1-13 ボート
…………で。
あの後、一緒に寝るか寝ないかで一悶着があった。
「やっぱり私が子供っぽいから何もしないんでしょう!!」と拗ねた私に、リベルトは「ただ自制してるだけで、何かする気があるならモネがどこで寝てようと襲うから、ベットもソファーも関係ない」と、とんでもない暴論を展開。
更には「そんなに言うなら襲ってやろうか」と怪しい雰囲気を醸し出し始めたので、私は必死で「抱きまくらにしてください!!」と謎の提案をして……
そしてご機嫌になったリベルトと、いつものように眠ったのだった。
そして、朝になったわけだが。
腕にも足にも尻尾にも絡まられた私は、身動きが取れない状態で目を覚ました。
シェルターとは違う、柔らかな枕とベッド。カーテンの隙間からこぼれ出る朝日。明らかに自分のものじゃない、男の人が……リベルトが選んだ深い青色のカーテンと、ダークブラウンのサイドテーブル、ちょっと乱雑に椅子にひっかかった大きな上着。
一晩経って、冷静になって、改めて振り返ると。
……信じられない。あれは夢だろうか。
恐る恐る隣で眠るリベルトの顔を見る。
スヤスヤと眠るその少しあどけない顔が、とても愛おしいのは、変わらないのだけど。
――好きだよ、モネ
「っっひゃあぁぁぁぁ」
腕の中で身悶える。
本当に?夢では??本当だろうか??あれ。
「……んん……モネ?」
「っは、おは、おはよ」
「ん…………」
リベルトがぎゅぅぅ、と私を抱きしめた。それから、ふと思いついたようにほっぺにちゅっとして、それから嬉しそうに笑って。今度は唇に触れるだけのキスが降ってきた。
「モネうまい……」
「う、うま……?」
「なんか全部柔らかくて、甘い」
「しょ、食糧じゃないからね!?ほんとに齧ったりはしないでね!?」
「……一応努力はする」
「!!???」
やっぱり竜種って!?と震えていると、リベルトは眠そうに目を薄く開くと、いたずらっぽく笑った。
「モネがキスしてくれんなら食べない」
「っうぇ!?」
「俺のことが大好きなんでしょ?」
リベルトは今度は少し拗ねたようにもぞりと動いた。
「……俺からばっかりって、おかしいと思わない?モネ、ズルいだろ。ちがう?」
「ち……がわ、ない……?」
「……じゃあ、お願い」
薄目を開けたリベルトの目は眠気が覚めてきたのか、今度はしっかりと力を宿しているように感じた。その目が気になって、なんだか身動きが取れない。少しして、絡まる尻尾が、私の背中をさらさらと撫でた。
「…………齧るよ?」
「っします!!しますから!!!」
しびれを切らしたリベルトの様子が怪しくなってきて、ドキドキしながらリベルトの頬に手を添えた。でも、間近で私を見つめるリベルトの視線が気になって、一歩を踏み出せない。
キ、キスって……どんな強さでしたらいいんだろう。口は?尖らせるのかな、そのまま真横に結んだまま?手の位置は?それから……顔って、ちょっとずらすの?鼻ぶつかっちゃう、よね?
「……モネは、大人の女なんだろ?」
その言葉にハッとして、リベルトと再び視線を合わす。リベルトは、私の頬に手を伸ばすと、熱っぽい表情で私を見つめた。
「…………してよ」
思考を、昨日やってきた美女のエイメルさんの姿が掠める。私のことを、かわいいって、『女』じゃないって。でも、リベルトは、モネは子供じゃないって、しっかり伝えていた。
「なんだよ、やっぱり子供か子豚――――」
からかい始めたリベルトの口を自分ので塞ぐ。ちょっと震えてるのがバレたくなくて、ギュッと押し付ける。
……これで、いいんだろうか。不安になって、唇を離して、リベルトの顔を見る。なんとも言えない、呆けた顔。やっぱり、何かおかしいのかも。でも、諦めるわけにはいかない。ワンアトライだ!!
何をどうしたらいいかわからなくて、ちょっと顔の向き変えてみたり、口を尖らせてみたり、真一文字に結んでみたり。ちゅっと音を鳴らしてみたけど、やっぱりリベルトの表情は変わらなくて。
そこで、はっと気づいた。あれか!!子供じゃないんだから!大人のやつ!!!
そうして更にワンモアトライした私の肩を、リベルトは突然ガシッと掴んだ。えっと思ったら、ぼすん、と私の背がベッドに沈んでいて。見上げると、私に覆いかぶさるリベルトは、なんだかギラギラとした熱を宿した目をしていた。
「分かってんの?」
「!?」
「俺別に紳士でも何でもないからね?」
「!!?」
「ただ……モネが、大切なだけだ」
そういうと、リベルトは何だか少し苦しそうな、でも熱っぽい表情で、ゆっくり顔を近づけてきて…………
クゥ~と、私のお腹が鳴った。
ドサリと、力が抜けたようにリベルトが私の上に落ちてきて。……ぷるぷると震えだした。
「………………子供……かもしれない……」
絶望の中、私は諦めたように呟いた。
「はー……まじで、笑い死ぬかと思った。息できなかった」
ニヤニヤと笑うリベルトを睨みつける。
「しょうがないじゃん……生理現象だもん」
山盛りの朝ごはんの後。むくれる私は、乾いた自分の服を着て、リベルトと一緒に近くの船着き場に向かっている。
船着き場と言っても、リベルトだけが使う、小さな板が浮かんだだけの簡素な場所だった。そこには、可愛らしい二艘の小舟があった。木をくり抜いたような小舟は、片方は古びていて、もう片方は真新しい。もしかして、今日のためにわざわざ作ってくれたんだろうか。
「リベルト……これ、どうやって動かすの?」
「ん?あぁ、オールって、あの横に付いてるやつで漕ぐんだよ」
「なるほど……私、できるかなぁ……」
「は?いや、モネは――」
「リベルトー!!」
その声にはっと顔を上げて振り返る。朝日の中、キラキラと羽のように美しい赤いロングヘアをなびかせたエイメルさんが、ドラマティックな身のこなしでこちらに向かっていた。
「おはよう!約束通り、ボートに乗せてもらいにきたよ?」
「……準備できてるよ」
「やったぁ!」
満面の笑顔のエイメルさんは、次いで黙ったままのリベルトを見て、はたと動きを止めた。
「エイメル」
リベルトの声は、静かで、でも有無を言わせないような重さを持っていた。
「俺には、もうモネしかいないから」
「え…………」
エイメルさんが、驚愕の顔で私の方を見た。そして私の目を、食い入るように、穴が空くほど見つめられる。
「あ、あの」
「……嘘でしょう?だって、まだ」
「行こうモネ」
ぐい、と引っ張られて、抱き上げられてボートに乗せられる。私が新しい方のボートを漕ぐのかと思ったら、古い方にリベルトと二人乗りだった。
ちゃぷちゃぷとボートが進む。エイメルさんは、岸でそんな私たちを呆然と見ていた。
「リベルト、エイメルさんは……」
「あいつはボート乗らなくても向こう岸ぐらいまでなら飛べるから」
「……飛べ?」
何の話か分からないまま、再びエイメルさんの方を見る。湖畔に佇むその姿が、寂しそうで、でもとても綺麗で、何だか泣きたくなってきた。
ちゃぷちゃぷと水を掻き分けて進むボートの音が、静かな水面に響く。
「モネ」
はっとしてリベルトの方を見る。リベルトは、オールからそっと手を離すと、真面目な顔で私の手を取った。
「俺はもう、モネしか好きにならない」
甘い甘い言葉なはずなのに、妙に重く響く言葉。真っ直ぐ私を見つめるその目は、迷いのない、澄んだ深い青色をしている。
「誰が俺に言い寄っても、モネが嫌だって言っても、もう一生、死ぬまで変わらない。それだけは……覚えておいて」
握られた少し硬いその手から、リベルトの熱が私にうつって、ふるりと身体が芯から熱くなる。でも、なんて言って返したらいいかわからなくて。代わりにリベルトの手をぎゅっと握り返して、頷いた。
リベルトは、嬉しそうにふっと笑うと、また手を離してボートを漕ぎ出した。
ちゃぷちゃぷと透明な湖面を滑るボートは、まるで青い鏡の上を進んでいるようだった。
読んでいただいてありがとうございました!
リベルトはもう後戻りはできません...
「待って待って、何かフラグが立ったような...」と慌て始めたあなたも、
「エイメルちゃんちょっと切ない(;ω;)」と思ってくださった優しいあなたも、
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