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1-11 湖畔の家

「すごい!鏡みたい!!」


「今日は特に綺麗だな」


 数日後。私達は湖畔に佇んでいた。広い広い湖は陽の光を吸い込むように静かで、向こう岸に輪のように広がる森と山、そして青い空と白い雲が、鏡のように水面に写り込んでいた。ほんのり冷たい爽やかな空気が気持ちいい。


 各里の長と呼ばれる異形の民の代表者達が集まり、これからのことを決める、協議。長らく協議すべきこともなく行われていなかったそうだけど。異形の民が船の国と積極的に関わり、交流を持つことについて、協議が行われることになった。それで、私達は協議が行われる場所に近い、この湖畔へとやってきたというわけだ。


「協議をする場所はこの湖の向こう側なんだね?」


「そう。こっち側からだと少し離れてるけど、ボート漕いだら割と近いよ」


「ボート!!!乗りたい!!!」


「明日な」


 何だか機嫌がいいリベルトと一緒に、湖が見える明るい森を進む。木々の合間から柔らかな日が差し込み、瑞々しい低木や草花が生き生きと育っている。


「あ!あれ、この間食べたのと同じ酸っぱい実じゃない!?」


「あぁ……これはね」


 リベルトがぴょんと飛び上がって、器用に太い枝につかまりながら、赤い実をいくつか採ってくれた。


「食べる?」


「酸っぱいんでしょ!?」


「さぁどうかな」


 タイミング良く開いていた口に一粒突っ込まれる。


「……甘い!?」


「そう。すごい甘いんだ、これは」


「同じに見えるけど!?」


 リベルトは可笑しそうに、また一粒私の口に放り込んだ。素直に噛み込む。


「すっっっっっっぱ!!!!!ちょっと!!どういうことよ!?」


「っふは、変な顔」


「っっすっぱすぎて!目が!開かない!!」


「どうやったらそんな顔になんだよ」


「リベルトも食べたらいいのよ!!」


 赤い実を奪ってリベルトの口に突っ込んでやろうとしたけれど、ヒョイと逃げられる。悔しい。全然捕まらない。


「くそぅ」


「っふ、ほんと、チビ」


「っさいわね!!!」


「かわいい」


「……っは!?」


 なにか聞こえた気がする。聞き間違いか?と思ってリベルトをまじまじと見る。リベルトは、上機嫌な顔のまま、赤い実を差し出した。


「さて、どれが甘い?」


「えっっ混ざってるの?」


「よく見なよ」


 じぃ、とリベルトの竜種の手の上に乗る、赤い実を見つめる。


「………ヘタの色が違う!!」


「正解」


 緑色のヘタと、茶色になったヘタ。これは、きっと緑色のが酸っぱいんだろう。私はニヤリと笑うと、サッと緑色の実を摘んで、リベルトの口に放り込んだ。


「どうだ!酸っぱいだろう!!」


「……あまい」


「えぇ!?」


 まさか逆のパターンか?今度は茶色のヘタの方を摘んでリベルトの口に入れる。リベルトは素直に口を開いて、私の手から赤い実をパクっと食べた。


「今度こそ……?」


「ん……あまいよ」


「うそ!」


 まさか茶色と緑の2色ではない……?いや、明らかに2色の違いだと思うけど。まさか、私と竜種のリベルトだと、見えている世界が違うのだろうか。


 悩んでいると、くるりとリベルトの尻尾が私の足に巻き付いてきた。尻尾か………確かに鱗や尻尾があるんだし、目の構造が違う可能性もある。


 少し悩んで、もう一粒リベルトの口に入れる。


「これは……?」


「うん……あまい」


「じゃあ、これは?」


「あまいよ」


「えぇー!?」


 悔しくて、また新しい実をリベルトの口に入れようとして。リベルトは、私の指先ごと、ぱく、と赤い実を食べた。


「ひゃあ!」


「……すごい、あまい」


「っっ私は!食糧じゃないからね!?」


「そうだっけ?」


「やめて!!」


 上機嫌のリベルトが、無邪気に笑って。私は思わず、ぽっ、と赤くなってしまうのだった。


 湖がキラキラと光って見える、明るい森の中。赤い実を食べさせ合う私達は、多分、すごく幸せなんじゃないだろうか。


 なんとなく気恥ずかしくなって、話題を変える。


「今日はどこにシェルター張るの?」


「あぁ、今日はね、張らない」


「……張らない?」


 リベルトは何か意味深に笑うと、私の手を引いて歩き出した。


 怪我をしている私の足を気遣ってか、かなりゆっくり歩くのが、妙に距離感を意識させられてドキドキとしてしまう。


 ……リベルトは、ペットの子豚を散歩させてるような気持ちなのかもしれないけど。


 リードを引かれる子豚の気持ちを頭に必死に思い描く。


 今期待したら、ものすごく、傷付いてしまいそうで。でもやっぱり、今この時の、この幸せをしっかり感じたくて。


 リベルトの手を、少しだけ、キュッと握った。



「着いた。ここ」


「……え!?これ、家!?」


「そう。俺んち」


 リベルトに連れられてやってきた湖が綺麗に見渡せるその場所には、瑞々しい緑に囲まれるように、木の丸太で作られた小さな家が立っていた。


 少しだけ不揃いな、あたたかな木のぬくもりがある家。


 壁の木と少し色の違う赤っぽい木で作られたドアに、滑らかな枝でできたドアノブ。ドアと同じ色の、赤っぽい色合いの木の三角の屋根。家の前には可愛らしい切り株と、気持ちの良さそうな揺り椅子が置いてある。


「っすごい!!かわいい!!図鑑で見たまんまの家!!」


「あぁ、そっか。船には家ないもんな」


「そうよ!あるわけ無いじゃん!!えっ、これ、中に入れるの!?」


「当然」


 リベルトが開けてくれた扉から中に入る。木の香りがする家の中はシンプルな作りで、木のテーブルと椅子にカウンターキッチン、壁際に二階へと続く階段と、物置やトイレがあった。窓にかかる夜用のカーテンと柔らかそうな一人がけのソファーは深い青色で、リベルトの色だな、と思った。


 荷物をドサリと下ろしたリベルトは、う~んと背伸びをした。


「久々の我が家、最高だけど、ちょっと埃っぽいな」


「そう?」


「一年ぶりだし」


 そうか、ここ一年は、リベルトは私と船の国にいたんだった。その前は……ここで暮らしていたのか。なんだか不思議な気持ちになって、リベルトの家を見渡す。


「よし、まだ日も高いし、洗濯も兼ねて湖に行こう」


「洗濯も兼ねて?」


「そう」


 そう言うとリベルトは私を連れて湖へ下りた。爽やかな湖は恐ろしいほど澄んでいて、キラキラと陽の光を反射している。


「じゃあ入るか」


「いや待って」


 私の手を引くリベルトの手を逆に引っ張って止める。


「この服のまま!?あと寒くない!?」


「まぁ……ちょっと寒いけど、綺麗になるよ?」


「綺麗になる!?石鹸とかないけど!」


「あぁ……そっか」


 リベルトは引く手の力を少し緩めると、湖の方に視線をやった。


「この湖には、キカイが溶けてるんだ」


「………キカイが?」


「そう。人が生み出した汚れは分解したり何かに変えて水質を綺麗に維持するようになってる」


「え!?なにそれ!?」


「……連結者は、今でもインプットされた通りに、綺麗な世界を目指してるんだよ」


 リベルトは少しさみしげに笑うと、また私の手を引いた。


「とりあえず、生き物を殺すようなキカイじゃないから。何日も野宿して埃っぽいだろ。ちょっと冷たいけどがまんがまん」


 そうしてズルズルと湖の中に引きずり込まれる。


「っ冷た………い………?」


「案外平気でしょ?水温少し高いんだよ、この湖」


 じゃぶん、と膝まで浸かる。ぬるい湖の水が足の間でゆらゆらと揺れる。


 顔をあげると、澄んだ湖面が広がっていた。向こう側には緑の山と森と、爽やかな空。


「……気持ちいい」


「だろ?」


 ざぶん、と仰向けに泳ぐリベルトも、すごく気持ちよさそうだ。


 私も少し手を水につけてみる。


「肩まで浸かっても……寒くないかな……」


 ゆらゆらと手を動かしながら悩んでいたら、じゃぶん!と頭から水が降ってきた。


「ひゃあ!!」


「っはは、どんくさ」


「酷すぎる!!!」


「さっさと入んなよ」


 キュッと手を引かれて水の中に引きずり込まれ、ばしゃんと頭まで浸かる。


「んぐふっ!ちょ、ちょっと!鼻に水入った!!」


「今のでどうやったらそんな事になんの」


「〜〜〜っ、こういう事よ!!」


 私も思いっきりリベルトの顔に水をかける。


 ここは背の低さが生きた。水面に近い私の手から、大量の水がリベルトの顔にクリーンヒットする。


「っぶ、ちょ、目に入った」


「ほらね!!」


「ほらねじゃない」


「ギャー!!」


 リベルトの手から水鉄砲が飛んで。応戦するようにまためちゃくちゃに水を掬ってはかけて。暫くそうやって戦っている間に、私の身体で濡れていないところはなくなった。


「はぁ、はぁ、き、きれいに、なった?」


「ったぶん……でも、ちょっと浮かんでごらんよ。気持ちいいから」


「あぁ〜〜ほんとだ〜〜」


 ぷかりと水面に浮かぶ。ゆらゆらと揺れる水面と、視界いっぱいに広がる青い空。チカチカと毒の霧が太陽の光を反射している。


 ぼんやり空を見上げる。


 お日様が、真上から少し傾いたところだった。


「……ごめん、お昼、過ぎてたね」


 ちゃぷ、と音を鳴らして、リベルトが立ち上がった。


「え!?あ、そ、そうだね」


 確かにお昼の異分子摂取の時間だった。もはや定番と化した行事だけど。でも、やっぱり、気持ちをどう持っていったらいいか分からない。少し挙動不審になりながらも、私もちゃぷんと立ち上がった。


 見ると、リベルトは濡れた髪をかき上げているところだった。おでこが少し出た、見慣れない髪型。ポタポタと頬に落ちる水滴。


 その様子に、どきりと心臓が跳ねて、何も言えなくなる。


 そっと合わさった視線は、湖が移す空の青と、同じ色だった。透明な、でも絡まるような視線に、身動きが取れない。


 ちゃぷんと、私の前に立ったリベルトの、濡れたすらりとした喉仏が、何故か上下に揺れた気がして。それから、リベルトの手が持ち上がって、私の顔にかかった赤い髪の毛を、そっと掴んだ。そして、するりと私の耳にかけた。


「――あ、の……」


「……昼の分ね」


 私の耳元まで持ち上がったリベルトの手は、そのまま私の濡れた後ろ髪に差し入れられて。ぐっと支えられて、でも何故かいつもよりゆっくりと、唇が重なった。


 それは、いつもと同じ、食べるような、何か作業のようなものだったけど。湖に身体が冷えていたからか、いつもよりずっと、熱く感じた。


読んでいただいてありがとうございました!


毎回ちゅっちゅしててすみません。。。

「いいぞもっとやれ」と応援してくださった読者様も、

「赤い実ロシアンルーレットしたい」といたずら心がむくむく生まれたあなたも、

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また遊びに来てください!

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