ビル脱出
「あ! 高際さん!」
「高際さん、無事でしたか!」
「あ、ああ、なんとか」
クッソ、墨野ァ!
ちゃっかり合流してやがる。
俺はまだ心臓がバックバックで、全身ガッタガッタに震えてるんだが!
これが一晩中続くとか無理すぎるだろ。
そっちの方が怖いわ。
「二人も大丈夫だったのか? ゾンビがビルの中にも沸いている。ここに居座り続けるのは危険だ」
「あ、は、はい。その、鬼武さんが……」
「一階の、さっきの部屋でこれを見つけたんです」
「……これは」
で、出たー!
主人公鬼武千代花専用兵器!
名前は忘れたが、最初は腕に装備するだけアームカバー状の武器だが、拠点を移動するたびに新たな部位が加わり最終的にパワードスーツになるやつー!
「どうやら武器みたいなんですけど、これで襲ってきたゾンビを倒せました。ただ、サイズ的に私しか装備できないみたいで……」
「そ、そうなのか」
ゲームではここで高際——つまり俺——が千代花に戦うことを提言し、千代花に戦わせながらキャンプ場を脱出しようと言い出す。
というか事実、それ以外手がない。
でも、年若い女の子を前に出して戦わせるのは、この歳になると気が引けるもんだな。
一応ゲーマーとして、俺もなにかできないだろうか?
武器の一つでもあれば、側面を守るくらいはできると思うんだけど……『おわきん』は主人公のパワードスーツしか、まともな武器が出てこないんだよなぁー!
「他にも武器がないか、探してみよう」
「いえ、もう一階は全部探しました。なにもありませんでしたよ」
「それより鬼武さんにゾンビを倒してもらいながら、キャンプ場から出られないかな?」
す、墨野ー!
“高際”の代わりにお前がその提案をするのかぁー!
もしかしてゲーム補正か?
高際って本当にいい憎まれ役だったんだな。
墨野がそれを肩代わりとは。
さっき三階で俺を置き去りにした件と合わせて、ヘイトがパネェぞ。
「私は構いませんよ。でも、ゾンビになった人は本当に元に戻せないんでしょうか?」
「ゾンビといえば動く死体ですからね。そんなものが現実に現れるとは、思いもよりませんけど……」
「そ、そうだよ。そういうのもさ、プロに調べてもらわなきゃ。キャンプ場から出て外に知らせに行くべきだよ。ね?」
「キャンプ場から出るのは、俺も賛成だけど……」
墨野が言うと無性に腹が立つ。
“高際”の代わりになってくれてるのは、感謝すべきなんだろうけど……いや、マッジ腹立つなー!
「女の子に戦わせるのはカッコ悪いし、ゾンビから人間に戻す方法もあるかもしれない。やり過ごしながらキャンプ場の外を目指すのはどうだ?」
と、俺が提案すると真嶋が真っ先に「そうですよね、賛成です」と子犬のような笑顔で見上げてきた。
墨野も「もちろんそれが一番だよな!」となぜかドヤ顔。
なんでお前がドヤ顔ってんだ。
「やり過ごしながら進むのは賛成です。でも、私は戦うの大丈夫ですよ。私が皆さんを守りますから、安心してください」
「!」
そう断言する千代花に、真嶋と墨野が「おお〜」と感嘆の声を漏らす。
そうだった。
鬼武千代花というヒロインは、こういう考え方の女の子なんだった。
ゲームしていた時は気づかなかったけど、肩、少し震えてるじゃん。
開きかけた唇を噛む。
そりゃ、そうだよな。
だって十代の女の子だぞ。
こんな異様な状況で、野郎は役に立たないのばつかり。
いくら戦う術があるのが自分だけって、そんな時に「嫌だ」なんて言えるわけない。
“攻略対象”が、彼女にそう言うように誘導していたんじゃないか。
「……もし、他に戦えそうな武器があったら俺たちも戦おう。みんなで無事にキャンプ場を出よう」
「そ、そうですね! あるといいですね、武器」
「お、おいおい、そんな、ゾンビと戦うような武器がゴロゴロ落ちてるわけないだろ。ゾンビゲームでもあるまいし」
ゾンビゲームだけどな! 『おわきん』は!
乙女ゲームであり、ゾンビゲームだよ!
っていうかお前が言うんじゃねーよ、墨野!
真嶋も賛同しつつ目逸らしたの見たからな!
ったく、どいつもこいつも!
「よし、じゃあ行こう。まずはキャンプ場の入り口まで」
「はい」
「駐車場にある車も、無事だといいんだが」
と、いうことでビルを出てみる。
お、おいおいおいおい。
「オォ、ァア、ぉ、ぁー」
「ゥウゥゥゥゥォ」
「ァァァァァアァァァッ……」
群れ!
ゾンビの群れがキャンプ場入り口への道を塞いでいる!
全部で何匹いるんだ、あれ!?
「遠回りしていこう」
「そ、そうですね! さすがにあんな数と戦うのは、鬼武さんに負担ですよね」
「は、はい」
武器を持ったばかりの千代花だって、十匹……いや、多分隠れてるやつらも合わせれば二十匹ぐらいはいるだろう、ゾンビの群れの相手はきつい。
精神的に、って話だ。