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1-10 提案

「――ということだ、モネ」


 リベルトと同じように鱗と尻尾が生えた――竜種と呼ばれる姿になったザッカスさんは、すべてを話し終えると私の目をじっと見た。


 きっと、私の反応や真意を探っているんだろう。


 地上の異形の民の存在を、船の国の人々へ知らせ、新しい関係を築く。


 それが、ザッカスさんの提案だった。


 毒の霧が晴れれば、私の生存が船の人々に知られることになる。そうなれば、なぜ私が生きているのかと騒ぎになり、地上探索班の誰かが私を迎えに来るはずだ。


 そして、なぜ生きているのかと、問われることになる。


 真実を話せば、これまで船の国の人々にほとんど知られることがなかった、異形の人々についても言及が必要だった。


 船の国の人間達に恐れられている、異形。


 その真実を知った時、それは受け入れられるのか。私達は、良い関係を、築けるのか。


「いずれ俺たち異形の民の存在は船の国の人間達にも知られることになる。船の国では公になってはいないが、少しずつ船の国の人間が地上に降り始めた今、それは時間の問題だ。そんな今こそ、俺は、モネがこうして今地上に降り立ち、俺たち異形と一緒にいる事がチャンスだと思っている。……まだ、どんなやり方がいいのか分からない。でもまずは、モネが俺たちと協力する気があるか、それを聞きたい」


 ザッカスさんは、真面目な顔で、とても真剣に、私に問いかけた。そして、私は答えた。


「わかりました。ぜひ協力させて下さい」


「回答早いな!?」


「えっ悩む要素ありました?」


 拍子抜けしたような気の抜けた顔で、ザッカスさんはパチパチと瞬きをした。ちょっとかわいい。


「モネ……リベルトのおかげかもしれんが……お前、異形に全然抵抗ないな?割と地上のニンゲンでも苦手なやつはいて、人の形でいるやつも多いんだが」


「あー、確かにちょっとビックリはしましたけど、慣れれば平気です。よく仕組みがわからないのですが、手とか目は普通にしてくれてますし、尻尾とかはカワイイですよね。別に獣のようになったりはしないですし……?」


 そう言ってから気が付いた。


「……いや、そんなこと、ない??」


 さっき、リベルトに食べられかけたんだった。ザッカスさんがこんなに真剣に問いかけるということは……まさか、やっぱり、私は食料になりかけているのだろうか。


 恐る恐るリベルトを見る。


「……リベルト、お前何をした」


「いや、何もしてない、はず。……さっき齧ったぐらい」


 齧る!やっぱり!!私はやっぱり、リベルトにとっては、ペット兼食糧の子豚!!!


 今度は恐る恐るザッカスさんを見る。強靭な肉体。明らかに……そう、明らかに、肉食!!!くっっ食われる!!?


「わっっ私は美味しくないです!!そそそそれから、食べるなら子豚ちゃんじゃなくて、もうちょい育てて太らせてからにしましょう!?」


「こぶた?」


「こっ子豚ちゃんは一応今はペットでしょう!?竜種はペットも食べるんですか!?」


「待て待て。話の方向がおかしい」


 ザッカスさんが両手を開いてどうどうと私を落ち着かせる。そして困ったように眉間を揉んだ。ちなみにその膝では、メルちゃんが可笑しそうにケラケラと笑っている。


「あー……まずは言っておくが、俺たちは共食いはしない」


「……子豚は?」


「モネは確かに子豚みたいにかわいいが、本当の豚じゃなくてニンゲンだろう……」


 すると、リベルトが、なんだか怖い顔でザッカスさんを見た。また瞳孔が縦に割れている。


「モネに手を出すな」


「おい待て違う、口説いたわけじゃねぇからな!?女性と豚トークするのって気を遣うんだからな!?」


「いいんです、私、ちゃんと分かってますから……」


「いや、だからな?モネ、そうじゃなくて、子豚というのはかわいいから」


 ザッカスさんが困ったようにフォローを始めると、リベルトが怒ったように私を膝に抱えて尻尾を巻き付けてきた。リベルトの、ぎゅっと抱えてザッカスさんを睨みつけるその仕草にハッとする。


「食糧争い!!?」


「……もういい。とにかく、俺たちはニンゲンは食わない。モネにも手を出さない」


 ザッカスさんは、呆れ顔で笑うと、ヨイショと立ち上がった。


「まぁ……具体的なところは他の里の長とも話さねぇとだし、明日以降詰めよう。今日のところはもう日暮れだし、また明日ここに来るよ」


「あれ、ザッカスさんとメルちゃんはどこに泊まるんですか?」


「近くに寝床作ってあるから。じゃあ、またな」


 ザッカスさんは、後は二人で積もる話でもしな。そうそう、リベルトがおかしくなったら、モネが頭叩いて怒れば治るから………そう言って、メルちゃんと一緒に帰っていった。


 夕暮れ時の森の中。二人が去ったあとの森は静かで、虫の音が響いている。夕日に照らされて、森全体がしっとりとした温かい色に包まれる。


「リベルト?」


 私を膝に乗せて抱き込んだまま、リベルトが固まっている。返事がない。


「おーい、リベルト?」


「……叩いて」


「ん?」


「俺の頭叩いて」


「えぇ?」


 ザッカスさんのご助言通り、何かおかしくなったんだろうか。まさか、子豚ちゃんを食べそうになってたりして……


 それはいかんと、ドキドキしつつもなんとか手を伸ばし、リベルトの頭をポンポンと叩く。


 つるつるの髪の毛。手触りが、気持ちいい。


 叩くのをやめて、撫でてみる。かすかにグルグルという、甘えるような音が聞えた気がして、背後のリベルトを見上げた。


 リベルトは、私の頭の上に顔を寄せて、気持ちよさそうに目を瞑っていた。


「ふふ、気持ちいい?リベルト」


「…………うん」


「頭撫でられると安心するよね」


 私は親に撫でて貰った記憶は、殆ど無いけど。それでも、色んな人が撫でてくれて、ホッとした気持ちになったんだった。遠く、孤児院の記憶が蘇る。


 リベルトが、ぎゅっと私を抱く手に力を入れた。


 私のお腹が、クゥ~〜と鳴った。


「ふぐっ……ごめん……お腹空いちゃって」


 食い意地満点か。はずかし過ぎる。


 絶対リベルトにからかわれる……と思ったのに。リベルトは、ハッとして私を膝から下ろすと、ぱっと立ち上がった。


「ご飯とってくる」


「えっ、あっ、ありがとう」


「何食べたい?」


「えぇと……またあの黄色いフルーツ食べたい、かな?」


「分かった」


 そう言うと、リベルトはあっという間に行ってしまった。



 怒涛のように色んなことが過ぎ去って、広い森の中、一人取り残される。パチパチと爆ぜる焚き火の音と、夕暮れ時の虫の音が響き、遠く川のせせらぎの音が聞こえる。


 静かな森の空気を、スゥ、と吸い込んでみた。


 自分の身体では、生きられないはずの、地上。でも、こんなに『生きている』という心地がするのは、なんでだろう。


 高い木の間に見える空を見上げる。キラキラと、夕暮れの太陽の光を反射する、毒の霧。地上いっぱいに広がる、目に見えない小さなキカイ達。


 それらが全て繋がった連結者は、私達人間を地上に害があるものと判断した、という事なのだろう。


 ただの人である私が生きられるのは、隔離された、遠く空の上にある船の中だけだ。それは、人の手が作った、自然とはかけ離れた場所。キカイに追いやられた人々は、空でキカイに囲まれて生きている。ある意味、私達は、キカイに生かされているのかもしれない。


 自分の手のひらを見る。船の国の人は、生まれた時に必ず、身体の中にキカイを入れる。それは、何かを買うときにも、何かのスイッチを入れる時にも使うものだ。生死もそれで確認できる。その仕組みを考えれば、私の生存に気付いた誰かが迎えに来るというのはきっと間違いないのだろう。


 地上を離れる時が、来るのだろうか。目を瞑ると、サラサラと流れる風が頬を撫でるのがわかる。生命力に溢れる、緑の香り。足の裏に感じる、土の柔らかな感触。


 できれば、この地上で生きてみたい。


 自然とそんな気持ちが湧き上がるのは、おかしい事なのだろうか。


 私も、リベルトと同じようになれたらいいのにな。


 私は寂しい気持ちを誤魔化すように、パチリと音を鳴らす焚き火の炎の中に、小枝を一つ、投げ込んだ。


「モネ?」


「あ、リベルト。おかえり……って、そんなに採ってきたの!?」


「……モネ、これ好きなんだと思って」


 確かに美味しかったけど。目の前には私の顔ほどの大きさの巨大なフルーツが5、6個。きまりが悪そうなリベルトは、いつの間にか準備していたお肉を焚き火にかけつつ、私をまた膝に載せた。


「……食べる?」


「ふふ、うん。採ってきてくれてありがとう、リベルト」


「おう」


 また視界の端で尻尾がピコピコと動いている。なんだか可愛らしくて、そして、それと同じぐらい、寂しくなった。


 こんな夜を過ごせるのは、あとどのぐらいなんだろう。


「……あのさ、リベルト」


「ん?」


「船の国のみんなと、リベルト達が交流できるようになったら、さ……私また、地上に来れるかな?」


 ぎゅっと手を握る。リベルトにとっては、負担でしかない提案かもしれないけど。


「……っ私、また、リベルトに、会いたい、な……」


 もう、リベルトにも会えず、地上の空気を吸えない船の中だけの未来は、想像したくなかった。柄になく震える声を、無理やり絞り出す。


「だ、誰かに協力してもらえば、また、地上に――」


「ダメだ」


 は、と息が止まる。もう、会えないと言うことだろうか。強い否定の言葉が響いて、胸を突き刺す。血が流れてしまったのではと錯覚するように痛くて、胸をぐっと抑えた。張り裂けそうに、辛くて。ぎり、と噛んだ唇の痛みのせいなのか、視界が滲む。


 ふいに、空気が動いて。あ、と思ったときには、顎を掴まれ、上を向かされていた。


 リベルトの青い瞳は、燃えるような熱を持っていた。


「…………他の奴の異分子なんて、許すな」


「ゆるす、な……?」


「……モネは、俺が迎えに行く」


 そう言うと、リベルトは噛みつくように、夜の分の口付けをした。


読んでいただいてありがとうございました!

もはやリベルトはモネにデレデレです。

「ぜひ迎えに来てくださいー!!!」と胸にハートの矢が刺さってしまったあなたも、

「キャンプしたくなってきた」とうずうずしちゃったキャンパーなあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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