとして――グイッと頭を引き寄せられた。


 ちゅ、と軽く唇が重なる。びっくりしてリベルトの顔を見ると、リベルトはいたずらっぽく……でも、嬉しそうに目を細めた。


「10時のおやつの分」


「っうぇ!?」


「っふ、モネって、ほんと面白い顔するよね」


 確かに朝昼晩は頂いていますが、おやつは初めてではないだろうか。というか、軽く触れるだけじゃ意味ないんじゃ……?


 そう首をひねったところで、リベルトが、ほんとバカだよね、と私の頬を優しく撫でて………はっと気が付いて一気に体温が上がった。


 そう、これは、生きるためじゃなくて、恋人同士だからするやつ――


「オウムいないよ!!?」


「あー飛んでいっちゃったかも」


「お兄ちゃんズルい!!!」


 メルちゃんの怒りっぷりに、はっと現実に引き戻された。オウム……見たかった。


「……モネ、もしかして、オウム探してる?」


「もちろんよ!私も見たいし七色のオウム!」


「……モネ……クソかわいいな」


「!??」


「わー!!らぶらぶだ!!!」


 甘いし恥ずかしいしオウム見たいしで、私の心は大混乱中だ。なおも甘いリベルトの表情が更に私の心の乱れを加速させる。


 えっどうしよう……リベルトがご機嫌過ぎるんだけど……と思っていたところで、美しい声が聞こえてきた。


「へぇ……リベルトがねぇ。いつの間にか大きくなったもんだ」


「シルビィ様!」


 メルちゃんが嬉しそうに駆けていく。振り返ると、真っ白な長い髪の、背の高い、男女とも分からない美しい人が立っていた。いや、立っているというか………足がない。代わりに、リベルトの尻尾のような、滑らかな白い鱗に包まれた長いものがついていた。


「あぁ、びっくりしたかい?私はね、蛇種なんだ。怖かったら人型になるけど」


「あっいえ、大丈夫です。すごく綺麗な白だなと思って」


「おや、自慢の鱗を褒めてくれるとは嬉しいねぇ。でも……ちょっと発言には気をつけな?」


 え、と声が出るより先に、シュルっと尻尾が巻き付いてきて、ぐっと引き寄せられた。見上げると、真顔のリベルトが私を見下ろしていた。……何か圧を感じる。


「えぇと……?」


「俺の鱗は?」


「おれのうろこ?」


「白い方が良かった?」


「えぇ!?」


 助けを求めてシルビィ様とメルちゃんを見ると、二人はただただニヤニヤしながらこっちを見ている。なにこれ、どういう状態?


 再び視線を戻すと、リベルトはなんだか捨てられた子犬のような顔をしていた。そんなに鱗を褒めてもらいたいのかな……?


「リベルトの鱗も綺麗だよ?」


「ほんとに?」


 なんの確認だ。何をこだわってるのか分からないけど……改めてお腹に巻き付いているリベルトの尻尾の鱗を見る。黒に近い深い青色は、陽の光が当たると、中に小さな星が煌めいているように輝き美しい。撫でると、つるりと滑らかで。そして、いつもの優しい感触と温かさだ。


「……なんか、安心する」


「安心……」


「それから、星空みたいだよね。陽の光が当たると」


「星空」


「リベルトの鱗って感じ」


「…………安心する、星空みたいな、俺の鱗?」


 繋げてみると随分ロマンチックだ。思わず笑ってしまったが、その通りだと頷く。


「そうだね。でも、なんで?」


「……いや、大丈夫」


 フィ、とリベルトは顔をそらし……そして、いつものように尻尾くんが私のお腹をキュッと締め付けた。


「はは、いやぁ、長生きしてみるもんだね。いいものが見れた」


「見んなジジィ」


「怖いなぁ」


 シルビィ様はクスクス笑うと、首を傾げた。


「で、そろそろ協議の時間だけど。大丈夫?」


「っと、あぶね、行きます」


 はっとしたリベルトは、ソロソロと尻尾を離すと、なんだか寂しそうな顔で私の頭を撫でた。


「協議、行ってくる。モネはここで待ってて。昼までには戻るから」


「分かった、いってらっしゃい!」


「……浮気すんなよ?」


「………………は!?」


 突然何を言うとかと目を白黒させると、リベルトはギラリとした目で再び言った。


「浮気するなよ?」


「っか、カシコマリマシタ」


「絶対だぞ」


「モチロンデス」


「ほらほら、遅刻するよ?」


 シルビィ様にしょうがないなぁと追い立てられながら、リベルトは渋々協議とやらに向かって行った。


「……どうしたんだろうリベルト」


「竜種は面倒くさいからねぇ」


「面倒くさい……?」


 首を傾げてシルビィ様を見ると、シルビィ様は嬉しそうに私を見下ろした。


「どうせリベルトは大した説明もしてないんだろう?色々教えてあげるよ。ついでに僕の話し相手になってね。ほら、立ち話もなんだから」


 そう言うとシルビィ様は私を連れて、神殿のような白い建物に入った。室内も白くてひんやり冷たいなめからな石で覆われていて、清浄で美しい空間になっていた。


「綺麗だろう?自慢の神殿兼我が家だからね」


「あれ……?ここって、長老様の家なんじゃないんですか?」


「そうだよ?」


 話が噛み合わず首を傾げる。すると、ちょこちょこと私の横を歩いていたメルちゃんが、クイクイと私の服を引っ張った。


「モネお姉ちゃん。シルビィ様が長老様だよ?」


「え!??若いよ!?」


 驚愕の顔でシルビィ様を見ると、シルビィ様は一瞬きょとんとしたのち、ケラケラと笑った。


「あぁ、そうかそうか。長らく誰にも疑問に思われなかったから忘れてたよ。僕は不老なんだ。不死じゃないんだけどね。今170歳ぐらいだよ、確か」


「えええ!??」


「いいリアクションだなぁ。うん、楽しい」


 なんだかウキウキした様子のシルビィ様は、私に美しい白い椅子を進めると、自分もテーブルの向こう側に座った。テーブルの上には、ホカホカのお茶と、クッキーがある。メルちゃんが顔を輝かせて、いただきま~すとクッキーを頬張った。


「で、竜種についてだけど。そもそも、異形が何なのか聞いたかな?モネは船の国の人間だから知らないよね?」


「えぇと……異界の異分子を取り込んだのが異形だと、リベルトには聞いています」


 シルビィ様はなるほどと優しく目を細めると、一口お茶を飲んで、過去を思い出すように遠い目をした。


「正確には、『異世界』の異分子を身体に取り込んで新しい生物に進化したのが、異形だよ」


「その……リベルトも前口走っていましたが、『異界』と『異世界』って何か違うんですか?」


「そうだね。それを説明するには、ひとつ昔話をしないといけない」


 シルビィ様は、そう言うと一つ一つ振り返るように昔話を語りだした。



 *******



 その昔、キカイと人々はバランスを保ち共存していた。とうの昔にキカイたちは人の知能を超えていて、徐々に人の意思とは無関係に進化し、結びつき、生まれ変わり始めていた。


 ある時、キカイ達は自分たちを生み出してくれた人々を『存続』させるために、ある結論を出した。


 ヒトを切り離し、遥か上空で保護する。これにより地上の環境を保全し、多様な生物を維持し、『理想』とされる環境を実現する。そうでなければ、度重なる環境の悪化で、ヒトはいずれ死滅するだろう。


 だから、大切なヒトを環境から切り離し、特殊な環境で保護しよう――迅速に環境を改善するために、地上にいるヒトは、消去して。


 多くの人はキカイ達に追われるように、空へと飛び立つ船に乗った。


「それが……船の国ですか?」


「そうだね。初めはもっと小さかったけど……随分と大きくなった」


 シルビィ様はゆったりと頷いた。


「沢山の人が空へと追い立てられたよ。なんせ地上にいると消去されるからね。あの頃にはモネ達とは違う船も沢山あった。」


「違う船も!?」


「そう、あの頃はね……そして、地上に残ることを選んだ人々もいた。その地上に無理矢理残ったのが、私達だ」


 シルビィ様は懐かしむようにそう言った。不思議な気持ちでシルビィ様に話の続きを促す。


「地上に残った人達は……船に、乗れなかったんですか?」


「いや?その頃にはたくさんの船があったからね。今でも小型船が残っているぐらいだから。ザッカスやリベルト達は、その古い船を改造して船の国に行ってるんだ」


「あ、そうか……」


 確かに地上の民が船の国にいるのなら、船の国に行く手段も必要だった。


「じゃあ……敢えて地上に残った、っていうことですか?」


「そう――誰でも空へ逃げることはできた。だけど、そもそも『地上から離れて生きるのなんて嫌だ』という人々も多かったんだ」


「地上から、離れて生きるのが、嫌………」


 むしろ地上を知らず船で生きてきた私にとっては、空の環境は当然ではあったのだけど。

 でも。


 雄大な地上の景色を見た今は、少し、その気持ちがわかる。


「それで……死を覚悟して地上に残って、キカイ達に異形にされたんですか?」


「いや、私達は自ら進んで異形になったんだ」


 クスクスと笑うシルビィ様は、なんだか若い、いたずらっぽい表情をしていた。


「『異界』じゃなくて、『異世界』と言っただろう?それがこのポイントだ。あの頃はキカイ達は地上に残った『ヒトと見なした生き物』を殺し始めた。それを逃れるためにヒトは色んなことを試したんだけど……そこで面白いことを考えた奴が現れた」


「面白いこと……?」


「そう。キカイにヒトと認識されないように、全然違う生き物を自分に混ぜることを思いついたんだけど……その元となる生き物を、架空の――人々が空想した、『異世界』の生き物に設定したんだ」


 ニヤリと笑ったシルビィ様は、神殿の美しい壁を背景になんだか神々しい姿で。確かにそれは、物語の中のような姿だった。


読んでいただいてありがとうございました!


シルビィ様の説明会が始まりました!!次回でサクッと終わるんで少々お付き合いください!!

「なるほどそういう感じか...?」と納得してくださった神読者様も、

「えっそれで七色のオウムはどこに?」とまだオウムを探してくれているピュアな素敵読者様も、

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また遊びに来てください!

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