管理棟への道
次の目的地は管理棟。
暗い道、月明かりを頼りに案内所で取ってきたパンフレットの道案内を見ながら道なりに進む。
「ウアアアァ!」
「ぎゃー!」
「任せてください!」
道中飛び出すゾンビを、その都度千代花がぶん殴り、ヘッドショットで地面に沈める。
要するに殺しているのだが、脚を折ったところで這いずって追ってこられる方が怖かったため千代花自身で決断して殺害するようになった。
一連の事件が幕を閉じたら、きっと自首するつもりだろう。
バッドエンドの中に、そういうエンディングもあった。
けれど、あれはもうゾンビだ。
死体が動いているのだ。
……気に病まれるとこっちの心まで痛み出す。
どうかあまり気にしないでほしい。
「はぁ、はぁ、くそ、もう、本当なんなんだよっ。冗談じゃねぇよ……くそ」
さて、早速墨野の精神状態が悪化してきた。
暗い夜道でいつゾンビに襲われるかわからない中、懐中電灯もつけられないとなるとやはり精神的につらいものがある。
夕飯も食いっぱぐれているから、余計イライラしてしまうのだろう。
俺も腹は減ってるから、気持ちはわかる。
でも俺がイラつくのはお前だ、墨野。
さっきビルの三階で置き去りにされたことを、俺はまだ根に持っているからな!
だが、ここで墨野にブチ切れでもなにもいいことはない。
ゲーム内の高際は道中ずっとグチグチ文句を言っていたが、俺は大人なのでそんなことしないぞ。
で、ゲーム内の高際の役目は墨野に移っているらしい。
墨野の愚痴が終わりを見せない。
ウザすぎる。
「腹も減ったし……」
「きっと管理棟に行けばなにか食べ物がありますよ」
「最低でも水は確保したいところだな。変な汗が出て脱水症状にでも陥ったら洒落にならない」
「そうですね」
墨野にはすかさず真嶋がフォローを入れてくれるが、俺は知っている。
管理棟の中にあったショップは、シャッターが降りていて利用できない。
つまり食糧は手に入らないのだ。
しかし、管理棟入ってすぐのところに水が売っている小さな開閉式の冷蔵庫がある。
あそこから四人分のペットボトルの水を頂戴するのだ。
なお、せっかく四人分あるのに、高際と墨野は早々に飲み干すのでこの四人分ってところは後々地獄を招くことになる。
俺は大事に飲むつもりだが、この様子だと墨野はゲーム通りになりそうだな。
しかし、一応裏技的に炊事場の水道で水を出すことができたはずだ。
ゲーム通りで、墨野の様子がこのまま悪い場合は、炊事場に寄るのも致し方ないかもしれない。
ただ、あそこにもそこそこ強いボスがいるからできれば避けたいんだよなぁ。
「あ! 見てください! あれですよ! 管理棟!」
真嶋が指差した先に現れた黒い塊。
月が雲に覆われて不気味にしか見えない巨大な黒い塔こそ、このキャンプ場の管理棟だ。
ふふ、ここに出るゾンビもヤバかったなぁ……うっかり死なないように気をつけよう。
「おい! 鍵を貸せ!」
「は?」
「俺が開けてくる!」
なにに焦っているのか、墨野が俺の肩を掴んで耳元で叫ぶ。
シンプルにうるさっ。
「……ほらよ。ゾンビに気をつけろ、よ」
俺の話など最後まで聞かず、差し出した鍵を奪い取ると真嶋とともに走っていく墨野。
なにをそんなに慌てているんだ?
「どうしたんだ、あいつら」
「お腹が空いているんですよ。私も食事の前だったから……」
「ああ、まあ、俺もだけど……」
千代花が自分のお腹をさする。
確かに。
空腹はよくないよなぁ。
でも、俺はここで食糧が手に入らないのを知っている。
腹がぐう、と鳴るが、明日の昼までは多分なにも食えない。
ぐっ、考えるとつらいな。
考えるな、つらくなる。
ゾンビにいつ襲われるかわからず、食事もままならない極限状態……大人といえど、冷静さを欠くのは当然か。
「食べ物の話はやめておこう。万が一水も食糧もなかった場合のことも考えておかないと」
「高際さんは、本当に冷静ですね……すごいです」
「いや、えーと……あ、そう! 仕事で食事制限とか、することもあるからさ。肌荒れしないように、肉は脂を落としてから食べる、とか」
「わあ……モデルさんってそんなことまでするんですか!」
「そうそう。見た目が商売道具だし?」
嘘は言ってない。
一応厳しい世界なので、高際も努力は欠かしていない。
筋肉が必要な時は食事制限の他にジムに通い、体を鍛えたりもしているようだし。
「だから、もし俺が食べられそうにない食材があったら、千代花ちゃんが代わりに食べてよ」
この極限状態で食べられないモノがあるから代わりに食べて、といえば千代花の食べる分が増える。
食えないのはつらいけど、生き延びるためなら空腹ごとき耐えてみせるぜ!
「……それは、私のためですか?」
「え?」
「こんな時ですから、高際さんもちゃんと食べられる時に食べた方がいいと思います。私に気を遣わないでください」
あ、あれぇー!
は、外した!?
「う、うん、そ、そうだね」
くっ、ダメだったのか。
どうしたらいいんだ……嫌われるのは困る。
見捨てられて死にたくない!
「……でも、お気遣いありがとうございます」
「え、いや……」
機嫌を損ねてしまったぁ、と内心ガタブル震えていたが、千代花を見ると少しだけ微笑んでいた。
ちょうど月の光が黒い雲の隙間から降り注ぎ、彼女のその微笑みがよく見える。
……嫌われたわけでは、なさそう?








